05.海鳥は渡り往く
そんなこんなで船旅を終え、無事港町パルマコスタへと降り立った一行は、世界再生の為に必要不可欠だという再生の書を求めて、町の最高権力者である人物に接触しようと総督府へと向かった。だがその途中、曲がり角でコレットが人とぶつかり相手の持っていたワインボトルを割ってしまい、その弁償の為に時間を割く事となった。
「にしてもあいつら、何か俺達と似たような格好してたな」
各々別れてワインを探そうという話をしている折に、そのワインの持ち主を見ていたロイドが口を開いた。
その団体は総勢4人と1匹の猿で構成されており、格好からしてまるで自分達を真似ているように見えた。
有名になればこんな事もあるんだなとカーノは思ったが、今はそんなことよりも赤い液体の入った瓶の調達に取り組む方が先だ。
ワインなら大抵の店に置いてあるだろうと悠然と構えていたが、その余裕は3件目を廻ったあたりで消えた。
どういう訳か、どこの店を回っても、目当てのものが置いていない。
流石にワイン1つで殺されはしないだろうが、こちらは先を急ぐ身だ。いつまでも居座るわけにもいかない。
カーノは歩くスピードを速め、手あたり次第に店の戸を開けていく。
そして4軒目の店のドアを開けた瞬間、カーノの目に場にそぐわない光景が飛び込んできた。
店の売り子らしき女性とディザイアンが口論を繰り広げていたのだ。
詰め寄る男2人に女性が無防備なまま啖呵を切るのを見て、カーノはその危うさに血の気を引かせた。
女性が何かされないかと背中にある武器を意識するが、それは杞憂に終わる。
鎧を被った男達が横を通りすぎる際無意識に止めていた息を吐くと、静かになった店内に残された女性が此方に気付いて応対した。
「お騒がせしてすいません、何かお探しですか?」
「あ、はい。此処ってワインとかは置いてますか?」
まだ若いのに慣れた様子で接客をする相手に感心しながら、目的の品を運んできてくれるのを待つ。
暫くするとボトルを抱え女性が戻って来て、あぁ良かったと胸を撫で下ろした。
これでやっと進めると代金を支払い店を出ようとしたが、カーノはある不安が過って足を止めた。
そして、今商品を売ってくれた女性を振り返る。
「さっきの奴らは、頻繁に来るんですか?」
客にそう聞かれた売り子は、少し吃驚しながらええ、と答えた。
「前からしつこくやって来るんです。まぁその度に、ああやって追い返してるんだけどね」
頼もしく言い放つ女性に、カーノは一抹の不安を覚えた。
今はまだ奴等も大人しくしている様だが、あしらわれて気分が良くないだろう事は明白だ。いつかこの子に危害を及ぼしたりしないかと、先の事を考え顔を曇らせる。
だが自分に出来ることは「気を付けて」と声をかける事くらいで、カーノは歯痒さを感じつつ、心配してくれて有難うと微笑む売り子に見送られて店を出た。
そうして買ったばかりのワインを広場で待っていた団体に手渡し、晴れて自由の身となったカーノ達は、やっとのことで総督府に踏み込んだ。
中ではドア総督が待ち構えており、さっそく再生の書を寄越して戴こうと話を切り出すと、どういうつもりかコレットは神子の偽物だと言い掛かりをつけてくる。
「神子様なら先程いらっしゃった。偽物を捕えよ!」
それって、もしかしてさっきのワインの一味じゃないのかと、仲間と顔を見合わせる。
偽物に先を越され本物がこんな目にあうとは。早い者勝ちというものでもないだろうに。
そんな呑気な事を考えている間に、ぞろぞろと現れた衛兵に取り囲まれる。武器を突きつけてくる兵士に状況の打開策を練っていると、コレットが1人慌てて足を滑らせた。
その弾みで羽が生え、それを見たドアはいよいよ斬りかかろうとした衛兵に待てと叫ぶ。
「その羽は……!」
少女の背から伸びる薄桃色のそれに、ドアはカーノが弁解する前に間違いに気付いてくれた。
面倒にならなくて済んだと、床に座り込むコレットを助け起こす。
「誤解が解けて良かったわ。さあ、再生の書を渡して貰えるかしら?」
だが、回避出来たかに思えた面倒はまだ続いていた。
「それが……先に来た者達が本物だと思ったもので、そちらに渡してしまったのです……」
リフィルの言葉に、ドアは重たい口を開いて俯いた。申し訳御座いませんと続く言葉はカーノの耳には届かない。
何でそんなアッサリ大事な書を渡すんだ、身元確認とかしてくれ頼むからと、喉を通過しかかった言葉を食い止める。
「困ったわね……探すにしても、もう町を出ているでしょうし……」
「あ、それなら、ハコネシア峠だと思います」
幸い偽神子一行の会話を聞いていたらしいコレットが行き先を提示する。ならば直ぐにでも追いかけようと皆は町を出た。
しかし思いの外峠までの道程は長く、勢いよく町を飛び出したロイド達は半分を過ぎたところで息を切らすようになっていた。
「結構遠いね……」
「そうだな……」
カーノはだらだらと進む少年コンビの背中を押して、残りの半分を歩き切る為に前進する。
女性2人も疲れていたが、ロイド達と違いそれを周囲に感じさせないようにと平静を装っていた。
「大丈夫ですか?」
「ええ……貴方は平気そうね」
コレットにはロイドが声をかけていたので、カーノはリフィルの隣へと移動する。
「体力には少し自信がありますから」
まぁあっちには劣るだろうけどなと、列の最後尾でペースを崩さずついてくるクラトスを見る。
傭兵というからには、体力も民間人とは桁違いなのだろう。
「……以前から気になっていたのだけれど」
日頃から何かトレーニングでもしているのか、それとも職業柄自然と身に付いたのかと考察を続けていると、リフィルが急に話を切り換えてきた。
「どうしました?」
「貴方が私にだけ敬語で話す事に、何か理由はあるのかしら?」
「へ?」
何の脈絡もなく訊ねてきたリフィルに、カーノが間抜けな声を出す。
「いや、これといった理由は別に……無いんですが……」
じっと見詰めてくる相手に、しどろもどろになりながら返す。
何で急にそんな事を聞いてくるんだ。理由と言われても、別に意識してやっていたわけでも無いのだが。
「前からこうですし、それで慣れてしまってるんで……それだけの理由なんですが」
何かまずかったかと問うと、「ならいいわ」と目をそらされてしまい、カーノは困惑する。
話し方を変えた方がいいのだろうか? いやでも自分は随分前からこの女性に対してこの話し方だ。
そう、それはロイドが初めて学校に登校した頃、教師であるリフィルに「今日から宜しくお願いします」と言った時からずっとだ。
教師に対し馴れ馴れしい喋り方をする保護者は少ないだろうし、自分もその部類だ。そしてそれが定着して今のこの話し方になっただけ。
村に居た頃に何度も会話しているのに、どうして今更そんなことを聞くのかカーノには解らなかった。
さてその頃、後ろを歩いていたクラトスは無表情のまま前を行く2人を、正確には男の方だけを見て「またか」と、旅を初めてから数回は目にした光景に呆れるでもなく思った。
数メートル先で他愛もない会話を繰り広げているように見えるその男女の一方は、女性のみに反応するという質のそれを発揮させていた。つまり顔を赤くしていて、リフィルはそれを見て恥じらうように顔を背けた。
カーノは何故背けられたのかも、今現在己の頬の血色がどうなっているのかも分かってはいないのだろう。その証拠に「え、俺なんか言ったか」といった表情で慌てふためいている。
クラトスは思った。あの女性教師はもしかしたら数日前の自分と同じ罠にかかっているのではないのかと。
自分はその罠にかかって、少女とその無自覚の仕掛人が恋仲なのだと勘違いした。だが今目の前で罠にかかろうとしているであろう相手は当事者で、かつ女性だ。
女性が近頃共に行動する機会の多くなった異性に、赤面混じりに話されたらどう思うだろうか。
街中アンケートでも取れば、半数以上は同じ答えを出すのではないだろうか。「相手は自分に気があるのではないか」と。
(……知らんぞ、私は)
ロイド達のようにカーノのことを良く知っているならそんな心配はないが、どうにも彼女は罠にかかっている気がしてならない。
思い過ごしならいいのだが、と彼にしては珍しく他人を気遣うという姿勢を見せた。まぁその内容が内容ではあるのだが、クラトスは銀髪の女性に同情した。