宙に点在する足場、その中でも今自分たちのいる足場は広かったが、踏み外せば助かるような高さではない。 覚悟を決めた皆の視線の先にはカーノと、その奥にはまるで眠っているかのようなユグドラシルが、台座の上にある椅子に座っていた。 『はは、こんなところまで来たんだ? よっぽど大事なんだね、この入れ物。』 「ミトス!! 兄貴から離れろ…!!」 『人間のくせにボクに指図するな! クラトスの血を…引くくせに…!!』 薄暗く重苦しい空間が、いきなり外の風景に変わる。どこかの森だろうか、そこにはミトスと、その腕に抱き抱えられた、傷だらけの女性が居た。 『よくも姉さまを!! もう許さない…人間なんて…汚い!!』 『人間…貴様らを生かしてはおけない!!』 『外道が…それほどまでにマナを独占したいか。』 ミトスの前に立ちはだかるように、ユアンとクラトスがこちらを睨む。何が何だかわからずに、ただその威圧感に動けなかった。 「どうなってんだ…ミトス…ユアン、クラトス…!」 「惑わされないで…!!」 コレットの声がすぐ近くで聞こえて、ハッとした時にはさっきまでの光景は消えていた。 「い…今のは…」 「ミトスの記憶だよ…!」 《…どうしてボクの邪魔をする! おまえとボクと何が違うんだ。 ボクだって世界も姉さまも助けたかった、誰にも迫害されない世界が欲しかった…!!》 座っていたユグドラシルが1人でに立ち上がり、その口元が笑みを形作る。 「だからボクは帰るんだ…姉さまと一緒に。」 「輝石が再びユグドラシルと融合した…」 「くそっ!」 「でも、それならカーノさんは…!」 プレセアがカーノの側まで駆け寄る。大丈夫ですかと尋ねるが、反応がない。 「カーノさん…?」 返事もなければ、指1つ動かさない。しかし自立出来ているということは、気を失っている訳でもない筈。 「…ンタなんか…」 「え?」 ようやく聞き取れた声は小さくて、耳を近づけたプレセアの鼓膜に怒声が突き刺さった。 「アンタはリイアじゃない!!」 衝撃は耳だけではなかった。いきなり横に振られた腕が小さな体をはね除ける。吹き飛ばされた体を後ろにいたリーガルが反射的に受け止めた。 「プレセア!!」 「どうしちまったんだよ兄貴!! ミトス!兄貴に何をしたんだ!!」 「悪夢でも見ているんじゃないか? お前たちも見ただろう。」 「…まさか、」 ミトスの言葉の意味を理解出来ていないロイドを置いて、クラトスが頭を抱えてうずくまるカーノの両腕を掴む。 「クラトス!?」 「これは私が何とかする、お前たちはミトスを!!」 一瞬躊躇したロイドだったが、原因がわからない自分にはただ見ているだけしか出来ない。剣を抜いてミトスの方に向き直った。 「頼んだ!!」 「任せておけ。」 「立てるか、プレセア?」 「大丈夫…です、 私も…戦います…!!」 それを見たプレセアもリーガルの手を借りて立ち上がり、2人でロイドに続く。 「何があったか知らないけどさ、しっかりしなよカーノ! 先に戦って待ってるからね!」 「あんまり寝坊してたら、姉さんに叱られるよ!」 「お願いね、クラトス。」 しいな、ジーニアス、リフィルも、カーノの両脇をすり抜けてミトスに挑む。 「カーノさん…」 「心配するな、 …ロイドを頼む。」 「…はい!」 悲しげに眉を下げていたコレットも、一度目を伏せてから一礼して走り出す。その表情にはもう憂いはなく、澄んだ目が今成すべきことを見据えていた。 「カーノ君に何かあったら、ただじゃおかねーからな。」 「ああ。」 「…あんたも怪我なんかすんじゃねーぞ、目ぇ覚ましたカーノ君がまた泣いちまうからな。」 年上にその言い様はどうかと思うが、まあカーノは確かに涙脆くはある気はする。ゼロスは剥き身の短剣をくるくる回してから掴むと、紅い髪を翻して立ち去った。 全員が去ったのを見届けると、クラトスはさっきから手を振りほどこうと暴れているカーノを地面に捩じ伏せた。 恐らく彼を捕らえているのは幻覚だ、紋章を翳してみるが残念なことに効果は無かった。これでも解けないということは、余程精神的なダメージが大きいのだろう。 ならば尚のこと急がなければと思ったが、真っ先にすべきことが浮かばない。幻覚への対処法などあっただろうか?とにかく名前を呼んでみると逆に悪化してしまった。 「違う、俺は、アンナさんのことはもう…!!」 どうやら相当嫌な夢を見ているらしい、懐かしい名前に胸の奥が傷んだ。 「俺はそんな風に2人を見てる訳じゃない!! リイアの事は…っ、俺は…俺は…!!」 リイアというのは確か妹の名だったかと思い出しているうちに、カーノの手が銃に触れ、素早くそれを掴み銃口を自らの額に押し当てた。 「何をするつもりだ!?」 「死ねばいいんだろ! 俺なんて生きてたって迷惑にしかならないんだ…!!」 引き金を引こうとするカーノから銃を奪いあげ、横っ面をひっぱたいた。 その目はこちらを見ているが焦点が定まっていない。 「私に死ぬなと言ったお前が、何故そんな馬鹿な真似をするのだ!! 生きているだけで迷惑などと戯言も大概にしろ!!」 「アンタに何がわかるんだ!! アンナさんを救える可能性があったのは俺だけだったんだ、リイアだって、助けようと思えばきっと助けられたのに…!! アンタだって俺なんかと一緒に居たくない筈だろ!?ロイドだってこんな、血も繋がってないような奴が側に居たって何も……」 「お前と居て不快に思ったことなど一度も無い!!」 爆音や金属のはぜる音が聞こえる。それに紛れてロイド達の声も聞こえた。 カーノは動きを止めて、ようやくしっかりとこちらを見た。 「最初は怪しい奴だとは思った、私はお前を見たこともなかったのに、ロイドの兄だと当たり前のようにそこに居たからだ。 危機感のない奴だとも思ったし、戦い方も素人のそれだ。それで旅について来ると言った時は正直、呆れそうにもなった。 だが共に旅をして、共に戦って、共に過ごして、お前について分かった事はある。」 例えば涙脆いだとか、女性に弱いだとか、意外と鈍感だとか、心境が顔に出やすいだとか、人一倍仲間想いだとか。 明るく振る舞ってばかりで、その裏1人で抱えるには重すぎる悩みを、ずっと隠し持っていたことも。 「…お前に対する気持ちも変わった。私自身も、変わることが出来た。 お前は違うのか?旅をしてきて、何も変わったことはなかったのか?」 「何も……」 青年は肩を揺さぶる男の問いに目を覚ます、 「俺は―……」 その瞳に、光が宿った。
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