《お兄ちゃん》
ロイド達が来る少し前、暗闇に捕われるカーノの前に続いて現れたのはリイアだった。
小さなその体は、何故か生傷だらけで痛々しい。
《ねえ、お兄ちゃん。
どうして助けてくれなかったの?》
これは本人ではないと分かっているのに、記憶の底に沈めた罪悪感が揺さぶられて体が跳ねる。
《私ね、ずっと待ってたんだよ。
お兄ちゃんが助けに来てくれるのずーっと。
なのに何で来てくれなかったの?
なんで1人でどこかに行っちゃったの?
私より女の人が大事だったんでしょ?
だから、逃げたの?》
「っやめろ!!俺はアンナさんのことはもう…!!
アンタなんか…っ、アンタはリイアじゃない!!」
先程と同じように腕を振ると、今度は確かに感触があった。小さな体は吹き飛ばされ、力無く床に横たわる。
「…っあ…、」
《あらあら、酷いわねカーノ、あんなボロボロの子に手をあげるなんて。
あの傷だって、ほとんど貴方のせいなのよ?
昔はあんなに可愛がってたのに、今はもうロイドが居るから必要ないのね。》
「違う!俺はそんな風に2人を見てる訳じゃない!!
リイアのことは…っ、
俺は…俺は…!!」
《痛いよ…助けてよお兄ちゃん…、
なんで私はこんなに苦しいのに、お兄ちゃんは楽しそうなの…?こんなのおかしいよ……》
ゆっくりと地を這いながら近づいてくる妹が、足を掴んだ。
《なんでお兄ちゃんは生きてるの?
私は死んじゃったのに。》
《私も死んでしまったのに。》
《《どうして貴方は生きてるの?》》
2人の声が重なる。もうやめてくれとすがる声も出ない、すがる人も居ない。
不意に手が何か固いものに当たった。それが銃だと気付いて、救いを求めるように銃口を額に宛がった。
そうだ、俺は、罪を償うべきだ。
『何をするつもりだ!?』
「死ねばいいんだろ!
俺なんて生きてたって迷惑にしかならないんだ…!!」
突然どこかから聞こえた声に、反射的に答える。
震えながらも引き金を絞ろうとする手を、何かが掴んだ。
そして右頬に衝撃が走る。
『私に死ぬなと言ったお前が、何故そんな馬鹿な真似をするのだ!!
生きているだけで迷惑などと戯言も大概にしろ!!』
痛い、ああでも、リイアやアンナさんはもっと痛かったのかと、そう思うと心の方が傷んだ。
見上げた先に見えたのはクラトスだった。ぼやけていて表情は見えない。カーノは何も考えられずにただ心のままに叫んだ。
「アンタに何がわかるんだ!!
アンナさんを救える可能性があったのは俺だけだったんだ、リイアだって、助けようと思えばきっと助けられたのに…!!
アンタだって俺なんかと一緒に居たくない筈だろ!?ロイドだってこんな、血も繋がってないような奴が側に居たって何も……」
ずっと不安だった、怖かった。過去と向き合うことも、ロイドと向き合うことも。いつだって自分のしていることが間違いに思えて、でも一度した選択を変えることは出来なくて、どうしようもなくて。
口に出してしまえば、それらを認めてしまう気がして。まるで泥沼に沈んでいくように、深みにはまっていくしかなくて。
聞けなかった問い、でも、これが夢なら。
アンタは何て答えてくれる?
『お前と居て不快に思ったことなど一度も無い!!』
それは予想になかった答え、でも一番、望んでいた答えでもあった。
目の前の人影にかかる靄が晴れていく。
『最初は怪しい奴だとは思った、私はお前を見たこともなかったのに、ロイドの兄だと当たり前のようにそこに居たからだ。
危機感のない奴だとも思ったし、戦い方も素人のそれだ。それで旅について来ると言った時は正直、呆れそうにもなった。』
それはこっちの台詞だ、初めて会った時は今よりずっと無愛想だったし、剣を振るうことに躊躇いのないその姿には恐怖すら覚えた。
見ず知らずの男だと思ったらロイドの父で、アンナさんの夫で、こっちの面目はズタズタだ。
『だが共に旅をして、共に戦って、共に過ごして、お前について分かった事はある。』
それも同じだ、アンタは思ったより優しくて、表情豊かで、でも口下手で。
1人で抱えるには重すぎる悩みを、ずっと隠し持っていたことも。
『…お前に対する気持ちも変わった。私自身も、変わることが出来た。
お前は違うのか?旅をしてきて、何も変わったことはなかったのか?』
「何も……」
何も、変わらなかっただろうか。聞かれたことをもう一度、自分に問うてみる。
そんなことは無かった筈だ、赤面症はほとんど克服したし、ただの“弟の友達”や“弟の先生”は、“大事な仲間”になった。
裏にある世界も知ったし、その世界に住む人の事情も知った。理や歴史や、自分達がやらなければならないことにも気付けた。
射撃の腕も上達した、1人では出来ないことも、仲間がいれば何とかなることを知った。人との繋がりは思ったより深く、強いことも学んだ。
そして何より、もう二度と感じることのない筈だった気持ちを、取り戻すことが出来た。
「俺は―…」
闇が晴れる。聞こえていた2人の声は、いつのまにか消えていた。
《カーノってば、私のことこんな酷いこと言う女だと思ってたの?傷付くなぁ。》
変わりに微かに聞こえたのは、さっきまでと同じだが少し違う、心地よく懐かしい声。
《まぁいいか、許してあげる。
ありがとうね。》
その名を呼ぶ前に声は消え、視界にはクラトスの姿がハッキリと映った。
「…起きたか。」
「…あれ?
俺何して……って、う、わ!?」
いきなり抱きすくめられて、恥ずかしさに体温と脈拍数が急上昇する。もしかすると、恥ずかしさだけが原因では無いのかもしれないが。
「お前は本当に、心配をかけてばかりだな…。
頼むからもう少し保身に努めてくれ、こちらの気が持たない。」
「何の話…っていうか、どういう状況なんだ?ロイド達は?オリジンとの契約は―…」
「いつの話だそれは。
説明している暇はない、私たちも行くぞ。」
腕を引かれて連れて行かれた場所では、成長した姿のミトスとロイド達が攻防を繰り広げていた。
「おっ、真打ち登場かぁ?」
「大遅刻だよカーノ!」
最初に気づいたのはゼロスとしいなで、それに続いて皆が振り替える。
「おかえりなさい!」
「無事に戻れたようね。」
「さすがクラトス!」
「寝ていた分の働きはして貰うぞ。」
「あっカーノ!あとでプレセアに謝ってよね!」
「…痛かったです。」
各々が攻撃の手を休めることなく、自分を迎え入れる。特別なことではないのに、何故だかそれが無性に嬉しかった。
「…その涙腺も何とかならないのか?」
「へ? …あ、」
知らず知らずのうちに溢れていた涙が、頬を伝い落ちる。慌てて拭って、何やら迷惑をかけたらしい皆に報いる為にも、今度はちゃんと戦う為に武器を手にとった。
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