09.終わらぬ輪廻
「うわ…不気味なところだな……。」
深く木々が生い茂る森の前、いよいよ問題の道に差し掛かろうとして、立ち止まったロイドの第一声はそれだった。
光は木の間から漏れるほんの僅かな日光だけで、昼間だというのにまるで森の中だけが夜のようだ。
「迷子にならないように気を付けろよー?
油断してっと森の亡霊に取り憑かれるぞ。」
「ま…また冗談言って…」
顔をひきつらせるジーニアス達にゼロスは更に怪談話を続ける。テセアラ出身のしいなでさえ青ざめて冷や汗を流していた。
「ゼロス、あんまり脅かすなよ。」
「おっと失礼。
ま、そんなことにならないようにプレセアちゃんがいるんだけどー。」
宜しく頼むぜと言われ、プレセアは短く返事をする。が、その目はどこを見ているのか分からない。
元々こういう子なのだろうか、それなら別に良いのだが。
無表情で口数が少なく瞳は虚ろで…、その様子はまるで、
「今のコレットみたいだ…。」
隣を歩いていたロイドが小さく呟く。やはりロイドもプレセアに同じ違和感を感じていたらしい。
まさかこの子も…?と嫌な予感が過るが、テセアラの神子はゼロスらしいし、この少女が天使疾患になるとは思えない。
他にも似たような症例があるのだろうか、だがそんな症例自分は今まで見たことも聞いたこともなかった。テセアラとシルヴァラントではその辺りにも違いがあるのだろうか。
そうしてぐるぐると思考に没頭したまま進んでいたのだが、突然後ろから手を引かれてバランスを崩した。
そしてその直後、先程まで自分が居た場所に1人の男が降ってくる。
「な……っ!?」
「あっぶねぇー、
おいおいしっかりしてくれよ。」
腕を引いたのはゼロスだった。咄嗟に庇ってくれたのだろう、謝罪して立ち上がり男を睨む。
男の腕には頑丈な手枷がはめられていた。それを見て最初に浮かんだのは囚人。
脱獄でもしたのだろうか?いやそれより先ず何故自分達の前に現れたのか。どう見ても温厚な雰囲気ではない。
「誰だおまえ!!」
「…おまえたちに用はない。
私が命じられているのは、コレットという娘の誘拐だ!」
「―〜〜〜っ!」
言い放つと同時に男は一番近くにいたロイドに襲いかかる。ここまできてまた刺客かと嫌になりつつ直ぐにロイドの援護に回った。
両腕を縛られていることなど関係ないと言わんばかりの強力な足技に、なかなか反撃することも出来ず防戦一方になる。
このままではまずいと一旦距離を取り、銃を構えて引き金に手をかけるが、先にプレセアがロイドの前に躍り出た。
「プレセア!?」
「おまえは…ッ!?」
巨大な斧が男の体を掠める、男はそんなプレセアを見て何故か顔色を変えたじろいだ。
「そこまでじゃ。」
何かは分からないがチャンスだと思った矢先、冷たい女の声が皆の動きを止める。
「神子が殺されてはあの方が困るでのう。
ユグドラシル様のため、神子は渡して貰おうかえ。」
「ユグドラシル……クルシスか!」
直ぐにピンときたロイドが叫ぶ。女は五聖刃の長のプロネーマだと名乗った。
五聖刃と言えば今まで何度か目にしてきた、それの長ということは女性であれ実力者なのだろう。次から次へと今日は厄日か。
「…貴様も私の邪魔をするか。」
「神子を連れて行かれては都合が悪いのでな、消させてもらうぞえ。」
いつの間にか男の標的はプロネーマに変わっていた。こちらとしては都合がいいが、さてこれからどうするか。
さっさと退散したいのは山々だが、対峙している2人の狙いがこちらである以上それは難しいだろう。となればやはり戦うしかない。相討ちにでもなってくれれば楽なのにと今一度銃を構えて―…、
―スコープが捉えた姿に、息が止まった。
「待てプロネーマ、余計なことはするな。
今は神子は放っておけ。」
それは知っている声だった、少し前まで頻繁に聞いていた声。
それは知っている色だった、ロイドとよく似た鳶色の髪。
目も鼻も口も、背の高さも剣を握る手も、その全てが過去の記憶を揺り動かす。
「ユグドラシル様がお呼びだ、
引け。」
ただ唯一違うその服だけが、全身を強張らせた。
「クラトス……!」
静かになった森の中で、ロイドの声が反響する。
プロネーマは指示に従い退いたが、それにすら気付けないまま立ちすくむ。
「あんたここで何してるんだ…!!」
皆の視線が集まる中で、クラトスはそれに答えることなくこちらを見た。
目線が合う、ただそれだけのことで、色んな感情が沸き上がって泣きそうになった。
だが、それだけでは済まなかった。
「神子に用はない、私の目的はただ1つ。
―…お前だ。」
「…………え?」
瞬間、視界がブレて背中に強い衝撃が走る。
何が起きたか理解出来ないまま、痛みで意識が揺らいだ。
そしてすぐ近くにはクラトスの顔。
「兄貴!!!」
ロイドに呼ばれ、ハッと我に返る。冷静になった能が木に叩きつけられたのだと自身に教えた。
「死にたくなければ大人しくしているんだな。」
「…ッ、何のつもりだ……ッ!!」
相手の意図がわからないまま、ただ心は嫌だ嫌だと叫んでいた。
何が嫌なのか、クラトスが敵だということか、それとも戦うことがか、殺されることがか、それとも……、
「ッ痛!!」
突然髪を捕まれ強制的に引き寄せられ、その痛みで現実に戻る。そうして首回りの髪を払いのけたクラトスは、指で後首に触れた。
そこにあるのはクルシスの輝石。
「!! 離せ!!!!」
相手の目的を悟ったカーノは慌ててその手を振り払う。だが逆にその手は掴まれ、真横に剣を突き立てられた。
恐怖に体が僅かに反応する。
「大人しくしなければ殺す、と言った筈だが?」
「〜〜〜ッ!!!!」
何で、何でこんなことになったんだ。少し前までは仲間だったのに。それともそれは自分の思い違いか?
身動きのとれぬこちらの後首を見て、クラトスは「やはりか」と呟いた。
「見間違いでは無かったようだ。」
「…気は済んだか?さっさと離してくれ。」
どうせシルヴァラントでユグドラシルと戦った時に輝石を見られていた事は気づいていた、だからどうということはないという風に吐き捨てる。
少しの沈黙の後剣が引き抜かれ、幾分恐怖が和らいだカーノは肩の力を抜いた。が、それも束の間で、クラトスは腕を掴んだままスタスタと歩き出す。
「おい、離せって言ってるだろ?」
「…輝石さえ確認すれば帰るとでも思ったか?
お前のようなものをユグドラシル様が放っておくわけがなかろう。」
「は?何、を………、」
何を言ってるんだと、言おうとした口が固まる。そして頭の中でゆっくりとクラトスの言葉を繰り返した。
まさか、一瞬和らいだ表情が歪み青ざめる。
「お前はユグドラシル様の元へ連れ帰る。」
「…………!!!!」
何も言えずに、目を見開いてクラトスを見た。
連れて行かれる?ユグドラシルの元へ?
―過去の記憶がフラッシュバックする。
「させるかよ!!」
いつの間にか頭上に移動していたらしいロイドが、クラトスに向かって剣を振り下ろした。
それを片手で受け止めたクラトスに、しいなが追い討ちをかける。
「リフィル、今だよ!!」
「わかっていてよ!」
遠くで詠唱していたリフィルが、返事と共に術を発動させる。自分の足元に魔方陣が浮かび上がったのを見て、クラトスが飛び退いた。
「兄貴、大丈夫か!?」
「………、」
ロイドの声にも反応せず身を震わせるカーノの両肩を、ゼロスが掴む。
「おいカーノ!しっかりしろ!!
弟が頑張ってんだろーが!!」
「おと、うと………?」
「ロイドだよ!ローイード!!」
がくがくと揺さぶると、カーノは何度かロイドの名を呟いた。確かめるように、一文字一文字。そして、