07.大禍時は迫り来る

「…ここまで来れば大丈夫かね。」

汗を拭いながら周囲に敵の影がない事を確認し、その場に腰を下ろす。

一行はルインまで引き返して来ていた。陽は沈み暗くなってしまっていた為、もう一度作戦を練り直してから明日また突入しようという事で話は纏まった。

「…すまない。」

「いや、いいって。」

手首についた痣について何度も謝罪するクラトスにカーノが微笑する。強く握られたまま移動してきた結果、彼の腕にはクラトスの手形が付いてしまっていた。
暗くて見えにくいが、まぁ何日か経てば消えるだろうと痛みの無い腕を下ろした。

「…お前は奴の事を知っていたのか?」

「……クヴァルの事か?」

一瞬のうちに色んな情報を与えられ未だに混乱状態のロイドを心配そうに見ながら、クラトスの問いに答える。

「そうだ。」

「…知ってたよ。
彼処で何してるのかっていうのも全部。」

それであれかと夕刻この街を出た時に見せたカーノの態度を思い出す。

「何故知っている?」

「何でだと思う?」

質問を打ち返す相手に少し戸惑いながらも、自分なりに考えた仮定を述べた。


「…彼処に居た事があるのか?」


牧場に行くと言った時の反応、民間人がそうそう会うことのないディザイアンを知っている事。たった2つだが予想を立てるには十分だった。
しかしもしこれが当たっていれば、もう1つ聞かなければいけない事がある。

「………」

カーノは噴水の方を向いたまま黙秘した。それを肯定と受け取ったクラトスは話を進める。


「…以前にも聞いたが、お前は本当にロイドの兄か?」


牧場に居たというのなら、アンナの息子だという話は確実に嘘になる。何故なら彼処は子供を産めるような場所ではないし、もし街で産んでいて共に牧場に連れてこられたのだとしたら、彼女は脱走の前に彼を助けようとするだろう。勿論牧場を出てからは己がずっと側に居たのだからあり得る筈がない。

「あの時の約束を果たして貰おうか。」

いつか船の上で言った言葉を繰り返せば、カーノは漸く此方を見た。

「なぁ、なんでアンタはそんなに俺とロイドのことばかり聞くんだ?」

そして質問には答えずにそう言った。きっと此方が喋れなくなるようにという意図だろう。この相手は踏み込んだ質問をすると大抵こういった返し方をしてくるのだ。

「今は私が聞いているのだが。」

「アンタが答えないなら俺も答えない。
俺だけ答えるのは不公平だ。」

隠し事があるのはお互い様だろ?と話を終わらせようとするカーノを、クラトスが引き留める。


「ならば私も、お前が口を割れば答えよう。」


何だそれはと真っ直ぐに此方を見る男に笑みを溢し、折り曲げていた膝に顔を埋めた。


「…ごめん、ちょっと今ごちゃごちゃしてるんだ。」


頭の中が。倒置法を用いたその喋りを皮切りに独白のように語り出す。


「…今までずっと、ディザイアンが仇だと思ってたんだ。あの人が逃げたのは牧場内に知れ渡ってたし、今日クヴァルが処分したって言った時に、ああやっぱりって。

でも父親が殺したって、そんな話聞いてねぇよ…。」


力の感じられない声に、クラトスは隣に座り込み聞き入る。


「父親ってことは、旦那なんだろ?
いくら怪物になったからって、何で殺せるんだよ。好きだったんじゃねぇのかよ。

…何のために、檻から出たんだよ。」


死んでしまうくらいなら、一生あの場所に居た方が良かったんじゃないのか。そんな考えが一瞬浮かんで、すぐに消える。

きっとあの場所に居ても、いつかエクスフィアを剥がされ、同じ末路を辿っただろう。

「…死んで欲しくなかった。
殺戮兵器のまま生きてて欲しい訳じゃないけど、それでももう一度だけでいいから話がしたかった。」

柔らかい笑顔、優しい声色、元気づけてくれる言葉。その全てが自分の希望だったというのに。
ディザイアンの勝手な思惑のせいで、何もかもを失った。


「…許さない、アイツらも、あの人を殺した男も…っ!!」


目頭が熱くなって溢れる涙を止める事が出来ず、瞼を膝に押し付ける。
クラトスは声を殺して泣くカーノの隣で、今言われた事を胸に刻み付けた。


「…こんな事言っても仕方ないよな。

アンタの質問、ちゃんと答えるよ。
でも、もうちょっと待ってくれ。」


しばらく嗚咽混じりの呼吸を繰り返した後、必ず話すから、と小さく呟いたそれをしっかりと拾い、男は頷いた。
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