11.別れ汝は前を向く

なんだろう、声が聞こえる。 白く濁る意識が、その声によって鮮明になっていく。 「……に何かしたのか!?」 「…そちらの……ではない。」 1人じゃない、色んな人の声がしている。これは、 「……ロイ、ド……?」 バタン、と扉の閉まる音がして、カーノは目を覚ました。自分が床に寝そべっていることに気付いて起き上がろうとすると、 (…何だ、体が……) まるで何日も眠り続けていたかのような、錘でもついているのかと疑いたくなるほど重い体に、何が起こったのかを思い出す。 皆はまだ眠っている様で、室内に自分以外に起きている者は居ない。試しに隣に倒れていたゼロスを揺さぶってみるが、起きる気配はない。 そう言えばロイドは?さっき寝惚けながら聞いた声に、文字通り体を引き摺って寝室に向かうと、そこには少し乱れたシーツがあるだけだった。 嫌な予感がして、銃を杖にして立ち上がりドアノブに手をかける。軋みながら開いた重い扉から月光が入ってきた。どうやら眠っていたのは数分やそこらではないらしい。 と、視界がまだはっきりとしない内に、いきなり両腕を何かに掴まれた。そしてそのまま外に引っ張り出される。 「なんだ……っ?」 「……兄貴!」 光に慣れた目が最初に映したのはロイドだった。自分と同じように両腕を拘束され、首に剣を突き付けられている。 その光景に心臓を跳ねさせたカーノは、身を捩って暴れだした。 「ロイドを離せ! 何なんだお前ら、ディザイアンか!?」 「もう我々を忘れたのか?大した記憶力だな。」 ザッと前に立ち視界を遮った男を見上げて、カーノは何故お前がここに居るんだと問いたくなった。青い髪を後ろで束ね嫌味を吐くその男を見て、自分やロイドを捕まえている兵士がレネゲードなのだと理解する。 「お前は最後の切り札にするつもりだったのだがな。 まぁいい、クラトス! オリジンの封印を解放しろ!」 ぎくりとしてユアンの視線を辿ると、1人そこに立っているクラトスと目が合った。 何故会いたくない時に限ってこうも頻繁に会ってしまうのか。 それにしてもこれはどういう状況だ?オリジンの封印とは何の話だ、何故自分達だけがこの場に連れてこられたのか。 「…出来ぬと言ったら。」 「…息子の命が惜しくば我々に従うことだな。」 ただならぬ空気の中、カーノはロイドと同時にユアンを見た。 息子?誰が……、 「……ユアン、」 「いい機会ではないか。 ロイド、教えてやろう。」 その時、嫌な予感は限界まで膨らんでいた。 「おまえとクラトスは実の親子だ。」 予感は、的中した。 時が止まった。呼吸をするのも忘れて、突きつけられた事実を頭の中で何度も確認する。 ロイドの、本当の、親? あの、いくら探しても見つからず、死んでしまっているんじゃないかとまで思っていた、父親? 俺の大事な人をかっさらって、挙げ句その手で殺した、自分が心底憎んでいた、あの父親? …それが、クラトス? 「…そんなわけ、ねえだろ…、 クラトスが俺の親父…? 俺たちを裏切ってコレットを苦しめて!殺そうとまでしたクラトスが!? うそだ……!!」 取り乱すロイドと違ってカーノは冷静だった。否、冷静というよりは、何も考えられなかった。 「…実の息子にここまで否定される気分はどんなものだ?クラトス。」 クラトスは無言のまま剣を構えた。しかし兵士が捕らえた2人の首筋に刃を充てて脅す。 「動くな!少しでも動けば斬る!」 「オリジンの封印を解放しなければ2人が死ぬことになるぞ。 さあどうする。」 「…待て、カーノは関係ないだろう。」 「関係無いだと? …ではやはりこの男はお前の息子ではないのだな。 おかしいとは思っていたのだ、お前とアンナの子にしてはロイドと年が離れすぎているからな。」 「………え?」 どんどん青ざめていくロイドを無視して、ユアンはクラトスに近寄る。 「…その様子では解く気はないようだな。 ならばクラトス、お前にも死んでもらうだけだ!」 「ま…待てよ、 兄貴が…母さんの子じゃないって……?」 「それについては私も詳しくは知らん。 ただ1つ確かなのは、その男はお前の実の兄などでは無いという事だ。」 手から魔術による稲光を出すユアンは、その手をクラトスに向ける。クラトスは微動だにすることなく静かにそれを見下ろす。 「…貴様は家族が出来てから変わったな。 15年前のあの時も、アンナを化け物に変えられ、お前は抵抗のすべを失った。」 15年前、アンナ。カーノの体がピクリと反応する。 カーノを取り押さえていた兵士は瞬間、背筋が凍り付くような錯覚を覚えて反射的に手を離した。 「アンナもお前について行かなければあのような姿にならなかったものを…、 哀れな女だ。」 「…だまれ…だまれっ!! 勝手なことばっかり…」 「本当、そうだよなぁ。」 兵士を振り切りユアンに斬りかかろうとしたロイドは、聞いたことのない低く冷たい声に動きを止めた。 「だからってあの場所も、褒められたもんじゃなかったけどな。」 「兄、貴……?」 普通に話しているだけなのに、心臓に銃口を突きつけられているような気がした。よく知る人の筈なのに、全く知らない人のように見えた。 カーノは長い銃を引き摺りながら、一歩ずつ近付いてくる。 「ずっと探してた、俺からあの人を奪った男を。あの人の仇を。 いつか見つけ出して殺すって決めてたから。」 固まるロイドとユアンの前を素通りし、クラトスがの前で止まる。そして銃口をその額に押し充てた。 「…お前だったんだな、クラトス。」 「! 兄貴!!」 カーノの行動がただの脅迫ではないと感じたロイドは止めようと叫ぶ。だがいくら名を呼んでもこちらに見向きもしない。 いつも名を呼べば必ず振り向いてくれたのに。彼の耳には今きっと、自分の声は聞こえていない。 カーノは引き金に添えた指に力を込めた。そして叫んだ。 「一番大事な人を二度も奪われる気持ちがアンタにわかるか!!!!」 怒鳴り声を聞いたのは、これが初めてだった。 「やはりお前は……」 「そこまでだよ。」 クラトスが何かを言いかけるが、それは家から出てきた幼い声に止められた。同時に強い衝撃がカーノの全身を襲い、岩壁に叩きつけられる。続いてレネゲードの人間やユアンも同じように吹き飛ばされた。 自分の身に何が起こったのかもわからず、痛みに崩れ落ちる。代わりに頭は少しだけ平静を取り戻した。 「最近こそこそと何をしているのかと思えば…、 まさかクルシスと敵対するレネゲードのリーダーがお前だったとはね、ユアン。」 「ぐ…っ、な…なぜだ、 どうしておまえがここにいる!! ユグドラシル…!!」 ユグドラシル?ユアンの言葉にカーノは疑問を覚えた。それはクルシスの指導者の名前、よく知っている名前だ。 だが今の声はー……、 「ミト、ス……?」 金色の髪の少年は、倒れるユアンに歩み寄り踏みつけた。 「よくも裏切ってくれたね、本当なら殺したいところだけど…、 姉さまに免じて生かしといてやるよ…!」 ユアンを蹴り高笑いするその姿は、ジーニアスと語り笑い合っているあのミトスとまるで別人だった。
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