12.
薄暗い部屋に浮かび上がる仄かな光。
その光の中に安置されているのはコレットで、指先ひとつ動かさずに眠っていた。
その上には透明感のある巨大な花に包まれた女性が、同じように浮かんでいる。
長い髪は鮮やかな緑色で、大人びてはいるもののタバサとよく似た容姿だった。
ユグドラシルはそれを仰ぎ見て、物言わぬ女性に嬉しそうに語りかける。
「いよいよだよ、姉さま…。
この体は姉さまの固有マナに一番近いんだ。
今まで何度も失敗したけど、今度は絶対うまくいく…」
長い、本当に長い間願い続けていたことがようやく叶う。
その喜びに浸っていたユグドラシルを現実に呼び戻したのは、息せき切らしてやって来たロイドとカーノだった。
「…コレットを返せ、ユグドラシル…!!」
「貴様ら…何故ここに…!」
ユグドラシルの後ろで稼働している装置の中に無傷のコレットを見つけて安心したのもつかの間、瞼を上げない少女に一抹の不安を覚える。
「あの数の天使をくぐり抜けて来たというのか!」
「そんなことはどうだっていい!
おまえの千年王国の計画もここでぶっつぶしてやる…!
覚悟しやがれ!!」
今すぐ駆け寄りたいだろうに、コレットではなくユグドラシルに突っ込んでいくロイド。どちらにせよこいつを倒さなければコレットのところには行けそうにないが。
そんなロイドの気持ちを尊重して、カーノもユグドラシルに銃口を向ける。
「させぬわ!」
「!?
…ロイド、左だ!!」
加速していたロイドに横からプロネーマが襲いかかる。急な襲撃に対応が追い付かず、ロイドはユグドラシルを横切り装置の近くまで吹き飛ばされた。
先にプロネーマを止めた方がいいと判断して、ロイドがまだ動けるのを確認してから標的を移したのだが、
「…ユグ、ドラシルさま…、」
スコープが捉えたのは、首を掴まれ宙吊りにされるプロネーマの姿だった。
「姉さまが傷ついたらどうするつもりだ…」
「ミ…トスさま…っ!
わらわはただ…」
「私をその名で呼んでいいのはかつての同志だけだ。
消えろ。」
コレットを包む光よりも強い光がプロネーマを焼き、消し炭となってユグドラシルの手から落ちる。
「…次は貴様らだ。」
仲間を殺したことを何とも思っていない様子の敵に、慌ててロイドの元に走る。先ず回復をと走りながら詠唱し、ロイドの傷が塞がるのと同時にコレットを収納していた装置が光量を上げた。
「何だ!?」
「…コレット!!」
「姉さま…!!
姉さまが目覚める…!!」
装置の上に浮かんでいた女性の姿はみるみる薄れ、そこには花のみが残る。
女性が消えると光も収まり、装置の蓋が開いた。
コレットがゆっくりと起き上がり、ユグドラシルと対面する。
「姉さま…!
やっと目覚めてくれましたね…!」
「ミトス…あなたは何ということを…」
コレットの声と聞き覚えのない女性の声が二重になって聞こえる。さっきの現象やユグドラシルの言葉からして、マーテルがコレットの体に乗り移ったと考えるべきだろう。
だがそれはユグドラシルにとっては喜ばしいことでも、こちらにとってはあまり良い展開ではない。
「姉さま?
ああ…この姿のことですか?
クルシスの指導者としてふさわしく見えるように成長速度を速めたんです。
…待ってください、今元の姿に戻りますから…」
ユグドラシルがミトスの頃の姿に変わり、ほらね、と無邪気に笑う。
だがコレットを通して映し出されるマーテルの表情は穏やかなものではない。
「…そうではないのよミトス。
私はずっとあなたを見て来ました。
動かぬ体でただなすすべもなく、あなたがしてきた愚かな行為を。
…忘れてしまったの?私たちが古の大戦をくい止めたのは、人とエルフと狭間の者とが同じように暮らせる世界を夢見たからでしょう…」
「…何を言ってるの姉さま、せっかく新しい体を用意したのに。
そうか…やっぱりそれでは気に入らなかったんだね。」
自分が予想していたものとは違う姉の反応に、ミトスの顔から少しずつ笑顔が消えていく。
「ミトス…お願い、私の言葉を聞いて。
…あなたのしてきたことはまちがっている。
少なくとも、私たちが目指してきたものとは違います。」
「…まちがってるって…?
姉さまがボクを否定するの…?」
「違うわ思い出して欲しいの、こんなことはやめてもう一度昔のあなたに…!」
「姉さままでボクを…、
ははっ、あは…ははは、
…姉さまがそんなこと言うはずがない…、
姉さまがボクを否定するなんて…」
ミトスが目を反らしたその隙に、ロイドがコレットの腕を引いた。
「コレット!!」
「要の紋が外されてるな…」
「…あなたがたは…」
「貴様!!」
姉を取られたことに腹を立てたミトスに、光の弾が放たれる。そして何人もの足音が3人の周りを囲んだ。
「待たせたね3人とも!」
それは傷だらけになりながらも、自らの足で立つ勇ましい仲間達だった。
「みんな…!
無事だったんだな…!
ああ今怪我を治すから…」
「貴方もボロボロじゃない…全くもう。」
「でもどうして…」
「…あの2人が助けてくれたんだよ。」
「あの2人?」
「あの天使さまと一緒にっつーのが気に食わねぇけどな。」
皆や自分達が入ってきた場所とは別、位置からすると斜め上あたりから聞きなれた声が降ってきて、カーノとロイドは顔を上げた。
「…では、その手筈で頼む。」
「りょーかい。」
それはコレットが連れ去られたすぐ後、暗い通路にポツポツと灯る明かりの下、誰も居ない中2人の男が言葉を交わす。
ついさっき仲間を裏切り、というより裏切ったフリをした青年は、今聞き終えたことを直ぐ実行に移そうと動き出したが、
「…なぁ天使さまよぉ、」
数歩進んでから振り向いて、同じように歩き出していたクラトスをゼロス独特の呼称で呼び止めた。
「あんた何でそこまでしてクルシスにいるんだ?
息子のこと裏切ってまで。
自分でカタつければいいじゃねーか。」
「私には監視がついている。
身動きが取れない以上、神子に協力してもらうしかない。」
「…ちょっと勝手すぎんじゃねーの、
厄介ごと全部ロイド達に押し付ける気かよ。」
その言葉を無視して「頼んだぞ」とだけ残し去って行こうとするクラトスに、ゼロスは振り回されている人間のことを思った。
「カーノが毎日どんな顔で過ごしてんのか知ってんのかよ?」
クラトスはまた足を止めたが、今度は振り向かなかった。構わずゼロスは続ける。
「初めて会った時から今まで、オリジンの封印の話を聞いてからは余計に、笑顔つくりそこなったみたいな顔してんだよ。
本人は上手く笑ってるつもりなんだろーけどな。」
きっと自分以外の人間も気付いてはいる、年端もいかないがきんちょでもあれが作り笑いだと分かっているだろう。
「いい加減にしてやれよ。突き放したり助けたり、んな中途半端なことするからカーノもああなってんだろ。
味方ならそんな格好してないで堂々と来りゃいーだろ。敵だってんなら、もうあいつに近付かないでくんない。」
「…協力してくれたことには感謝している。
だが神子にそこまで指図を受ける義理はない。
…それにあれがどうなろうと私の知った事ではない。」
「弄んどいてそりゃねーんじゃねーの。
案外そうやってカーノを試したいだけだったりしてな。」
意見を聞き入れようとしない相手に、これ以上何を言っても無駄だとゼロスは話を切り上げた。
「…俺さまは天使さまと違って、まどろっこしいやり方は苦手なんでね。」
最後に、そう一言だけ付け足して。
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