11.別れ汝は前を向く

(…あれ、寝てたのか……?) 重い瞼を上げれば視界に入ったのは星空で、感覚を取り戻した体が冷たい風に震える。 「おっ、お目覚めかぁ?」 「ゼロス……俺何時間くらい寝てた?」 「小一時間ってとこだな、今がきんちょが飯作ってる。まだ疲れてんなら寝とけ寝とけ。」 「…いや、もう大丈夫だ。悪いな、迷惑かけたか?」 「そんな気ぃ遣わなくても大丈夫だっつの。 飲み物貰ってきてやるよ。」 お前こそ気を遣わなくても、言い終わる前にゼロスは仲間の元へ去る。 最初は愚痴ばかりだったのがいつの間にあんな世話焼きになったのだろうか。 「目が覚めたのね。」 ゼロスと入れ替わるようにやって来たのはリフィルだった。体を起こして近くの壁にもたれる。 「…前にも、こんなことがあったわね。 あの時も貴方は1人で無茶をして倒れてしまって。」 あの時、というのはきっと旅の始めの頃のことだろう。イセリアを追放されて仕方なくリフィル達の後を追おうと知識もなく砂漠に入ってしまった自分、結局途中で力尽きて倒れてしまった情けない記憶。 「そう思うと、俺はリフィルさんに迷惑をかけてばかりですね。」 はは、と苦笑すると、リフィルは「それは私も同じよ」と優しく言った。 「ジーニアスのことや私自身のこと、皆にたくさん迷惑をかけてしまった。 でも貴方たちは許してくれたでしょう? ハーフエルフである私達を受け入れてくれたことが、私やジーニアスにとってどれほど救いになったか…」 「種族なんて関係ありませんよ、2人がどんな人かは、側にいた俺達が良く知ってますから。」 「…そうね、そう言ってくれたわね。」 リフィルはしばらく空を見上げたまま黙っていた。だが不意に話は全く違った方向へと飛んだ。 「前々から気になっていたのだけれど、貴方、恋人は居ないのかしら?」 「へ?…こ、いびと、ですか?」 居ません居ませんと両手と顔をぶんぶんと振る。何故急にそんなことを聞くのだろうと疑問には思ったがカーノは深く考えなかった。 「そう、…なら良かった。 …貴方に聞いて欲しいことがあるのだけれど、よろしいかしら?」 「? ええ、何でしょう?」 ニコニコと何時もと変わらぬ笑顔のまま、次の言葉を待つ。だが長めの間を置いて出てきた言葉に彼は体の動きと思考回路を止めてしまった。 「私は、貴方が好きなの。」 「………は、い?」 それがあまりにもリフィルの口から出そうにないものだったから、カーノは自分の聞き間違いかと思ったが、頬を赤くして俯く相手にあぁどうやら自分の耳は正常だったらしいと悟る。 だが自分が今告白されたのだと理解するまでには時間がかかった。 何と返せばいいのか、告白されたことが始めてなわけではないのに頭が真っ白になって何も浮かんでこない。 (どどど、どうすればいいんだっけこういう時は…!?おお俺だってリフィルさんのことは好きだけどそういう好きじゃないっていうか、それはそれであってこの場合は……!!) 落ち着け落ち着けと命令しているのに脳は言うことを聞いてくれなかった。パニックに陥ったカーノは“告白された”という事実だけを受け止め一気に熱を上げる。 リフィルはロイドの先生であって旅の仲間であって、だが大切な存在に代わりはない。そして先に答えた通り自分には恋人も居ない。これはどうなんだと自分で自分に聞く。 だが何故かはい、と言う気にならない。リフィルさんの良さは充分知っているし、女性としても魅力的な人だとは思う。なら何がいけない?何が引っ掛かってるんだ? 渦巻く脳内で彼は懸命にそれを探した。理由を、“リフィルと付き合うことは出来ない”と自分が感じる理由を。 そうして見つけたものは、彼の中で更なる疑問を抱かせる原因となってしまった。 (…なん、で、今あいつが出てくるんだ?) 己の中の己が理由として引っ張り出してきたのは何故かクラトスだった。普通に考えて今ここであいつは関係ない筈なのに。仮に出てくるとしてもそう、幼き日の記憶の中に居るあの女性ではないのか? (…そうだ、そうだった、俺が今まで告白されて断ってきた理由は…) パニックで忘れていたことを一気に思い出す。過去こういう事態に遭遇した時、自分はあの女性のことが忘れられなくて、自分にとってのその対象が彼女以外にはありえなくて、ひたすら首を振っていたのだ。それがどうして今、直ぐに出てこなかったのか。ましてや何故クラトスを思い出してしまったのか。今考えていたのはリフィルと付き合えない理由だった筈なのに。だってそれは言い替えればつまり今自分が……、 「…あの、カーノ…?」 恥ずかしさに俯いていたリフィルは、なかなか何の言葉も発してくれないカーノに不安になり顔を上げた。 相手は血の気の引いた顔で、どこか一点を見たまま固まっている。 「ごめんなさい、やっぱり突然こんな話は迷惑……」 「違う。」 小さい声で一言だけ、その言葉にリフィルは吃驚した。カーノの口調が自分だけに使われるもの…つまり敬語ではなかったからだ。 「違う、そんな、そんな訳ない。 だって俺は、俺が好きなのは……」 俺が好きなのは?リフィルはさっきの呟きも含め今話している言葉は自分に対してではない事に気付いた。自分の中に浮かんだ何かを否定しているように見えるが、恋人は居なくても好きな人は居た、ということだろうか。 (……それなら、仕方ないわね。) 元より上手くいくとは思っていなかったリフィルは、笑顔をつくって彼の手を握った。カーノは言葉を止めて顔を上げる。 「他に好きな人が居たのね。…困らせるような事を言ってごめんなさい。」 「…へ? あ、いや、その……」 「いいのよ。 …考えていたの、私の貴方への感情は、本当に男女間にあるようなものなのかって。 今ハッキリしたわ、きっと私のこの想いは…お父様を想う気持ちと同じなのだと。 貴方が頼りになるから、優しいから、心配をしてくれるから。私がほとんど感じることの出来なかったものを、貴方がくれたから。 それを恋愛と勘違いしたのね。」 ふふ、と子供のように笑うリフィルに、カーノは状況についていけないまま目をパチパチさせた。 「だから、気にしないで。 貴方が想う人と上手くいく事を願っているわ。 …聞いてくれて、どうも有難う。」 リフィルは静かに立ち上がって立ち去る。焚き火の近くで料理を皿に盛り付けていたジーニアスが彼女の姿に気付いた。 「あっ姉さん!マーボカレー出来たよ! ロイドが居ないけど、冷めちゃうから先に食べ……、 ……姉さん?」 ジーニアスは、リフィルが片手で目を擦っているのを見てその顔を覗き込んだ。そしてハッとする。 「姉さん!?どうし…」 リフィルはもう片方の手でその口を押さえた。緩く頭を振って、か細い声で「大丈夫だから」と伝える。 父への愛と恋心を錯覚しているだけだと、確かにそうも思っていた。彼に言った言葉は決して嘘ではない。 でも、それでもやはり、自分が彼に抱いていた感情はそれだけではなかったのだと、リフィルは自覚していた。 だがそれをどうする事も出来ない、彼に想う人が居るならば、その邪魔をしてはならない。ふとした時に哀しい目をしている彼が幸せを掴めるのならば、自分はそれを応援したい。 そう思っているのにどうしても止まらない涙を、彼女は暫く流し続けた。
目次へ戻る | TOPへ戻る