12.
ヘイムダールはエルフの街、人間である自分が入るのは歓迎されることではないだろうが、今はそれに構ってはいられない。夜で良かったと思いながら、湖の上にかかる橋を渡って街に出た。
看板を頼りに家や店の間を抜けて、森の入り口を通過する。銃を使えばその音で住民が起きるかもしれないと、魔物はなるべく避けて通った。
怪我をしないと約束した手前、細心の注意を払いながら道無き道を行く。そしてようやく視界が開けたところで、道は行き止まりになっていた。
そこには石碑のようなものと、目を閉じて岩の上に座るクラトスの姿があった。
「…何故1人で来た?」
眠っているのかとも思ったが、クラトスはこちらが話しかけずともこちらの存在に気付いた。
「話がある。」
「話すことはない、と言った筈だが?」
「あんたに無くても俺にはある。」
深く深呼吸をしてから、クラトスの前まで歩み寄る。そしてさっきまで銃器ではなく鈍器として使っていた武器を地面に投げ捨てた。
「何の真似だ。」
「俺はここに戦いに来たわけじゃないからな。」
クラトスはしばらくこちらを見てから、ため息をついて剣を抜いて地面に置いた。
「…明日のこと、考え直す気は無いのか?」
「睡眠時間を削ってまで言いに来たのはそんなことか?
何と言われても、私に止める気は無い。
それとも世界統合を諦めるか?」
リーガルの言っていた通り、やはりこの手の話し合いは無理らしい。仕方なく説得は諦めて、しかしそれ以外に何を話せばいいのかわからず黙ってしまう。元々何を話すつもりで来たのでも無かったのだから当然の結果だった。
「…テセアラの神子の事だが、」
そうして話題を探していたカーノに、珍しくクラトスが第三者のことを話し出した。テセアラの神子、といえばゼロスか。
「その…何か最近衝撃を受けるような言葉を言われた事はないか。」
「衝撃を受けること?」
なんだそれは、よく分からない質問に首を傾げる。クラトスの言い回しがロイドのように率直でないのは今に始まったことではないが、ここまで意味を掴めない質問は初めてだった。
「騙してた云々はまあビックリしたけど…そのことか?」
「……いや、そうではないのだが…、
…妙なことを聞いたな、
今の質問は忘れてくれ。」
忘れろと言われても、そこまで言われては気になってしまう。まさかまだ何か隠していることがあるのか?
「な、何かあるなら教えといて欲しいんだけど…、
皆に何か関係してることなのか?」
「…少なくともロイド達には関わりの無いことだ。」
「? じゃあ誰に関係してる話なんだ?」
クラトスは何も言わず、目で訴えた。
「……俺?」
まさか、命を狙われてるだとか恨まれているだとかそんな話なのだろうか。当初の目的すら忘れてカーノは嫌な汗を流した。
「俺、ゼロスに何か悪いことしたか…?」
「いや…、寧ろ逆、と言うか……」
「逆?」
余計に頭がこんがらがってきたと額を押さえる。大体なぜそんな話をクラトスにしたのか、秘密を共有するほど仲良くは見えなかったが。
「安心しろ、お前が思うような話ではない。」
「え、じゃあ良い話か?」
「…良いかどうかは私には判断しかねる。」
どういう事なんだ、クラトスでさえ善悪を決めつけられないほどの話なのか。いよいよ不安になってきたカーノは教えてくれとせがむが、クラトスは首を横に振る。
「私が勝手に話して良いものでは無い。」
「じ、じゃあ本人に聞きに……」
慌ただしく回れ右をして帰ろうとすると、クラトスに手首を掴まれて一瞬思考が止まる。
「…な、んだ?」
「………いや、」
何でもない。そう言ってはいるものの、相手は手を離そうとしない。おまけに何やら困ったような顔をしている。
「聞きに行くのもまずいか?クラトスから聞いたとは言わないぞ。」
「まずくは無いが…」
出来ればして欲しくない、といった感じだろうか。歯切れの悪い物言いをする相手に、一先ず落ち着いて隣に座った。
だが座ると遠退いていた睡魔が一気に押し寄せてきて、うつらうつらとしながら目を擦る。
「眠いのか?」
「いや…大丈夫。」
今は何時くらいだろう、明け方までに帰るように言われたが、時間を計るものがここには無い。ここからオゼットまでは結構な距離があるし、陽が上りはじめてからでは遅い。
「…そういえばクラトスは寝なくても平気なのか?」
「ああ。
…天使は睡眠を取る必要がないからな。」
「…それって、眠れないってことか?」
そういえば旅の間も彼が眠っているところは見たことが無かった。一見便利にも思えるが、毎晩ずっと起きていなければいけないというのもどうなのだろうか。
「大変…なんだな、天使って……、
じゃあコレットちゃん…も…」
フラフラと体を揺らしながら夢現をさ迷うカーノをクラトスが支える。このままじゃ本当に寝てしまうと思いつつも、温かさに意識を奪われる。
(やっぱり安心するな…こいつの傍に居ると。)
それほど長い付き合いでもないのに、安心して寝てしまいそうになるほど心を許してしまっている。一度は殺されかけたこともあったというのに。
そういえば、裏切られたという点ではゼロスも同じなのに、ゼロスの時はクラトスの時ほど引きずっていなかった気がする。傷付きはしたが、絶望はしなかったし、落ち込んで周りに目がいかなくなる、なんてことも無かった。
やはりクラトスは自分にとって特別、なのだろうか。そうなんだとしたら、その特別はどんな感情から来ているんだろう。
「…なぁ、クラトス。
あんた俺のこと…どう思ってる…?」
今度はクラトスがきょとん、とした。起きているのに必死で地面を凝視しているカーノにその表情は見えていなかったが。
「俺は少なくとも…クラトスのことは…信頼、してるし…、大事だと……思ってるよ。
そりゃ皆…大事なんだけど、さ……」
初めは家族が一番大事だった。それを無くして次に大事だと思ったのはアンナさんで、それも無くして次はロイドが一番大事になった。
イセリアで暮らすようになって、世話をしてくれたダイクや、ロイドと仲良くしてくれたコレットちゃんやジーニアスも大事になった。旅を初めてからは、もっともっと増えた。
今は旅をしてる仲間も、関わってきた沢山の人も、護りたいと思う様になった。
「でも……多分、その大事…と、クラトスが大事っていうのは…、俺の中でなんか、違うもので……」
例えばロイドに弱音を吐いたりはしない、ゼロスと喧嘩しても殴り合いで解決とはいかない。ジーニアスに寄りかかって眠るなんて出来ないし、リーガルの居場所がわからないと不安だなんてことも無い。
何よりこんな夜中に脱け出してまで、意味も無く会いに来たりはしない。
「…なんか、自分でも…よくわからなくてさ…、
だから…確かめようと、思ったん…だけど……、
…ごめん、も…限、界……」
声を出す力も奪われて、カーノは結局眠りに落ちてしまった。肩に頭を乗せて小さく呼吸を繰り返す相手に、クラトスは今言われたことを整理することを止めて、さてどうしたものかと思案した。
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