02.前世に縁りて集う

「へぇ……そんな理由で逃げてんのん? えらい大変やったなあ」

ほとぼりが冷めるまで待つついでに、ルカ達から事のあらましを聞いた少女は、しみじみと言った。

そして、自分の身の上についての話を、ヴィスをここに連れてきた理由と共に語る。

「大体は分かったけど……じゃあ、普段食事はどうしてるのよ?」

「そらよう言われへんわぁ。あんた怒りよるやろ? ウチ、怒鳴る人苦手やねん」

「……人には言えないような事をしてるのね?」

「そんなん分かってんねん。でも、生きてく為にはしゃーないやろ? ウチらみたいな子供は、まともな方法ではお金稼げへんもん」

「だからって、こんな暮らしはないでしょ? 病気になっちゃう! 病院に行くお金だって無いだろうに……」

「ねーちゃん、それキッツいわ〜。ウチらかて、好きでこんなとこ居るんやないねんで? ここで隠れて暮らすんが一番マシなんや。そんな風に言わんといて。ウチ、悲しい……」

「……ごめん」

少女の過酷な境遇に皆が言葉を失い、重苦しい沈黙が流れる。
それを破ったのは、遅れて到着したスパーダ達だった。

「──うぉっ!? 何だ!? オレの隠れ家が豪華になってる!」

「お疲れ〜スパーダくん、リカちゃんも」

「だから、その呼び方はやめろ」

「なんや、あんたさんやったんか、ここに住処作ってくれたん。有難く使わせてもろてるで」

「ああん? 誰だよ、このちびっこいのは」

「誰がちびっこいねん。そう言うあんたは薄らデカいな。──ウチはエルマーナっちゅうねん。このルカっちゅう人に話は聞いたで。なあ、あんたら、ウチと取引せぇへん?」

「取引だと……? ガキの癖に、一端の口を利くものだな」

「あんなぁ、ウチら情報収集はお手のもんやねん。あんたらが必要な情報、拾といてあげるわ。その代わり、鍾乳洞の奥に金目のモンがあるっちゅう話やさかい、それ取ってきて貰われへん?」

「金目の物って……宝石とか?」

「宝石な! ええなぁ、女の子の憧れやねぇ。でも、そんなんちゃうねん。綺麗な地下水と湿気で生える、長寿の霊薬と言われとるキノコが生えとんねん。ほんでな、それがめっちゃ高ぅ売れよんねん。それあったら、ウチらもうちょっとマシな生活出来ると思うねん。ほら、悪いことせんでも済む生活」

「悪いことをしなくても済む……」

「どうする? こんなガキが集める情報など、まるでアテにはならないと思うが」

リカルドのその主張に、アンジュはそれでもと引き受けて、ルカ達もそれに倣う。

件の鍾乳洞は今居る場所とそのまま繋がっているらしく、案内役のエルマーナに皆が付いて行った。
同じ閉鎖空間であっても、下水道とは空気が全く違う。

「ほらほら見たって。結構キレイやろ?」

「へえ、あの下水道の奥にこんな場所があったなんてな。全然気付かなかったぜ」

「せっかくなら、下水道じゃなくてここに住めばいいのに」

「あかんあかん。ここら水が冷たいさかい、寒すぎんねん。下水道は工場が近いさかい、まだ暖かい。こんなとこで一晩寝よったら、一発で風邪引いてまうわ」

「あー、それで毛布が要るんだね〜」

「そうそう。まぁ足りてへんのは毛布だけとちゃうけど。せやから、この依頼引き受けて貰われへんかったら、どうにかしてにーちゃん置いてって貰おうと思てたんやけど、キノコさえゲット出来れば何とかなるやろ」

「へぇ? じゃあキノコが見つからなければ──」

「大丈夫大丈夫、絶対見つけるよ〜」

隙あらば相手を排除しようとするコンウェイとヴィスを連れて、一行は鍾乳洞の奥へと進んでいく。
道中で祭壇のようなものが目に留まって、興味をそそられた皆はそちらに足を向けた。

「刻まれている文字は、随分古い形式のものみたい」

「文字が古いってどういう意味だよ? あんなのに新しいとか古いとかあんのか?」

「天から下ろされた地上人も、暫くは天上界で使っていた文字をそのまま使っていたの。でも時が経つにつれ、少しずつ形や読み方が変化して、今の文字になったのよ。ここに刻まれている文字は、天上界で使われていたとされる文字にかなり近いものね」

「……不思議だな。見慣れぬ文字だというのに、粗方意味が分かる。我らは罪を悔い改め、反省を終えた。だから天に戻してくれ……≠ニいった内容の祈りの言葉の様だな」

──地上に落とされた者達は、こんなものを作っていたのか。

ヴィスは今リカルドが読み上げたその祭壇の文字を指でなぞった。
この言葉は、かつて彼らを地上へと追いやった者達には届いていたのだろうか。

「この様な祈りの言葉は、教団が現在のように組織化される以前の、原始的な宗教の中に見られます。この大きさから見て、かなりの規模の信仰を集めていたようね」

「でも、今はもう完全に忘れ去られてるみたい……どうしてかな?」

「ふふ、その間の宗教的歴史を語るには、教団史書を五冊分は講義しないとね。イリア、貴女興味ある?」

「…………。ほら、誰か! アンジュの講義受けたい人!」

「いや、僕もちょっと、流石に本五冊分は……」

「そうよね……私の話なんて、つまらないものね……」

「俺は興味あるよ? アンジュちゃんが喋るのしんどくないなら、聞かせて欲しいんだけど」

「え、本当!?」

ヴィスの申し出に、気落ちしていたアンジュはパッと目を輝かせた。
ルカ達は名乗りを上げたヴィスを意外そうに見る。

「自ら進んで生贄になりに行ったわよ、あいつ。物好きね〜」

「こういう小難しい話苦手そうなツラしてんのにな。単にアンジュを気遣っただけか?」

「あのにーちゃんホンマええ人やなぁ。便利な魔法も使えるし、神様みたいやわぁ」

「まあ、転生者って前世は皆神様な訳だし、あながち間違って無いのかもしれないけど……」

などと話しながら、ルカ達は祭壇を後にしてキノコ探しを再開した。
その道すがらアンジュは本当にヴィスに講義を始め、遠慮していたルカも結局はその輪に混じり、三人で盛り上がる。

一方、巻き込まれまいと少し離れて歩いていたイリア達は、地面に渦を巻く不思議な光を見つける。

「なんやこれ?」

「わぁ、キレイじゃん!」

「触って大丈夫か?」

「へーきへーき! ほら、別に危険は無い──」

イリアのその言葉を、最後まで聞いた者は居なかった。

その場に居た全員の視界に突然、かつての天上界の光景が映る。
まるでその場に居るかのように、声までもが聞こえてくる。

最初に見えたのは戦場。
逃げ惑うラティオの兵士達は口々に撤退だと叫び、頂に立つアスラが降伏を促している。

センサスとラティオの全面戦争、その最後の瞬間だ。
場面は切り替わり、勝利を収めたアスラが、仲間達と天空城で語り合っているのが見える。

「これで戦も終わりか……寂しくも思うが、これもまた世の定め」

アスラの手に在るデュランダルが、感慨深げに呟いた。
アスラの傍らに立つ女性──チトセの前世である花の女神サクヤが祝いの言葉を送ろうとしたが、それはイナンナによって遮られる。

「アスラ様、ついに天上界の統一を……」

「イナンナ、これでお前に、この世界がかつての美しさを取り戻す様を見せてやれる」

「ほほほ、嬉しきことよなぁ、アスラ。わしのような年寄りの思い出話から、この偉業を成し遂げようとは」

チトセと同じくアスラの傍に居た、彼の育ての親である巨龍ヴリトラが、地面に伏していたその頭を擡げて言う。

「いいえ母上。我が使命は未だ成らず。母上がかつて生きたあの世界は……おお、オリフィエル殿! 此度の戦、貴殿の采配、見事と言う他、言葉が見つかりませぬぞ」

そうアスラから賛辞を受け取ったオリフィエルは、しかしそれを喜ぶことはせず、切羽詰まった様子で懇願する。

「一刻も早く、ヒンメルの救出を願いたい。あの子は私を待っている。あの子を救い出す事が出来なければ、私がラティオを裏切り、センサスに与した意味が無い」

「おお、約束しようオリフィエル殿! 最早ラティオの元老院など、我らの前には正しく無力! 貴殿の愛弟子、ヒンメル殿。我がセンサスの全軍を以て、お救い致しましょうぞ!」

「アスラ殿……心より感謝致します」

「感謝など無用。我の望む完全なる世界を創造する為に、ラティオの元老院は抹殺せねばならんのだ。そして、我は天上界を完全に統一し、手に入れねばならん。ケルベロスの承認を得て──」

アスラはデュランダルを高く掲げた。
その刀身が、すぐ近くにある陽の光を受けて輝く。

その輝きは、彼の求めるものに似ていた。

「創世力をな……!」
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