12.

目を覚ますと、そこはアルテスタの家の寝室だった。 覚醒しきっていない脳が昨晩のことを思い出すまでに時間を要していた為、自分が此所に居ることに何の疑問も抱かずに布団から出た。 「…あれ?」 リビングでは自分以外のメンバーが既に揃っていて、各々出立の準備をしていた。いつもなら自分が一番先か、居てもリーガルやリフィルくらいのものなのに。 「あっ、やっと起きたよー!」 「おはようカーノ、よく眠れたみたいだねぇ?」 ジーニアスやしいなから少し嫌味混じりの挨拶を受けて、自分が起きた時間が余程遅かったらしいと察する。外を見れば太陽が昇りきっていた。 なるほどこれは呆れられても仕方ない。 「ごめん、すぐ支度する。」 「そんなに焦る必要はなくってよ? 大事な戦いなのだから、準備は万全にしておいた方がいいわ。」 「…大事な戦い?」 「おいおいまだ寝惚けてんのかぁ? 世界の命運がかかってるんだぜ。」 しっかりしろよと肩を叩かれて、だんだん記憶が鮮明になってくる。 大事な戦い、世界の命運、 ……クラトス。 「…答えは出たか?」 昨日のことを思い出して、リーガルの問いに首を振る。結局ろくに会話もできずに自分が寝てしまったことを説明すると、リーガルはやれやれと言いつつも笑ってくれた。 「俺、いつごろ帰ってきた?」 「? 覚えていないのか?」 「覚えてないっていうか…」 帰路を辿った覚えがない。自分にはトレントの森で寝て、起きたらここに居たという記憶しか無いのだ。ということは、 (…クラトスが運んでくれたのか?) そんなわざわざ。自分を運んで人知れず去っていくクラトスを想像して思わず笑いが漏れた。敵だ何だと言っていた割には随分優しいものだ。 まあ言動が厳しくても心根は優しいのだということは今までの流れで知っているが。 「よし、じゃあそろそろ行くか!」 剣を腰に差して、ロイドが家を出る。 リーガルが目で「これでいいのか?」と聞いてきたが、これはロイドの決意でもあるのだ。昨日までに答えを出せなかった自分に止める権利は無い。 戦うことでわかることもあるかもしれないしなと前向きに考えて、ただ2人が大きなケガをしないようにと祈ることぐらいしか、この時のカーノにはもう出来ることが無かった。 昨日、正しくは今日だが、暗闇の中1人で通った道を今度は大勢で歩く。 暗くてよく見えなかったヘイムダールへ続く湖はとても澄んでいて、色とりどりの花が足下を流れていった。 「…あれ、兄貴道知ってるのか?」 橋から陸に渡り、怪訝そうな顔をする民の間を抜けて、道標のない深い森を迷いなく進んでいくカーノに、リーガルを除いた皆は不思議そうにしながらも着いていく。 こんなところに私用で来る訳もないので、上手く誤魔化すことも出来ず黙々と道を進んだ。 「……来たか。」 晩と変わらぬままの状態で、クラトスは待っていた。皆はある程度の距離で止まって、ロイドだけが前に出る。 「…クラトス、どうしても戦うのか。」 「…今さら何を言う、 中途半端な覚悟では死ぬぞ。 オリジンの契約が欲しくば私を倒すがいい。」 「…みんな、少し離れたい場所で見ていてくれ。」 それを不安げに見つめながら、カーノは動きだそうとする体を押さえ込んだ。 邪魔をしてはいけない、戦いに割って入りたいのは自分だけではないのだから。 「1人で大丈夫なのか。」 「ああ。 あんたが過去と決別するなら…、 それに引導を渡すのは息子である俺の役目だ。」 「…ならば、私も本気で行かせてもらおう。」 静まり返る森の最奥、皆が固唾を飲んで見守る中、風が吹き木々がざわつくと、それは始まった。 「……おわ、った…?」 見るに耐えないほど全力の戦いを繰り広げた末に、地に伏したのはクラトスだった。 剣を折られたロイドが咄嗟に繰り出した拳がクラトスの顔面に入り、それに勝機を見いだしたロイドが畳み掛けた結果だった。 ロイドは肩で息をしながら、クラトスの首元に刃を向けたままで止まっている。 「…どうした、とどめを刺さないのか。」 「…俺は、俺たちを裏切った天使クラトスを倒した。 そして俺たちを助けてくれた古代大戦の勇者クラトスを許す。 …それだけだ。」 ロイドが刀を鞘にしまったことで勝敗は決した。 呼吸することも忘れていたカーノは大きく息を吐いて、へなへなと地面に座り込んだ。 「よ、よかった……」 何が良かったのか、ロイドが勝ったことか?2人が無事だったことか? きっとどちらもだろう、出来るならもう見たくない親子喧嘩が終わって、カーノは緊張を解いた。 「…強く…なったな。」 「あんたのおかげだ。 でも…背中、 兄貴をかばって負った傷…まだ治ってないんだろう。 なら…この勝負は引き分けだ。」 「え?」 自分の名を出されて、そういえばユグドラシルに自分の正体をバラされてしまったあの時、途中で治癒を放棄してしまったんだったと今更ながらに思い出し、クラトスに駆け寄る。 だがそれを手で制止して、ふらつきながらクラトスは立ち上がり、石碑に向かう。 それはオリジンの封印。 「……クラトス?」 「ま…待てよッ、 まさか封印を解放する気か!?」 「…それが望みだろう。」 「それじゃあんたが…!! クラトス!!」 クラトスが石碑に手をついて羽が生え、マナの放射による光の柱が出来るまで、カーノは相手が何をしているのかも理解出来ぬまま見ていた。 ただクラトスが後ろに倒れる光景だけが、スローモーションのように流れた。 「………!!」 声が出なかった。ただ気がつけば動かなくなった体にすがり付いていた。 きっと周りから見た俺はかなりの錯乱状態だっただろう、言葉なのか悲鳴なのかわからない声を上げながらクラトスの体を揺さぶる。 「どけ、カーノ。 私のマナを分け与える。」 だからどこから現れたのか、ユアンの冷静な声を聞いた時に漸く自我を取り戻すことが出来た。 「ユアン…っ、 クラトス…クラトスが……!!」 「分かっている、大丈夫だ。 クラトスは生きている。」 ユアンがクラトスの額に手を翳すと、その間が柔らかく光った。そしてゆっくりと、クラトスが目を開ける。 「クラトス!!大丈夫なのか…!?」 クラトスはじっとこちらの顔を見て、薄く口を開いて渇いた声で言った。 「…また……死に損なったな。」 色んな意味で、場が凍りついた。 ロイドが何かを言おうとして口を開いて、先にパァンと高い音が響いた。 頬をひっぱたかれたクラトスは目を丸くして、叩いた本人の顔を見て言葉を無くした。 「…っ!! ………っ!!!!」 フラノールで見たよりもずっと酷い顔で、顔を真っ赤にして、体を奮わせながら、両目から涙を溢していた。 口を開けているのに何も言葉は出さず、というよりは出せないのか。それでも相手が怒っているのだということだけは頬の痛みから伝わってきた。 ロイドがそんな義兄の肩を叩いて、その気持ちを代弁すべく大きく息を吸い込んで叫んだ。 「馬鹿野郎!!死ぬなんていつでも出来る!! でも死んじまったらそれで終わりなんだ!!」 「…生きて地獄の責め苦でも味わえと?」 「誰がそんなこと言ったかよ!死んだら何が出来る!? 何も出来ないだろ!!」 クラトスは静かにそれを聞いていた、遠くにいたコレット達も。 「死ぬことには何の意味もないんだ…!!」 その時3人は同じ女性のことを思っていた。 彼女が今生きていたら、彼女がここに居たら。 自分の発言がどういうものだったかに気付かされて、クラトスは未だ泣き止まぬ男の涙を拭った。 「…そうだな、 そんな当たり前のことを息子に…教えられるとはな…。」 クラトスは静かに目を閉じる。だがちゃんと呼吸が聞こえて、カーノは泣きながらその体を抱き締めた。 何を考えられる状況ではなかったが、自分にとってクラトスがどういう存在かを自覚するのには、これで充分だった。
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