13.
(―…どこだ、ここ)
真っ暗だ、それに自分以外に何の気配もない。
試しに一歩足を進めてみるけれど、足音も、地面の感触さえもない。
手を眼前に持ってきても、その形すら見えない。
死後の世界とはこんなものだろうかと考えて、カーノは首を振った。
(死後の世界なら…あの人が居る筈だもんな。)
それにしても居心地が悪いところだと、感覚が麻痺しはじめた体を動かしながら、なぜこんなことになっているのかを思い返そうとしてみる。
だが何故か脳がそれを拒んだ。思い出したくない、とでもいうように。
言い様のない不安や恐怖に駆られて、カーノはそれ以上考えるのをやめた。そしてふと別の事を思い出す。
(…そういえば昔も、こんなことがあったなぁ)
周りに誰も居なくて、俺は1人で、真っ暗な部屋で体を丸めて夜が明けるのを待っていた。
でも朝になっても、またすぐに次の夜が来て、その度にまた恐怖に襲われた。
いっそずっと夜だったら、暗がりに慣れてあんな風に怖がることも無かったのに。
いっそずっと1人だったら、孤独に慣れてこんな風に怖がることも無かったのに。
カーノは目を閉じた。見える景色は何も変わらなかった。
音すら聞こえない世界で、カーノは笑った。
何も感じない筈なのに、胸や指先が酷く痛んだ。
ほら、俺はまた一人だ。
「救いの塔が崩れる…!!」
カーノがミトスに拐われた後、残った者が目にしていたのは空から降り注ぐ瓦礫と禍々しい色の惑星だった。
「ミトスだ!
デリス・カーラーンへの道をふさぐつもりだ…!」
「デリス・カーラーン!?
まさかあれがそうだってのか!?」
「そんな…不可能よ!
あんなところに星が存在出来るわけがないわ。」
「その不可能を可能にするのがエターナルソードの力だ。
救いの塔から発せられていた障壁によって隠されていたが…」
「…塔が崩れたことにより姿を現したのね…」
「ミトスめ…、
大いなる実りを持ってデリス・カーラーンごとこの地を去るつもりか…!」
ユアンの言葉に、しいなを始め皆がたじろく。
「ちょっ、ちょいと待ちなよ!
デリス・カーラーンってのはマナの塊なんだろ!?
でもって大いなる実りは大樹の種子…、
両方とも持って行かれたら世界は…!」
「滅ぶわね…確実に。」
「オイオイオイどーすんのよ、そんなことになったら世界統合どころの騒ぎじゃねーぞ。」
「…決まってる、ミトスを追いかけるぞ!
兄貴を取り戻す…!」
しかし意気込みだけではどうにもならず、苦悶しているロイドにクラトスがエターナルソードを使うよう促す。
だがそれにもまた障害があった。
「しかし契約には指輪が必要だ!
技術を持つアルテスタは傷を負っている…、誰が指輪を作るのだ。」
「…親父…、」
2人の話を聞いていたロイドがぽつりと漏らす。
「親父だ!」
「ええっ、…ダイクおじさん!?」
「そうだよ!親父なら作れるかもしれない!」
「ダイク?
…ドワーフか?」
「ああ!シルヴァラントへ急ごう!
今は親父にかけるしかない…!!」
意味を理解した者もそうでない者も、駆け出したロイドについて走り出した。
ロイドの言う通り、今はそれにかけるしかないのだ。僅かな望みを抱いて、皆はヘイムダールの街を出た。
暗がりしか映さなかった瞼に、淡く光が明滅して顔を上げる。
相変わらず真っ暗で何も見えなかったが、目の前にぼんやりとした光の塊が浮かんでいた。手を伸ばしてみるが、距離があるのか触れることは出来ない。
《こんなところで、どうしたの?》
不意に、光の中から懐かしい声が聞こえた。
あまりに久しく聞いていなかったものだから、一瞬誰だか思い出せなかったが。
カーノは呆然としたまま、相手の名を呼んだ。
「…アンナ、さん……」
何も映さないはずの光の中で、相手が微笑むのを見た気がした。
「つまりこの俺に、契約の指輪を作れってんだな?」
レアバートを全速力で飛ばし久方ぶりに自宅へと舞い戻った息子に、長いことその帰りを待ちわびていたダイクは溜め息をついた。
「ノイシュだけ戻ってきた時にゃどんだけ心配したか。」
「良かった…ノイシュ無事だったんだね。」
扉を片手で支えて外を覗いていたジーニアスが、寂しそうに啼くノイシュにほっと胸を撫で下ろす。
「もうあなたしかいないのだ、技術を手にしていたドワーフは今動けない…、
道具ならそろえてある、
…ユアン。」
「ああ。」
木製の机に木や宝石が並べられ、皆が目を見張る。
「こいつは…研磨用のアダマンタイトだな。」
「これは…神木?
オゼットでしか取れないものなのに…」
「火をおこすのはこれでなくてはならないのだ。」
「…いつの間にこんな…」
ロイドが並べられた品々とクラトスを順に見るが、クラトスは黙したままそれには答えない。
「ここまで準備されちゃあな、やらないわけにはいかねぇ!
ま、かわいい息子のために力を合わせるのも悪くはねぇさ、同じ親としてな。」
「…ダイク殿」
「よーしやってやる!
一晩待ちな!」
ダイクの言葉に皆は表情を明るくし、ロイドは満足そうに頷いた。
外はもう暗くなっていて、月の見えない薄暗い空の下で、家から溢れる光だけが周囲を仄かに照らしていた。
《久しぶり、カーノ。》
ふふ、と穏やかに笑う声は、数年前と何も変わっていなくて。
嬉しさや申し訳なさが波のように押し寄せてきて、カーノは何も言えずに居た。
そんな心の中を見透かしたかのように、彼女はその暖かい笑顔のまま言った。
《あの時のことを負い目に感じているの?》
体が強ばる、全くその通りだったというのもあったが、彼女がそんな図星を突くような発言をするとは思わなかったからだ。
喜びに昂っていた心が急速に冷える。
《貴方のせいで、私はあんなことになってしまったんだものね。
貴方が兵を止めてくれていれば、ロイド達ともっと、ずっと一緒に……》
「……違う、」
彼女の言葉を遮って、震える手を拳に変えて睨み付ける。
《…何が違うの?》
「あんたは、アンナさんじゃない。
アンナさんなら…」
《こんなことは言わない?》
また、心中にあった言葉を先に述べられて、何も言えずに押し黙る。
女性はしかしそれがどうしたと言った風にクスクスと笑う。
《そんなの、貴方が“そうあって欲しい”って勝手に決めつけたイメージでしかないじゃない。
貴方に私の何がわかるの?私と貴方はただの他人よ、貴方がいくら私を好きでいても、》
「……やめろ、」
《ふふ、…私が愛してるのは、
クラトスだけよ。》
「やめろ!!!!」
堪えきれずに武器を持たぬ右手を振り払うが、目の前の悪夢は揺らぎもせず愉しそうに笑うばかり。
《それに貴方、今度はクラトスにご執心なんですってね。
ロイドを側に置いたり、クラトスに近寄ったり、それって本当に2人が大事だから、なのかしら?》
「…それが彼女の願いでもあったからだ、彼女の想いを何も知らないお前が、ベラベラと語るな!」
《あら失礼ね、貴方が否定するのは勝手だけれど、私は真実しか語っていないわ。
その証拠にほら、貴方も心の底では思っているんでしょう?》
聞きたくないんだ、自分の中にある恐れをわざわざ聞かされるのが嫌で、無駄だと分かっていても攻撃を止めなかった。
《本当は、私の大事だったものを側に置いて、私を感じていたいだけなんだって。》
違うと叫んだはずの声は、虚空に消えて耳に返ってくることはなかった。
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