09.終わらぬ輪廻


木を組み合わせて作った十字架の前に、プレセアが花を置く。

遺体を見て一時パニック状態を起こしていたプレセアは、今はなんとか落ち着きを取り戻していた。その後ろ姿を、皆が黙って見守る。

遺体の正体はプレセアの父親だった。村人に聞き込みをして回ってみると、分かったことがいくつかあった。父親が数年前から姿を見せて居なかったこと、にも関わらず、プレセアが何の変化も見せなかったこと。ここに来て最初に聞いたあの噂話はそのせいだったのだ。

「私が見たところ、死後相当経ってるわ…」

「どうしてあんなになるまで……」

「…多分、輝石のせいじゃないでしょうか。」

アルテスタさんを責めるようなことはあまり言いたくはないが、それしか思い当たらない。他の皆もそう思ったのか、反論する者は居なかった。

きっとプレセアの父は、彼女が家に居たとき既に死んでいたのだろう。でも、輝石に意識を奪われていたプレセアはそれに気付くことが出来なかった。


「プレセア、教えてくれないか。

どうしてプレセアがクルシスの輝石なんかを装備してたのかってこと。」

プレセアは地面に目線を落としたまま、ゆっくりと語り始めた。

「…パパはきこりでした、オゼットにしかない神木を王室に納めたり…、

そうやって生計を立てていたんです。」

しかし父親はある日病に倒れる。プレセアは家族3人を助ける為に、父親に代わってきこりの仕事を始めた。

けれど世間は甘くはなく、子供1人の働きではろくに稼ぎにもならなかった。

「そんな時、彼がここへやって来たんです。」

「彼?」

「…私にエクスフィアのことを教えてくれた人です。」

それはヴァーリというエクスフィアの密売人だった。エクスフィアを着ければ大人と同じように働けると、何も知らないプレセアを言葉巧みに誘惑したのだ。

そしてプレセアは、その手を取ってしまう。

「だけどそれは、クルシスの実験体になることと同じだったんです…。

クルシスに連れていかれた私は、そこでクルシスの輝石を装着させられました。

そこから先は覚えてません…。」

プレセアが自分の片腕を強く握る。カーノもまた、拳を強く握りしめていた。
何の罪もない子供を、そうやって陥れているクルシスがこの上なく憎かった。

「…そうか、そこでアルテスタさんと出会ったんだな…。」

「…アルテスタ?」

「さっきのドワーフだよ、プレセアを元に戻してくれた。

でも昔に輝石を装着させたのもアルテスタさんなんだ。」

「………!」

ロイドはプレセアに全てを話した。アルテスタがクルシスに脅されていたこと、罪を感じていること、そして何とか償いたいと思っていること。

だがプレセアは簡単には納得しなかった。

「そんな……今更です。

今更償われたって、私の時間はもう戻ってこない…。」

その気持ちは痛いほど分かった。ましてやプレセアは父親まで亡くしているのだ、意識があったからといって助けられたとは限らないが、その最期を看取る事が出来なかったのは確実に輝石のせいなのだから。

「…アンタの言った通りだったな。」

他には聞こえない程度の声でゼロスが囁く。当たったからと言って嬉しいものではないし、プレセアの傷は思っていたよりもずっと深いものだった。

かける言葉も見付からず、ただ木の葉が揺れる音だけが鼓膜を揺らす。

「そうだ、妹は……」

「…妹?」

顔を上げたプレセアの言葉に、妹が居るのかと問う。プレセア曰く、その妹はエクスフィアを受けとる前に貴族のところへ奉公に出ていったらしい。

「貴族?何つー貴族なんだ?」

「…確か、ブライアン家だったかと…。」

「へえ、ブライアン!
そりゃレザレノカンパニー会長のところじゃないかい!」

テセアラのことを全く知らないカーノ達は首を傾げる。何でも色んな事業をやっている大きな会社らしく、グランテセアラブリッジもレザレノカンパニーが作ったものらしい。

「でもレザレノ会長は数年前から行方不明で、経営は代理の者がやってるって話だよ。

それでも今も奉公してるのかねぇ…」

「そんな……、」

より一層不安そうな顔になるプレセアに、今まで黙って聞いていたリーガルが口を開いた。

「プレセア…と言ったか、

おまえの妹はアリシアというのではないか。」

「―…!!」

途端にプレセアが表情を変える。

「そ…うです、アリシアです……!

何か…何か知っているんですか!?
教えてください、あの子は今どうしているのか…!!」

掴みかかるようにリーガルを問い詰める。一方でリーガルの表情は暗く、それが良くない話なのだと察するのに時間はかからなかった。


「…アリシアは、死んだ。」


プレセアの動きが止まる。

そしてふらふらと数歩後ずさる。その顔は今にも泣きそうだ。

そんな、どうして。立て続けに知らされる途方もない絶望が少女を襲う。リーガルはそんなプレセアにこう言った。


「私が…、


私がアリシアを殺したのだ。」


ざぁっと一際大きな風が吹いて、葉っぱがひらひらと舞い落ちる。

そこに居た誰もが耳を疑った。

「…どういう、事ですか。」

プレセアがリーガルを見る、リーガルはそれから逃げること無く真っ直ぐに向き合っている。

「…アリシアは、いつも明るく、よく働き、気配りも出来る子だった。

いつも空中庭園から遠くを眺めては、オゼットのことを話していたよ。」

「まさかあなた…ブライアンの……?」

リーガルは頷いて話を続けた。アリシアは病気の父や姉のことを気にかけていて、手紙の返事が返ってこない事を心配していて、とても会いたがっていたと。

「だからその時の仕事が片付けば、2人で行こうと約束していた。」

それはつまり、そういうことか。どういう経緯で、いや、一緒に居るうちに自然とそうなったのかもしれないが、2人は愛し合っていたのだろうと、そう話からは読み取れた。

だがそれがどうすれば殺すなどという話になるのか。問題はそれからだった。

「約束の日になって、アリシアの姿が見えなくなった。探し回ってようやく見つけたのは、サイバックの研究施設だった。」

「研究施設…?何の…、」

「…エクスフィアだ。」

「!!!!」

アリシアとリーガルの仲は周囲に快く思われていなかったらしい。身分が違いすぎると言っても聞かぬリーガルに、使用人はアリシアをヴァーリに引き渡したのだ、実験体として。
リーガルが助け出した時には、すでに要の紋のないエクスフィアが装着されていた。

「迫ってくるヴァーリからアルタミラへと逃げてきた時だった。

エクスフィアと己の状況に気がついたアリシアは、エクスフィアを剥がそうとして……」

そこまで言われれば、その後何が起こったかは想像に難くなかった。なぜなら同じ末路を辿った者を何人も知っているからだ。

要の紋の無いエクスフィアはそのままでも毒、更にそれを無理に外そうとすれば、使用者は狂暴な人ならざる者へと変貌する。

一度変われば、元に戻る手立てはない。

「…そして私は、アリシアを殺めたのだ。」

リーガルは、手枷の嵌められた手を強く握りしめた。

「私は、彼女を殺した拳術を二度と使うまいと誓い、囚人となり手枷をはめ己を戒めた。

…これが私の犯した罪だ。」

誰も、何も言えず沈黙が流れる。
ちらとプレセアの方を見れば、その瞳には涙が溜まっていた。

「…それでも、

それでもあなたが妹を殺したのは事実です…!!!!」

「プレセア……、」

「全てあなたが悪かったわけじゃない……それはわかってる。

でも…でも…!!
私のたった1人の……っ」

嗚咽混じりの声が少女の口から溢れる。手で顔を覆うプレセアにかける言葉が見つからなかった。

真に悪いのはクルシスだ、冷静になればそう思うのだろう。だが家族を殺したと言われれば、理由がどうであれその殺した相手に恨みが向いてしまうのは仕方がないのかもしれない。

でも、カーノは黙ってプレセアの言葉を聞いていたリーガルに目線を向けた。リーガルだって辛かったんじゃないのか、愛する人を護れなかった自分を責め、自らの手で恋人の命を奪い、詳しいことは誰にも言わずにただ自分は罪人だと言い、今はその姉に恨まれて。それでも弁解もせず泣くこともせず、ただ静かに受け入れている。

大事な人を失う辛さがどれほどのものかというのは、今まで生きてきた中で充分に味わってきた。だからこそプレセアの気持ちもわかったし、ただ一言すまないと謝ったリーガルの気持ちも、考えただけで身を切り裂かれるようだった。





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