10.涙の数だけ固結び
「…ったぁー…」
痛む体を引き起こして、順に起き上がる仲間と自分に治癒術をかける。
「油断した、いきなり攻撃かよ…っ」
「大丈夫か?」
「おっ、サンキュー兄貴。」
滲む血を袖で拭い、起き上がるロイドに手を貸す。皆ダメージは受けたようだが、大怪我とまではいかなかったようだ。
「しいな!!しいなお願い!立って逃げて!!
みんな死んでないから!!」
しいなの連れている精霊の声に、はっとして祭壇を見る。ヴォルトが次の攻撃を放たんとしているにも関わらず、しいなは台座の前に座り込んで動かない。
「しいな何やってるんだ!!逃げろっ!!」
ロイドが叫ぶがしいなは無反応、ヴォルトが撃った雷の矢はしいなに向かう。
間に合わない、成す統べなく中途半端に身を乗り出して固まる。
雷がしいなに当たる直前、リンと鈴の音が鳴った。
「……コリン?」
小さな精霊の体が地に落ちる。首に巻いていた鈴が床を転がった。
「し…いな……」
「コリン!!」
自分を庇ったのだと気付いたしいなは、傷だらけのコリンを抱き抱えた。
「コリン、あんた何てことを…っ」
「…良かったぁ、コリンしいなのこと守れたよ。
だからしいなも、みんなのこと守れるよ。」
「……っ、」
コリンの傷は遠くから見ても酷いものだった。治せるものなら治してやりたいが、治癒術は精霊には効かない。コリンが話し終わるのをカーノは静かに待った。
「だいじょうぶだよ、しいな……、
負…け、ない…で……」
「コリン……」
しいなの腕から、小さな仲間は花弁のようになって離れていく。それも塵となり消えて、残ったのはコリンの着けていた鈴だけだった。
「ヴォルトのやつまた…っ!!」
コリンを悼む間もなく、ヴォルトは再び攻撃を再開する。しいなは鈴を拾い上げ、札を取りだし構えた。
「…ごめん、コリン。あたしは大馬鹿だ。
また同じ間違いを繰り返すところだった、あんたまで失くしちまって…、
…今度こそ迷わない!!」
立ち上がるしいなに皆が駆け寄る。真っ直ぐ敵を睨み付ける少女の頬を、涙が流れていた。
「しいな、無理なら…」
「あたしがヴォルトの動きを封じる、その間に援護を頼むよ。」
力強い言葉に迷いは感じなかった。カーノはそれがしいなの決意なのだと感じて、それ以上何も言わずに頷いた。
「みんな行くぞ!!」
ロイドの声を合図に皆が一斉に斬りかかる。だが実体の無い相手にこちらの攻撃は効かない。
その上、ロイドのように直接斬りかかると逆に電撃をくらってしまうらしい。ならばと後衛が魔法を繰り出すが、それも大したダメージにはならない。
「厄介だな…このままじゃ片付かないぞ。」
「魔法も剣も銃もだめ…、他の何かじゃないと…」
と、悩んでいたしいなが不意に顔を上げた。まるで何か聞こえたかのように、辺りを見回して持っていた鈴を握りしめている。
「コ…リン……?」
彼女が呟くと、風が渦巻いて新たに精霊が現れた。何本にも分かれた長い尻尾、鋭い眼光に逞しい四肢。大きな狐という感じのその精霊は、しいなに寄り添うようにして、敵の攻撃から彼女を護った。
「しいな、ヴォルトは人間との関わりをなくそうと…、人間のことを信じられなくなっています。
ですが力を示せば、あなたならもう一度誓いを立てれば契約出来るはず…!」
コリンとは違う大人びた声、落ち着いた口調。しいなは目の前の存在に戸惑いながらも、それを自分と共にいたコリンと信じて一枚の符を取り出した。
「さあしいな!」
「ああ!
ヴォルト!おまえの力を貸せ!!
降霊召符、弧鈴!!」
しいなの命でコリンが飛び出す。尾を叩き込まれたヴォルトは纏っていた電流を消滅させた。すかさずしいなが符術で動きを封じる。
「捕えた!ロイドッ!!」
跳躍し頭上からロイドが剣を突き立てる。刃の刺さった箇所からヒビが広がり、核に亀裂が走った。
「やったか…!?」
「だぁっ」
ヴォルトが再び電流を復活させ、ロイドが吹き飛ばされる。空中で体勢を立て直して着地したのを確認してから、追撃しようと銃を構えたが、
「ヴォルトが試練は終わったと告げています。」
コリンの凛とした声が響いて、カーノは引き金から手を離した。
「…そうか。
なら契約してくれるのか?」
「いいえ、
…私はミトスとの契約に縛られる者、このままでは契約出来ない…と。」
「ど、どーすんだよ契約出来ないって。」
「…以前の契約を破棄してもらうしかないわね。」
冷静になったリフィルが解決策を提示する。契約者が誓いを守る限り契約は行使され続ける、だから前の契約者が誓いを破っているか…、契約者が本当に勇者ミトスなのだとしたら、既に亡くなっているのだから契約は無効になっているはずだと。
「よし、ヴォルト!
あたしはヴォルトがミトスとの契約を破棄し、新たな契約をあたしと結ぶことを望む!」
「…ミトスは誓いを破っている、契約は今破棄された。」
「よ…良かった。」
コリンがしいなに伝え、皆も一先ずは胸を撫で下ろした。
「誓いを立てよ。」
「…今この瞬間にも苦しんでいる人々の力になってあげたい、あたしを命がけで守ってくれたみんなのためにも、コリンのためにも。
みんなが住む二つの世界を助けてあげたい!」
「…誓いは立てられた。
我の力、契約者しいなに預ける…!」
しいなの前に、眩い光と共に指輪が現れる。召喚の媒体らしく、これでヴォルトとの契約は出来たということになるはずなのだが、コリンは顔をしかめた。
「これは…、
今はシルヴァラントへ傾いているはずのマナが、テセアラへ逆流しはじめた…?」
「え…!?」
「わっ、地震…!?」
突然揺れ動く神殿、だがそれはものの数分で収まった。
「ヴォルト!
これは…どういうことです?」
「世界の楔の均衡が崩れた…、
相対する二つのマナがバランスを崩し、テセアラへ流れ込んで来ている…ですって?」
「…どういうことだい?」
「…マナは精霊が眠る世界から、目覚めている世界へ流れ込みます。
あなたがたがシルヴァラントで封印解放を行った結果精霊は目覚め、テセアラに流れていたマナがシルヴァラントへ流れるようになった…。
二つの世界を繋ぐマナ…それを精霊の楔と呼びます。」
つまり今ヴォルトと契約したことによって、そのバランスが崩れてしまったらしい。それを聞いていたロイドがあることに気付いた。
「じゃあさ、両世界の精霊と契約したらマナはどうなるんだ?」
「両世界の精霊が目覚めた際には、おそらく楔は消滅する…」
「つまりマナの搾取のし合いがなくなるってワケだ、好都合じゃねーの。」
それが本当なら確かに好都合だが…、カーノはあまりに出来た話に逆に不信感を抱いた。ヴォルトが言うには世界が分断されてからの契約は初めてらしいので、やってみる価値はありそうなのだが…。
「シルヴァラントには5つ封印があって、最後の封印には精霊はいなかったから…全部で4つ。
これと相対する精霊を目覚めさせれば世界は元の姿に戻る……かもしれないわけね。」
「なら全精霊と契約していこうぜ!
とりあえずクルシスの奴らは後回しで先に世界統合!」
すっかりその気の一同に、カーノは何も言えなかった。
にしてもクルシスは後回しって、相手がその間呑気に待ってくれるとは限らないんだぞ。ロイドはその可能性を考えてはいないのだろうが。
「しいなとコリンさんのおかげですね。」
「えっ!?」
「二人が命をかけてヴォルトと契約してくれたからわかったことです。」
「そーだな、二人に感謝しなくちゃな…、
有難う。」
「い…いやあたしはそんな、あんたたちだって戦ってくれたじゃないか。
それに…コリンがいてくれたから…」
嬉しそうにコリンを見て、死んだかと思ったと笑うしいなに、コリンは…その精霊は、その通りだと、コリンは死んだのだと言った。
「その転生体として私が生まれたのです、あなたのコリンを思う強い心を媒体にして。
私は心の精霊ヴェリウス、…コリンではありません。」
「…でも、これからも一緒に行けるんだろ…?今までずっと一緒に…、
これからだって、」
また泣きそうになるしいなに、ヴェリウスは頬擦りした。
「大丈夫ですしいな、あなたは過去に打ち勝った強い心を持っているじゃありませんか。
私は共には行けません、ですがあなたが私のことを忘れない限り、あなたの心に存在します。
私は心の精霊なのですから……」
ヴェリウスの体は光の束になり、皆の前から消えた。しいなの握る鈴が、リン、と音を奏でる。
しいなの目は潤んでいたが、その表情は晴れ晴れとしていた。
「…ありがとう、コリン…。」