11.別れ汝は前を向く
そして自分が何を返す間もなく勝手に話を切り上げられたカーノは、1人取り残されていた。
結局どうなったんだ?自分は彼女を振ってしまったのだろうか、いや、自分は何も言っていないし…何にせよ、彼女を傷付けてしまってはいないだろうかと不安になる。
(告白されたのなんて久しぶりだな……)
まだ熱い顔を両手で挟み込んで冷ます。好意を寄せられるというのはどんな形であれ嬉しいのは嬉しい、ただそれに応えることが出来ないのが辛くもあるのだが。
兎に角、リフィルのことは後でまた様子を見に行こう。カーノには今何よりも先にまず整理をつけなければいけないことがあった。リフィルのおかげで少し思考が逸れていたが、そのまま放置しておけるようなものでもない。
さっき浮かんだ断る理由、それを恐々ながらも今一度確かめようとする。告白を断るのは大抵の場合、他に想う人が居るからではないだろうか。そしてそれでいくと今の自分がその位置に当てはめる可能性がある人物というのは過去に好意を寄せていたあの人だけだ、そう頭では即答出来た。そう、“頭では”。
しかし無意識に浮かんだのはそれとは別の人物だった。最近彼のことを考えることが多かったからというだけだろう、それで納得しようとするが違和感が抜けない。
俺が好きなのはあの人だ、それが違うというのなら、今自分に想う人は居ない。嫌な予感を消し去りたくて言い聞かせるように何度も心の中で唱える。こうでもしないと平常心など保てそうにない、自分がおかしくなるような気がして怖かった。
だというのに、そんなこちらの努力や苦悩など知りもしないで、その人物はまたしても突然目の前に現れた。
「……久しぶりだな。」
まるで何事もなかったかのように当たり前の挨拶をするクラトスに、カーノは早速呪文の効果を無くしてしまった。
「……何だ、また石でも狙いに来たのか?」
顔を直視出来なくて、何もない砂漠に視線を移す。前は戦うことが苦痛だったが、今は逆に殴りかかってきて欲しいくらいだった。そうすればこの正体不明の感情も吹き飛ぶかもしれない。
「それもある、しかし用はそれではない。
両世界の精霊と契約しているようだが、このまま全精霊と契約していくと大変なことになる。
今すぐ契約を止めるのだ。」
「大変なこと…?」
忠告ということか?敵であるはずのクラトスが何故そんなことをするのか、カーノは測りかねた。もしかしたらこちらを惑わす為の嘘かもしれない。
「たとえ全精霊と契約したとしても、世界を分けることなど出来ん。」
「随分ハッキリ言うな、なら他に世界を分ける方法でもあるって言うのか?」
「…それはロイドに聞くといい。」
「ロイド?
…あんた、ロイドにも会ったのか!?」
がばっと立ち上がり、何かしたのかと問いただそうとして、胸ぐらを掴んだところで足の力が抜けた。まだ完全に体力が回復していなかったのか、そのまま前に傾く。
体が触れて、クラトスの髪が顔にかかる。相手の体温が伝わってきて、至近距離にあった目と視線がかち合った。
「っ!!」
またこれだ、頭が真っ白になって、体の血が顔に集まる。
「…? 熱があるのか?」
ひた、と額に当てられた掌に、金縛りにあったように体が動かなくなった。なんてことはない、ただ肌が触れただけなのに。それだけのことなのに、とてつもなく動揺してしまう。
これ以上頭の中を掻き回されるのが嫌で、触れる手をはたいて離れる。冷静になれるまで会いたくない、早く帰ってくれと願った。
「おっ待たせ〜、心優しきゼロス様が飲み物持ってきてやったぜー……って、ありゃ?」
そんな折、場の空気を見事に壊してくれたのはゼロスだった。微妙な距離を保つ2人に、ゼロスはすかさず割って入った。
「おいおい、弱ったところを狙うつもりか?」
「…テセアラの神子か、関係の無い者は下がって頂こう。」
「…あんたがカーノとどういう関係なのかは知らねーけど、仲間を敵と2人っきりにさせる訳にはいかねーなぁ。」
話が紛れて良かったと思ったのだが、和んだかに見えた空気はさっきよりもギスギスとしていた。この2人は喋るのも初めての筈なのだがお互い…いや、ゼロスだけだろうか、随分敵視しているように見える。
「…ま、戦う気がないならいーけど。
がきんちょが飯だってよ、さっさと行こうぜ。」
「あ、おい、ちょっと待っ…」
腕を引かれて強引に連れていかれ、カーノは覚束ない足取りで歩き出した。まぁ良かったと言えば良かったのだが。
「怪我は?」
「え?」
「だーかーら、あいつに何もされてねーのかよ?」
これは、心配されているのか?ゼロスはこんなに心配性だっただろうかと不思議に思いつつも大丈夫だよと返す。焚き火の周りには皆が座っており夕飯を口に運んでいた。
「兄貴!もう大丈夫なのか?」
「ああ。
ジーニアス、夕飯戴きます」
「うん!じゃんじゃん食べてよ!」
温かいカレーを味わいながら、ちらとリフィルの方を見る。コレットと話す彼女はいつも通りで、カーノは良かったと安堵した。
それにしても、さっき会ったせいで余計に気になってしまった男に頭を抱える。次に会うときまでには、この異常な脳が正常に戻ってくれていればいいのだが。
そうしてカーノが悩む一方で、クラトスもまた頭を抱えていた。
今はもう敵であるというのはよく分かっているのだが、ああもフラフラな状態を見ると気になってしまう。疲労しているだけだろうか、また無理をしているんじゃないのか。その無理の範疇には自分のこともあるのだろうが。
何故ユグドラシルが彼を必要としているのかは知らないが、前に連れていこうとした時の彼の反応は普通ではなかった。何か関係があるのか、首に嵌め込まれた輝石は何なのか、何故アンナと同じ輝石を着けているのか。
アンナのものはロイドが着けているものだけの筈だから、アンナが“作った”ものでは無いのだろう。となれば同じ種類の別の物なのだろうが、あれはそうそう在るものでは無い。
(…やはり、前にクヴァルが言っていた培養体ではないのか?)
名前が違ったが、カーノというのが偽名だとすれば辻褄が合う。姓をアーヴィングと名乗っている時点で既に本名では無い筈なのだし、名前も別の物である可能性は充分にある。
だが、追っ手から逃げる為だけならば、どこか遠くで適当な名をつけてひっそりと暮らしていればいいのではないだろうか。わざわざ牧場にほど近いイセリアに住む意味がわからないし、アーヴィングの名を語ることで何か利益があるようにも思えない。何より赤の他人ならば何故ロイドの兄などと言っているのか?
(…何も知らないのだな、私は。)
彼について自分が知ることなどほんの僅かであったのだと気付いて、少し物悲しい気分になった。そして自分が何故こんなに相手のことを気にしているのかも分からず、軽くはたかれただけなのにやけに痛む手を握りしめた。
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