08.繋がりは離れ壊れ
しかしその攻撃は繰り出される事はなかった。
代わりにレミエルの胸から、生えるように銀色の刃が突き出る。
つまりは背中から刺されたのだ。
「…神子に傷でもついたらどうしてくれる、レミエル。」
急な展開に動きを止め、無残に崩れ落ちるレミエルを目が追う。
その背後に立っていたのは、コレットと共にこの場に着いていた1人の男。
自分達の良く知るその男の手には、血が滴り落ちる剣が握られていた。
「…クラ、トス……?」
何で、今まで何処に居たんだ。困惑しながらその名を呟く。無事だったのかという事よりも、何故今のタイミングで現れたのかが疑問でならない。
見ていたのなら、どうしてもっと早く止めに入ってくれなかったのか。いやそれより、自分達を置いてまで先に行って、今まで何をしていたのか。
聞きたいことは山ほどあったが、先にクラトスが口を開いた。
「…もうその娘にはお前の記憶どころか、声に耳を貸す心すらない。
死を目前にしたただの人形だ。」
突然何を言い出すのかと思えば、そんなわかりきった事をいちいち説明する相手に違和感を抱く。
ここにいる皆が、コレットに既に感情というものが無くなってしまっている事を知っている。なのに何故わざわざ釘を刺すように言うのか。
「神子は世界の再生を願い自ら望んでそうなった。
神子がデリス・カーラーンに召喚されることで、初めて封印は解かれ再生は完成される。」
「…ちょっと待ってくれ、アンタまさか……」
このまま黙ってコレットを渡すつもりなのかと言おうとした口は開けた状態で止まる。
「神子はマーテルの新たな体として、クルシスが貰い受ける。」
また、違和感。しかし今度はさっきよりもハッキリと、その違和感が何から感じるものなのかが解った。
今、コイツは“貰い受ける”と言わなかったか?
引き渡すではなく、貰い受ける、と。
心臓の音が早くなっていくのを、混乱状態の頭が教える。嫌だ聞きたくない聞きたくないと、相手が次に言うであろう言葉を考えてしまったカーノは耳を塞ぎたくなった。
だが例え耳を塞いでいたとしても、視界に写した光景が、ありありと真実を伝えた。
「…私は、世界を導く最高機関、クルシスに属する者。
神子を監視するために差し向けられた四大天使だ。」
クラトスの背に生えた水色の羽とその言葉が、残酷なまでに真実を突きつけてきた。
これで全てが解った。初めて会った時、何故あんなにも良いタイミングで現れたのか、何故すんなりと神子の護衛を引き受けたのか、何故魔術が使え、色んな知識を持っていたのか。
そして今日、自分達を置いて先に此所に来た理由。
全て“仕事”だったのだ、四大天使としての。
狼狽えるロイドの声すら全く耳に入らず、カーノの頭にはリフィルとの会話が蘇る。
信用ならないと言っていた彼女はやはり正しかったのか。自分はまんまと騙されていただけなのか。
「………嘘だろ。」
そんな筈はないと心が叫ぶ。しかし頭は事実を受け止め、自身に「あれは敵だ」と訴える。知らずと手に力が込もるが、その手を動かす事が出来ない。否、動かしたくなかった。
動かせばクラトスに銃を向ける事になる。それがどうしても恐かった。
向ければ、敵だと認めたことになる。
「コレットは俺達の仲間なんだ…!!
返せッ!!」
真っ先にクラトスを敵として対処したのはロイドだった。続いてしいなやリフィル、ジーニアスも戸惑いながらも武器を構える。
ついさっきまで共に居た“仲間”に、“仲間”が襲いかかる。訳がわからなくなったカーノは、それを見ながら立ち尽くした。
「輝く御名のもと、地に這う汚れし魂に、裁きの光を雨と降らせん。」
聞き覚えのある詠唱が始まり、それがどんな効果をもたらすのかも知っていながら、敢えて何もしなかった。
ただ、剣を構えるクラトスを見つめる。
「安息に眠れ、罪深き者よ。
―ジャッジメント」
天から光の矢が降り注ぎ、全員の身を切り裂く。痛みに殆どの者は倒れ、カーノもまた地に膝をついた。
流れる血と激しい痛みに、ゆっくりと目を閉じる。そして今受けた攻撃をしっかりと身に刻み、よろめく足で立ち上がった。
尚もコレットに呼び掛けるロイドにクラトスが剣を向ける。
が、それは飛んできた銃弾によって弾かれた。
「………兄貴?」
ふらつく体を起こして、血を流しながら銃を構えるカーノに剣先が向けられる。
「……ロイドに手を出すつもりなら、容赦はしない。」
ハイマで見た笑顔とは全く違う、鋭く冷たい目線を向けられ、クラトスは笑う。
(…味方から敵になるだけで、こうも反応が違うとはな。)
当たり前だが、と剣を持ち直し、足に力を入れる。
数秒間睨みあって、2人は同時に地を蹴った。
剣と銃がぶつかり金属音が響く。薙ぎ払われる剣を避け間合いを取り、1、2回引き金を引く。1つは剣で弾かれてしまったが、もう1つは相手の頬を掠めた。クラトスの頬に血が伝う。
一方カーノは動く度に傷口が痛み、呼吸は細く、荒くなっていく。その上から更に攻撃を受け、視界も霞みがかってきていた。
朦朧とし始めた意識の中で、カーノは仲間の安否やロイドの傷を心配し、早くコレットを助けなければと、そんな普段の彼らしい事は考えてはいなかった。
彼の思考を埋めていたのは、ひたすら目の前の男の事だけだった。どうしてこんな事になったのか、出会いが仕組まれていたものだったとしても、旅の中で少しでも情は湧かなかったのか。少しでも仲間だと、信頼に足る人物だとは思ってはくれなかったのか。
サングラスが弾かれ、服が切り裂かれ、傷が増える度に悔しさが増す。
もしも自分がもっと早く彼の立場に気付けていたなら、皆傷付く事はなかったかもしれない。それに何より、もしかしたら、彼が敵になることはなかったかもしれない。こちらに付いてはくれないかと、説得ぐらいは出来ていたかもしれないのに。
ハイマで自分が言った約束を、彼はどんな気持ちで聞いて、頷いたのだろうか。何とも思わなかったのだろうか。どうせ敵になるのだから、適当に合わせておけばいいとでも思っていたのだろうか。
(…俺は、結構本気だったんだけどな。)
本当に、共に帰りたいと思っていたのだ。
そして彼にだけは、本当の事を話してもいいかと、思い始めていたのに。
そう思っていたのがこちらだけなのだとしたら、惨めな話だなと笑う。
銃を弾かれ、バランスを崩したカーノが倒れる。首元に剣先を当てられ、諦めて体の力を抜いた。もう抵抗するような体力は残ってはいなかった。
「兄貴…っ!!」
遠くから心配そうに見つめるロイドに、せめてあの傷を治してやれば良かったなと少し後悔する。
高く上げられた剣が光を反射する。そのせいで相手の顔がよく見えない。
どんな表情をしているだろうか。きっといつもの無表情だろうが、その中に少しでも別のものが混ざってくれていればいいなと、たまに見せる色んな表情を思い浮かべた。
「…っ、やめろおぉお!!」
兄がもう動けないのだと悟ったロイドが駆け出す。だがそれも虚しく、剣は降り下ろされた。
その間がとても長く感じた。死ぬことを恐ろしいとは思わなかったが、せめて最期まで、仲間のままで死にたかったなと思う。
そうして剣はカーノを切り裂いた。ロイドは目を見開き息を詰める。
静まり返る室内、その静寂を破ったのは、