11.別れ汝は前を向く

「誰かいるの……?」 先の音とミトスの声で目が覚めたのか、家から続々と仲間が出てくる。そして今の惨状を見て驚愕した。 「ロイド…!!ロイドどうしたの!? カーノさんも…!!」 「そうか…正体を隠してロイドたちに接近していたのか、ユグドラシル…!!」 「!? ユグドラシル…?ミトスが? うそだ…だって姿が違うよ!? それにボクたち友達じゃ…」 「…友だち?本当にボクのこと信じたの? お人好しだねジーニアス。」 指先に魔力を集め、冷たい笑顔で躊躇いもなくジーニアスの隣にいたアルテスタを撃ち抜く。アルテスタは宙に舞い勢いよく地面に落下した。 「アルテスタサま…!」 直ぐにタバサが駆け寄り抱き抱える。アルテスタは全身に傷を負い苦しそうに唸っていた。 「…ミトスサん…どうシて…?」 「…たかが細工師のくせに色々と喋りすぎだ。 逃げ出したことも含めて、罰を与えてやったんだ。」 「何で…何でだよミトス、アルテスタさんたちとあんなに仲良くしてたじゃない!!どうしてこんなひどいことするんだよ…!! タバサのことだって助けたじゃないか、自分が怪我してまで…!」 「そんなの…そうすればキミたちがボクのことを信じやすくなると思っただけだよ。」 涙を浮かべるジーニアスの前で頭に巻いていた包帯を取る。そこに傷痕はなかった。 「…違います、ミトスサんは…優シい人でス。 あの時も優シいから私を助けてくれたんでスよね…?」 「…だまれ!!」 「…ミトス、」 「……っ、うるさい…っ!」 真っ直ぐに見つめていたタバサを黙らせようとミトスが力を振るう。壁に打ち付けられてもタバサはミトスは助けてくれたと言い続けた。 「うるさい…っ、うるさいうるさい!! タバサ!!不気味なほど姉さまに生き写しな人形…!! ずっと…ずっと気にいらなかった!!姉さまの心を受け止めきれなかった欠陥品のくせに!! 見るだけでもヘドが出る…!!」 さっきから言っている姉というのは実姉のことだろうか、何にせよ本当に似ているというのなら何故、 「何で…家族に似てる人を傷付けられるんだ…!! 勝手も大概にしろ…!!」 立ち去ろうとしていたミトスがこちらを向く。そして光に包まれ姿を変えたユグドラシルの鋭い目で睨まれ、カーノは全身を強張らせた。 ミトスの姿の時はそれほど実感はなかったが、やはりこの姿になられると恐怖が蘇る。 「お前に私の何がわかる…?ただの培養体の分際で…!!」 ユグドラシルの指先がこちらを向く。その動作に危機を感じ逃げようとしたが、さっき受けた攻撃は軽いものではなかったらしい、足に力を込めると激痛が走った。 自分に向けて放たれた光に、もう駄目だと諦めた。ユグドラシルの力量は知っている、抗う術を持たないカーノは目を閉じた。 光が当たって衝撃によって空気が震える。目に見える景色が夜空に変わる。 だが痛みはなかった。感じたのは地面の固さと、抱き締められている感触。 その温もりを彼は知っていた、つい最近触れたものだったからだ。 「…私が…憎ければ、殺せばいい、 それで…お前の気が晴れるのなら…、 辛い思いをさせて…すまな……」 温かさは手から離れ、どさりと地面に倒れる。背中に酷い火傷のような傷が出来ていた。 「……クラ、トス…?」 動かなくなった男に、カーノの体が震え出す。 何で、どうして。 「…やはりお前も裏切っていたか。 プロネーマに監視させておいて正解だったな、その分ではロイド達に情報を流していたというのも本当だろう。」 裏切ってということは、やはりあの時の忠告は本当だったのか。いや、今はそれよりも、 「おい…、おい、起きろよ…っ! 何で庇ったりしたんだ…!!」 傷口に手を充ててひたすら回復魔術を詠唱する。 自分は殺そうとしたのに、どうして身を呈してまで。その疑問の答えは返ってこない。 「ちょっと待てよ、培養体って…どういうことだよ……!」 一方で、ロイドはユグドラシルの言葉に食いついた。さっきからあまりにも重すぎる話を次々と聞かされていたロイドは、これ以上何かを知るのが怖くもあったが、それ以上に知りたいという気持ちの方が大きかった。 「…お前は何も知らないのだな、いいだろう。 知りたければ教えてやる。」 ユグドラシルはそんなロイドに口角を上げた。回復に専念していたカーノが2人の会話に気付くことは無かった。 「その男は貴様の兄などではない。 カーノ・アーヴィングなどという人間は、この世に存在しない。」 「そんなわけあるか! なら兄貴は何だってんだよ!?」 「信じられぬか?ならば本人に聞けばいい。 なぁ、イリアル?」 今話されていることがどういったものかに気付き、カーノはユグドラシルを見た。 「おい…何を、」 「その男の真の名は、イリアル・カーノ・エリーアス。 15年前、人間牧場から輝石を持ち出し行方を眩ましていた培養体だ。」 イセリアでカーノが牧場のことを詳しく話していた時から、もしかしたらという気はしていた。だからそれについてはそこまで衝撃を受けることも無かった。 だが名前については、そういう訳にはいかなかった。 「真の名…ってなんだよ…?」 「わからぬか? つまりその男はお前とは何の関係も無い赤の他人という事だ。 お前は15年間、騙され続けていたのだよ。」 まさか、ロイドは引き吊った笑いを溢した。 そんな筈がない、あの優しくて、自分を心配して旅にまで着いてきてくれた兄貴が、赤の他人? 「なぁ、嘘なんだろ?こいつの言ってる事は全部―……、」 ロイドはすがるような気持ちで兄を見た。そして絶望した。 カーノはユグドラシルを見て固まっていた。クラトスの傷に触れたままの手も回復を忘れて止まっている。目を見開いて、固定されたかのように動かない。 「兄、貴……、 何とか言ってくれよ、あんたは俺の兄貴なんだろ!?」 古びた機械のように固い動きで、カーノはこちらを見た。そして目を伏せて拳を握りしめた。 「………ごめん。」 やっと発した言葉はロイドの僅かな希望を打ち砕いた。積み重ねてきたものが音を立てて崩れていく。 「お前は貴重な成功例だ、輝石は渡して貰おう。」 「ユグドラシル……ッ!!」 そしてそれはカーノも同じだった。何年もかけて築き上げた信頼も感情も何もかもが無に帰した今、もう生きる意味など無かった。 悲鳴に近い声を上げてカーノはユグドラシルに殴りかかった。ただ怒りのままに銃を振りかざす。 銃が壊れようが吹き飛ばされようが関係なかった、素手でも殴って蹴って、狂ったように魔術をぶつけまくった。 「愚かな、そのような抵抗が無意味だとまだわからぬか?」 打ち出した手を掴まれて、そのまま捻りあげられる。宙に浮いた足に反動をつけて蹴りつけようとするも軽々と避けられる。赤子のように扱われ、悔しさに血がにじんだ。 首元のスカーフが引き抜かれ、露になった首とそこに巻かれた輪にユグドラシルが指を這わせる。ぞわっと悪寒が全身を駆け巡った。 「や、めろ………!」 要の紋としての役割をなしていたそれは魔術で焼ききられる。保護を無くした輝石に恐怖が膨らんでいく。 「お前も化け物に変えてやろう、 ……あの女のようにな。」 「やめろ……!!!」 ユグドラシルの爪が輝石と皮膚の間に傷を入れる。鋭い痛みが走ってカーノは叫んだ。 「っやめろおぉぉおぉ!!」 ドン!!とユグドラシルに何かがぶつかり指が離れる。次に巨大な斧がユグドラシルの居た場所を切り裂いた。 「カーノさん!大丈夫ですか!?」 「気をしっかり持て!」 パニックに陥りかけている自分にプレセアが呼び掛け、リーガルが体を支える。だがズキズキと疼くような痛みは思考を麻痺させていた。視界が歪む。 「…今日はここまでにしておいてやろう、どうせその男はもう手遅れだ。 せいぜい仲間同士で殺し合うがいい、輝石は後で取りに来てやる。」 「…ミトス……!!」 涙を流し友を引き留めようとするジーニアスをリフィルが抑える。ユグドラシルが消えるとクラトスも光になって消えた。 嫌だ、ああなるのは嫌だ。醜く姿を変え暴走し人々に襲い掛かる自分の姿を想像して震える。 でももう、ユグドラシルの言う通り手遅れだった。替えの要の紋など勿論持っていない、この発作を抑えられるものなどもう無い。 「リーガル、離れてくれ…! ロイドを頼む……!!」 「そんな…カーノさん……!!」 涙を流すコレットにカーノの頬にも熱いものが伝った。諦めるしかなくても迫り来る死が怖かった。自分が人を襲う化け物になるのが恐ろしかった。 変わり始める四肢に、せめて死ぬなら誰にも迷惑をかけずに1人で死なせてくれと願った。銃が残っていれば今すぐ自分の頭を撃ち抜くのに。 そうして目を閉じる瞬間に瞼に写ったのはまたあいつで、彼は無事だろうかとクラトスが消えたことを知らないカーノは思った。
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