09.終わらぬ輪廻


日が西に傾き、空が橙に染まる。

瓦礫を切り出したような家にようやくたどり着いた一行は、頑丈そうな扉をコンコンと叩いた。

「ごめんくださーい。」

突然の訪問で迷惑ではないかと思いつつ家主を待つ。しばらくすると、コレットより少し年上くらいだろうか、大人しそうな少女が顔を出した。

「…どちらサまでスか……?」

「あの…ここにドワーフが住んでるって聞いたんですけど会えますか?」

少女は無言でロイドを数秒見つめる。その顔に表情はないが、コレットやプレセアのような冷たい印象は無い。

「……、
マスターアルテスタへご面会でスね。

どうゾ。」

扉が大きく開かれ、少女に続いて部屋の中へと入る。中は広いとは言えないが、綺麗に片付けられていて余計なものはなく、窮屈さは感じなかった。

そしてその端には数段の階段があり、今立っている場所より少しだけ下がった位置にはまた別のスペースがあった。壁には工具などがかけられており、作業場なのだろうということが予想出来た。

そしてその一角にある作業台で、何かを作っている1人のドワーフに近寄る。

「マスター、お客サまデス。」

「…何だ。」

アルテスタはこちらを見ることをせず黙々と手を動かしている。
ロイドはなるべく丁寧な言葉遣いで用件を述べた。
だが言い終わる前に、


「帰れ。」


冷たくそう返された。


「え…」

「出ていけ!」

予想外の反応に皆が戸惑う。
100%大丈夫だろうと思っていた訳ではない、あまりにも急な話だし、しかも自分達はシルヴァラントの人間だ。簡単には首を縦に振らないかもしれないという気構えもしていた。

だがそれを考慮しても、今の反応はあんまりではないか。話を聞かずに帰れと言われても納得出来ない。こちらはこの為に世界を越えて来たのだから。

「せめて話だけでも聞いて貰えませんか。

俺…私たちは、貴方に会うためにここまで来たんです。」

なんとか聞き入れて貰おうと事情を説明する。
だがそれでも知ったことではないと、相手は頑なに拒んだ。

「なっ…何でだよ!
少しくらい診てくれたって―」

ついに痺れを切らしたロイドが怒鳴り出す。無理もないかもしれないが、状況が悪くなるだけだと宥める。

もう打つ手はないのか、どうしても諦めきれないカーノは土下座でもしてやろうかとまで思い始めたが、その前にリーガルが口を開いた。


「コレットだけではない、

プレセアもまた…コレットと同じ症状だ。」

「…プレセア…、

プレセアだと…?」

突然のそんな告白に皆が驚いたが、それよりも今まで全く耳を貸さなかったアルテスタが反応したことが気になった。

「…プレセアのこと、何かご存知なのかしら?」

もしや知人か何かか、ともあれ僅かに見えた希望を消すまいと皆はアルテスタに向き直る。

だがアルテスタの口から出たのはとんでもない話だった。


「わしは…元々クルシスに属する要の紋の細工師だった。」


「!?」


何だと、目の前の男を信じられない目で見る。

「元々ってことは、今は違うってのか?」

「…ああそうだ。
昔…ユグドラシル様に捕らえられたわしは、命と引き替えに輝石の製造を命じられた。

しかし間接的にでも人の命を奪うような仕事が嫌になったわしは、やがてクルシスから逃げ出したのだ…。


プレセアはわしがまだクルシスにいた頃に来た被験者だ。
わしが輝石を装着させた―…」

そんな、助けを求めに来たというのに、その人物は逆に輝石を着ける側の人間だったなんて。

話を聞く限りアルテスタが自分の意思でやっていたわけではないのだろうが、それでも…。カーノは自分の後ろ首が痛むような錯覚を覚えた。

自分に直接関係が無いとはいえ、僅かに怒りが込み上がる。

「命令とはいえ、わしはその娘の命を弄んだのだ。
今さら顔向け出来ん…」

「ひどいよ!じゃあ二人を見捨てるっていうの!?」

「あんたがやったことなら、なおさら助けるべきじゃないのかい!」

ジーニアス達が思わず身を乗り出す。その後ろで少女は主人を心配そうに見守っていた。

「わしはクルシスを逃げ出した日から今までずっと、どうしたら自分の犯した罪を償えるのか考えてきた…」

「だったら今からでも償えばいいじゃないか!

俺だって同じだ、過去から目を背けて逃げてばかりじゃ、何も始まらないんだ…!」

「ロイド…、」

強く拳を握りしめるロイド、きっとイセリアを壊滅させてしまったことを思い出しているのだろう。

「アルテスタさん…頼むよ、二人を助けてやってくれ。
これはあんたにしか出来ないことなんだ…!」

心からのロイドの言葉に、アルテスタは黙って俯く。まだ迷っているのか、だがこれ以上は何も言うことはない、相手の答えを待つだけだ。

静かになる部屋、時間が経つのがやけに遅く感じて、ほんの数秒のことが数十分にも思えた。

そして沈黙が破れる。

「…お二人の輝石に要の紋をつければ、元に戻るはズでス。」

「――タバサ!」

答えたのは少女だった、タバサと呼ばれた少女は悲しそうに少しだけ眉を下げる。

「アルテスタサま…、私からもお願いシまス。もうこれ以上…、

アルテスタサまが苦シんでる姿は見たくありまセん。」

ずっと側にいたからこそ言える言葉なのだろう、タバサの言葉はついにアルテスタを動かした。


「…二人分の抑制鉱石はあるのか。」


皆が顔を見合わせる。それはつまり、暗かった表情がみるみる明るくなる。

「…ああ!
兄貴、確か親父から貰ったストックがまだあったよな?」

ポーチの中から麻袋を取り出して中を確認する。量としては申し分ないであろうそれをアルテスタに手渡した。

「今から償えばいい…か。そうだな、確かにその通りだ…。

一晩時間をくれ、明日の朝に完成させておこう。」

皆の顔に笑顔が戻る。
これで助かるかもしれない、そんな期待を抱きながらアルテスタに礼を言った。





「こんな所で、なーに黄昏てるんだぁ?」

空に散らばる星を眺めながら夜風に吹かれていると、不意に声をかけられる。
話が纏まり、要の紋が完成するまでにやることもないので、今はそれぞれ好きに時間を過ごしていた。

「アンニュイな感じを出して女の子にモテようって魂胆か?やるねぇ。」

「いや、別にそういうつもりは無いんだが…、」

よっこらせ、と隣に腰を下ろしたゼロスは、あー寒ぃーと両腕をさすった。
寒いなら部屋に居ればいいものを、可笑しな奴だな。

「ロイドくんは?」

「アルテスタさんを手伝ってるよ、自分で作りたいんだそうだ。」

「え、ロイドくんそういうの出来るの?」

「手先は器用だよ、育ての親がドワーフだからな。」

ゼロスは驚いたように目を丸くする。まあドワーフに育てられるなんて変わり者はなかなか居ないだろうな。

「で、何考えてたのよ?」

「…アルテスタさんが力を貸してくれたのは、凄く有難いし良かったと思う。

でも、プレセアちゃんが自我を取り戻して、自分に輝石を取り付けたのがアルテスタさんだって知ったら、その……どう思うかなって。」

風に靡く髪の下にある石を軽く手で押さえる。自分がプレセアの立場だったら、果たしてアルテスタを許せるだろうか。

それでアルテスタを責めるのはお門違いかもしれないが、被験者だって何も好きで輝石を付けた訳ではない筈だ。理不尽な扱いを受けて人とは違う体にされて、いつ化け物になるかもわからない恐怖に囚われて過ごして、それでも相手は悪くないと言える人間はどれだけ居るだろうか。

「…まあ、言っても仕方ない事だけどな。」

冷たい手を息で暖めて擦り合わせる。と、何やら視線を感じて横を見ると、こちらをこれでもかと見つめるゼロスと目があった。

「…な、何だ?」

「カーノってさぁー…、」

そこで一度言葉を切るが、目線を反らそうとはしない。何を言われるのかと謎の緊張に包まれる。

「カーノって、プレセアちゃんとかと同じなわけ?」

「………は?」


「だから、被験者だったんじゃねーのってこと。」


吐いていた息が止まる。

背中を冷や汗が流れて、視線が急に怖くなり逃げるようにぎこちなく笑った。


何だ、何で今そんな、


「何でそう思うんだ?」

「いや、だって今の発言だってそんな感じだし?

普通考えないでしょ、助けられた後のプレセアちゃんの気持ちとか。」

「それは……、」

確かに、そうかもしれないが。まるで窮地に立たされたかのような気分になり、ああこんなやり取りを前にもしたような気がすると思った。

だがあの時はこんなに追い詰められはしなかったし、相手は赤髪ではなく鳶色で―…、

「ほら、これとかそうなんじゃねぇの?」

困惑している間に、ゼロスが後ろ首に触れる。ビクッと肩が跳ねて、反射的に手を振り払った。

「おっと、これは失礼。

でもそうだろ、普通のエクスフィアとは違う。」

「……周りには言うなよ。」

「何で?別に隠す必要ねーのに。」

「事情があるんだよ。」

駄目だ、こいつと居たら。クラトスの質問攻めより余程達が悪いと立ち上がって部屋に向かう。

「なぁ、もう一個いーかぁ?」

寝転がるように、上体を後ろに反らせて顔だけをこちらに向けるゼロスに、立ち止まること無く「何、」と返す。


「その作り笑いみたいなのやめれば?

似合わねーぜ。」


その言葉に何も返せずに、ただ拒絶の意を込めてバタンと重たいドアを閉めた。




「ありゃりゃ、怒っちまったかぁ?」

強く閉められたドアを見て、でひゃひゃひゃとゼロスは1人笑う。
からかいがいがあるなぁと、家で初めて会った時から思っていたことを再確認しながら、自分も戻ろうと腰を上げた。

(でもま、俺様も人のこと言えねーかぁ。)

最後に言った言葉を思い出しながら、後ろに流れていく地面に視線を落として揺れる赤髪を払った。






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