02.前世に縁りて集う

静かになった基地内に、荷車の音と数人分の足音だけが響くようになって暫く。

「――ぅわっ!?」

似たような部屋を幾度も通り過ぎ、行けども行けども一向に出口の見当たらない通路にイリアが愚痴を零し始めた頃、不意に先頭を走っていたヴィスが声を上げて立ち止まった。

急ブレーキをかけたせいで荷台に乗っていたアンジュは転倒し、後ろを走っていたルカ達も連なってぶつかる。

「痛っ!? ──ちょっと、何で急に止まったのよ!? 危ないじゃないの!」

「あぁ、ごめんごめん。でも今のは俺のせいじゃないよ、この人が急に飛び出して来たから……」

「……俺からすれば、急に飛び出してきたのはお前達の方だったがな」

呆れたようなその声を聞いて漸く、イリア達はヴィスの前に黒衣の男が立っている事に気付いた。

それが西の戦場で一戦を交えた狙撃手である事を理解するなり、スパーダとイリアは即座に武器を構える。

「ガラム軍の敵襲ってヒュプノスくんの事だったんだねぇ」

「今はリカルドだ。全く、いつから戦場はガキの遊園地になったのやら……まあいい。俺はアンジュ・セレーナという女を探している。知らんか?」

「はぁ? なんであんたにそんな事教えなきゃ──」

「はい、私がアンジュです」

荷台の床にぶつけたおでこを擦っていたアンジュは、皆を巻き込みたくないからか、イリアの言葉を遮って名乗り出る。

「俺の名はリカルド・ソルダート。君の身柄と安全を確保するよう依頼を受けた。付いて来て貰おう」

「生憎、連れがおります。ご一緒しても宜しいかしら?」

「悪いが、エスコート出来るのは君だけだ。他の面倒は見られない」

「あら、残念ですね。でしたらお断りします」

「だとよ! 消えな、おっさん!」

「……ガキ共に一つ教えてやろう。いい大人は、出来ない仕事を引き受けたりはしないもんだ。そして、ガキの我儘を厳しく躾けるのも、大人の仕事だ」

「どうあっても連れていくつもりかよ……だったら、オレ達が相手だ!」

「フン、力尽くが望みか? あまり俺の趣味では無いが……たまには趣向を変えるのもいいだろう」

そう言って、双方が臨戦態勢を取るのを見ていたヴィスは、間に挟まれたまま不思議そうに首を傾げる。

「え、なんで戦うの? 一緒に行けばいいだけの話じゃないの? アンジュちゃんの身の安全を任されてるって事は、少なくとも依頼主はこっちに敵意がある訳じゃないと思うんだけど……」

「そんなのわかんないでしょ!? 大体、傭兵なんか使ってこんな強引に連れて行こうなんて、その時点でもう怪しいじゃない!」

「イリアちゃんはああ言ってるけど、実際どうなの?」

「答えられんな。こちらにも守秘義務がある」

「ええ〜?」

「……待って。では、こうしましょう」

一触即発の空気の中、アンジュは一人リカルドの方へと歩いて行く。
大人しくついてくる気になったのかとリカルドはその決断を褒めたが、アンジュは首を振って、見るからに高価そうな白金の首飾りをリカルドに差し出す。

「これは……」

「差し上げます。これでそちらの契約は破棄、という事で如何でしょう?」

「……素晴らしい逸品だな。確かにこれなら、違約金を払っても十分な釣りが出る」

「では、そのお釣りで私と新たな契約を。私と私の友人達の護衛をお願いします。足りなければ手付けとさせて下さい」

「俺を雇おうというのか……? まぁ、金さえ貰えれば、俺に文句は無いが……」

「はぁ? マジかよ? そいつ連れて行くつもりか!?」

「俺さんせ〜! ここで戦うより、その方がずっといいよ」

「……キミ、ボクの時はあんなに嫌がってたのに、随分対応が違うよね」

「そりゃあ、リカルドくんは何処の誰とも知れない君とは全然違うからね。当然だよね」

笑顔を保ったまま小声でそんな応酬をするコンウェイとヴィスの隣で、アンジュは「皆も構わないよね?」とルカ達にも問う。

「あー……ホントに信用出来んのか?」

「自称仕事熱心≠セからねぇ。両方からお金貰う魂胆じゃなきゃいいけど……」

「でも、前は契約に入ってないからって、僕らを見逃してくれたよ?」

「ボクは皆が良ければ異論は無いよ」

「……じゃあ、まぁいいかあ!」

「採用決定だな。では、何処へ向かう?」

「とりあえずナーオスに戻らねぇ? またハルトマンの家に厄介になろうぜ」

スパーダの提言に是と返しつつ、何にせよ先に出口を見つけなければと、ヴィスは軽くなった荷車を再び引き始めた。

「あれ、アンジュちゃん乗らないの?」

「もう走る必要は無さそうですし、ここからは自分で歩きます。さっきみたいな事故が起きると危ないですから……」

「……最初に見た時から疑問だったんだが、そんなものを何処から持って来た?」

「これは俺が出したんだよ〜、要らないなら消しておこっか」

ヴィスが指を鳴らすと、役目を終えた荷車は跡形もなく消えた。
それを目の当たりにしたリカルドはぎょっとする。

「な……っ、今何をした!?」

「へぇ、出すだけじゃなくて消すことも出来るんだね」

「ホント便利よね〜。あ、じゃあさ、そのへんの壁とか消したり出来ないの? それが出来るなら、わざわざ出口探す必要も無いし」

「流石にそこまで万能じゃないんだ〜、ごめんね」

「おい、先に俺の質問に答えろ! 今のは何だ!?」

「今のはヴィスさんの天術だよ」

狼狽えるリカルドに、すっかり見慣れてしまっているルカがその詳細を説明する。

いくら天術が奇跡の力と呼ばれているからといって、流石に今のは常軌を逸してはいないかとリカルドは思ったが、確かに他に説明がつくようなものでもない。

「……恐ろしい術があったもんだ。術者がアレで助かったが」

「そうかな? 便利だとは思うけど、恐ろしいとは僕は感じないけど……」

「いつでも何処でも望むものが無制限に手に入る能力だぞ? 以前俺が戦場で王都軍の食糧庫を焼いたのは何故だったと思う? どれだけ手強い相手でも、補給さえ断てば退かせる事が出来るからだ。だがあいつが一人居るだけで、その戦術は使えなくなる。他にも幾らでも使い道はあるだろう」

「……確かに、そう考えると脅威なのかも。でも、ヴィスさんは戦うことが嫌いみたいだから、強制でもされない限りは、戦場で使うようなことはないんじゃないかな」

「そう願おう。ところで、天術が使えるという事は、あいつも転生者か」

「そうみたい。でも、現世でも前世でも記憶喪失だから、詳しい事はまだ思い出せてないんだって」

「記憶喪失だと? ……とてもそうは見えんが」

「確かに、自分が誰なのかも分からない状況で、あれだけ明るく振舞えるのって凄いよね。僕達に気を遣ってくれてるだけかもしれないけど……」

全くそれを疑っていない様子のルカに、リカルドはそれ以上の追求をやめた。
そして、和やかに喋っているアンジュとヴィスの間に、それとなく割り込む。

「出口なら俺が知っている、付いて来い」

「あ、そうなんだ? じゃあ道案内宜しくね〜」

ヘラヘラと笑いながら答えるヴィスのその笑顔は、果たして本物か偽物か。
見極めることの出来ないリカルドは、なるべくアンジュに近寄らせないようにと気を回し続けた。
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