11.別れ汝は前を向く
「俺は元々アスカードの人間だった。別に名家でも何でもない普通の家系に生まれて、普通に暮らしてた。
でもある日、ディザイアンが街に攻め込んで来たんだ。」
その頃はまだ牧場なんてものの存在はごく小さなもので、不可侵条約なんてものも無かった。ディザイアンは培養体を求めて街の人間を片っ端から連れて行こうとした。
そしてその魔の手は勿論カーノたちにも迫っていた。
「家族はまだ小さかった俺とリイア…妹を護ろうとディザイアンに歯向かった。
でもろくに戦ったこともない、武器も持たないただの民間人が勝てるわけもなくてな…。」
「…どうなったんだ?」
「……殺された。
…覚えてるか?ハイマに墓がたくさんあっただろ。
あの中に俺の家族の分もあるんだ。」
木札に書かれていた消えかかった名前、見ようとして止められたあれのことか。
「父さんと母さんは目の前で斬り殺されて、歩くのも一苦労だった爺ちゃんと婆ちゃんは家ごと火を点けられて…、
残ったのは俺とリイアだけだった。」
そのまま牧場に連れていかれ、2人は別々の牢に入れられた。何の説明もないまま輝石を取り付けられ、毎日満足な食事も与えられずに労働ばかりさせられた。
「希望なんて無かった、死んだ方がマシなんじゃないかって思うぐらいで…、リイアの安否ばっかり気にしてた。
そんな時に出会ったんだ、…アンナさんに。」
今でも思い出せる、死人みたいな人々の中で、たった1人笑顔で周りを元気付けてくれた人の顔を。
「あの人と居る時だけ心が安らいだ。
きっと俺だけじゃない、皆がアンナさんの存在に希望を持ってた。
そのうち牧場内でアンナさんは軽い有名人みたいになっていって……、
だからアンナさんが脱走した時、話はすぐに広まった。」
生きる希望を失った人々は絶望した。ほとんどの者が諦め、人形のように働いてその悲しみを忘れようとした。
「けど俺は諦められなかった。
リイアが…輝石に耐えきれなくて死んだって知って、俺にはもうアンナさんしか居ないって思った。」
男と一緒に出ていったと、彼女が抜け出すのを目撃した人は言っていた。その人物が少し前から彼女とよく一緒に居たという事も。
「追いかけてどうなるわけでもないっていうのは分かってた、…でも俺には他に何もなかったんだ。
それからは毎日毎日闇雲に探し回って…何年も経ってからやっと見つけた。」
アスカードからずっと遠い村の外れ、そこでカーノは探し人と再会した。
血の海に沈み、今にも事切れそうな彼女と。
「素人目で見ても、もう助からないって分かったよ。
どうすることも出来なくて…バカみたいに何回も名前を呼んでた。」
冷たくなっていく相手に、死なないでくれ、あんたが居なくなったら俺はどうすればいいんだと、そんなことばかりを言って何とか意識を保たせようとした。
そんな自分に、珍しく弱気な声で彼女は言った。腕に抱いていた子供を渡して、この子をお願い、と。
「それがお前だよ、ロイド。
…それが最期に聞いた言葉だった。
その後俺たちはダイクに見つけられて、名前を尋ねられた俺は本名を棄ててアーヴィングを名乗った。
…あとはお前の知ってる通りだよ。」
「…それだけで15年間も俺の側に居たのか?親父に任せて出ていくことだって出来たのに…、
それに面倒見るだけなら、兄貴だなんて嘘つく必要無いだろ?」
そこまでスラスラ話していたカーノはそこで黙ってしまった。言いにくいことなのか、だがここまで来ると全て聞かなければ納得出来ない。
カーノもそれは覚悟していたのだろう、暫くして口を開いた。
「…俺が、アンナさんを好きだったから。
アンナさんと知らない男の子供なんて、最初は見るのも嫌だったけど…それがアンナさんの遺言だったから。
兄だって言ったのは、ロイドの側に居ても不信に思われないように…っていうのが半分で、もう半分は…あの人と同じ名前を名乗ることで、あの人の家族になったって思いたかったから、かもしれないな。」
例えそれが幻でも、虚像でも、愛しい人の一番になりたかった。
虚しいことだと頭では思っていても、その名はあの時壊れそうな自分の心を支える言霊だった。
「嫌な奴だろ?アンナさんを牧場から救いだした男に嫉妬して、勝手に名を騙って…お前や皆を騙して。
15年間お前を護ってきたのも側に居たのも…全部自分の為だ、ロイドを生きる理由にしてた。
…お前の気持ちなんて、何も考えてなかった。」
きっと幻滅するだろう、二度と口をきいて貰えないかもしれない。それでも全てを話し終えたカーノはスッキリしていた。
これでもう嘘を吐く必要は無くなった、罰ならいくらでも受ける。それで自分がしてきた事が許されるのならば。
だがロイドは、「何でもっと早くに教えてくれなかったんだよ!!」と、怒るでも責めるでもなく悲しそうに言った。
「家族を殺されて、好きな人を殺されて、酷い目に遭って、一番辛かったのはあんただろ!?
どんな理由だって15年間俺を護ってくれたのは事実だ、それのどこに謝る必要があるんだよ…!」
一番自分のエゴに振り回されたはずのロイドの口からそんな言葉が出るとは思っていなかったカーノは、涙目で訴える少年に目を丸くした。
「ロイド、俺は只の他人なんだぞ?
何の繋がりもない、お前の母親に一方的に惚れてお前の父親を恨んで殺そうとまでした、自分勝手な只の…」
「好きになったのがたまたま俺の母親だったってだけだろ?銃を向けた時は流石に吃驚したけど…嫉妬だって誰にだってあるもんだし。
それに血なんて関係ねえよ!親父だってそうだし、俺にとって15年間一緒に過ごしてきたあんたは兄貴なんだ。
他人だって言われても、今さら思えねーよ。」
言葉も無かった。全部話せば離れていくと思い込んでいた。実際話してみれば、ありのままの自分を知っても尚兄と呼んでくれている。
「…やっぱり、アンナさんの子供だな。」
「? 何だよいきなり。」
顔立ちもそうだけど、自分の真っ暗な心を簡単に照らしてくれるその言葉や笑顔がそっくりで、また込み上げてきた涙をごしごしと拭き取る。
「でもやっぱりそれなら悪いのはクルシスだ。
父さんを…クラトスを庇うつもりじゃないけど、俺は兄貴とクラトスが戦うところは…出来れば見たくない。」
「…そうだな。」
クラトスが悪くないのだということは分かっていた。それでも銃を向けたのはアンナさんのことと…、ユグドラシルに立ち向かう勇気が無かったからだ。
クラトスが殺さなければならない状況を作ったのはクルシスだ、なのにそれから目を背けていた自分に対して、クラトスは謝った。彼にこそそんな必要などありはしないのに。
「とにかく、話してくれてありがとな!
俺、ゼロスとコレットを探してくる。」
「…ああ、気を付けてな。
あと!…俺の方こそ、有難うな。」
「…おう!」
元気な後ろ姿に、15年間の間積もっていた色んな想いが溶けていった。こんなことならもっと早くに話しておけばよかったと微笑する。まだロイドの兄として側に居れるということが嬉しかった。
今度はもう無くしたりしない、護り抜いてみせる。例え相手がユグドラシルでも、もう逃げる訳にはいかなかった。逃げ続ける限りあの悪夢は永遠に繰り返される、断ち切るためには奴を倒すしかない。
(弟が頑張ってるんだ、兄が逃げてどうする。)
弱腰になる自身を奮い立たせて、カーノは決意した。そしてもう1つ、
(…クラトスとも、ちゃんと話さないといけないな。)
ずっと先伸ばしにしていた船上での約束をちゃんと果たそう。聞かれたことに全て答えて、そして謝ろう。いつ会えるかは分からないけれど、もし会えたならその時に。
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