02.前世に縁りて集う

かつての世界が遠ざかり、皆の意識が現実へと戻される。

今の光景は知っている。全てを鮮明に覚えている。
だが、どうしてそれが此処に、こんな形で存在している?

あまりの衝撃に、ヴィスは眩暈を覚えた。
他の面々も、未だ夢見心地で呆けている。

「今の光景は……」

「え〜っと……皆、今のが見えてたわけ? リカルド、あんたも?」

「ああ、俺にも見えた。不思議なものだ。ヒュプノスはあの場に居なかったのにな。あの光の渦は何なのだ?」

「あれは、天上界の記憶を留める装置……記憶の場と呼ばれるもの」

「記憶の場? アンジュ、どうしてそんなこと知ってるのよ?」

「同じものが、ナーオス大聖堂の地下にあったの。私が前世の記憶を思い出したのは、それに触れたのがきっかけだったから……」

「へぇ〜。ほな、さっきみたいのんが、他にもぎょーさんあんのん?」

「成程な。他にも同じものがあれば、それを巡って回れば……って、ちょっと待て待て! お前、何オレ達の会話に加わってんだよ!」

「エルマーナ、もしかして今の記憶、君にも見えたの?」

「見えたで?」

「どうして!?」

「どうしてって……そらウチ、ヴリトラやってんもん」

サラリと言ってのけたエルマーナに、皆が驚愕し騒然となる。
今目の前に居る少女と、記憶に在る荘厳な出で立ちの龍は、どう見ても一致しない。

が、それを指摘されたエルマーナは、証拠だと言わんばかりに気迫たっぷりの正拳突きを披露してみせた。

スパーダの眼前で拳を止めたエルマーナは、恐怖に慄く皆のリアクションを見てケラケラと笑う。

「ひっかかった、ひっかかった! 冗談やがな、冗談! ウチは前世ヴリトラやっちゅうだけで、別に龍とはちゃうっちゅーねん! あんたらアホか! あはははは!」

「てめぇ、脅かすんじゃねーよ! 寿命縮むだろうが!」

「ウチの体が小さいからっちゅうて、ナメとったらあかんで、にーちゃん。──ほんで、自分は誰やのん? アスラ?」

「アスラは僕だよ」

「あんたかいなぁ! なんやアスラと違ぉて、ほっそい体しとんなぁ。これからたっぷり食べな? ウチがたらふく食わせたるさかい」

「ちょっとちょっと! ホントにあんた龍だったの?」

「そうそう。でっかい体で空飛んで、ラティオの連中蹴散らすんは気持ちよかったなぁ! 自分はあれか? アスラの傍にくっついとるっちゅう事は、サクヤか?」

「ちっがうわよ! なんか間違われるのムカつくんだけど!」

「なんやイナンナの方かぁ。仲悪いんは相変わらずやねんな。──まぁともかく、昔から見とった夢にはちゃんと意味があったんやねぇ。ちょいちょい見ててんけど、最後はいっつも寂しなんねん」

「寂しい? どうして?」

「天上界言うんやったかいなぁ。あの世界、滅んでまうねんけど、ウチ一人だけ取り残されんねん。み〜んな死んでしもて、ウチだけたった一人……ずーっと、ず〜っと、独りやってん……」

そうして、廃墟となった天空城の瓦礫の中で、傷だらけの体が朽ちるまで、彼女はずっとアスラの名を呼んでいた。

それを知っているヴィスは、見ていることしか出来なかった当時を思い返して唇を噛む。

「ま、目ぇ覚めてもウチが一人なんはあんま変われへんねんけどな」

「ずっと寂しかったのね……おいで、抱っこしてあげる」

「ええって、ええって! ウチ今嬉しいねんで? なんか友達出来たっぽいし……でも、また寂しなったら、抱っこしたってな?」

と、心温まる会話の中で、ずっと他所を向いていたリカルドが言い難そうに告げる。

「それで……ここに来た目的のキノコを、コーダが見つけて食ってるんだが……」

──聞いた瞬間、エルマーナが光の速度でコーダを捉え、その体を蹴り飛ばした。

涎に塗れ、齧られて欠けてしまったキノコを、その口から奪い取る。

「人の話聞いてへんかったんか!? めっちゃ高いキノコや言うとるやろ!」

努力が水の泡になったのかと皆は危ぶんだが、リカルドのお陰で被害は少なく済んだようで、エルマーナは残っていた分を大切に懐に仕舞った。

「ちゅーか、もしかしてこれもにーちゃんの魔法使たら増やせるんとちゃう──って、自分めっちゃ顔色悪いで? どないしたん?」

「ヴィスさん? 具合が悪いんですか?」

「……ううん、大丈夫大丈夫、平気」

「そういや、にーちゃんは前世誰やったん?」

「そいつ、覚えてねーんだと。さっきの記憶にも、それっぽい奴は出てこなかったな」

「そうね。やっぱりただの兵士とか民間人だったんじゃない?」

「ふーん? でも、ウチなーんか知ってるような気ぃするわぁ。ハッキリとは思い出せへんけど、懐かしい感じするもん」

「私も……ただ、他の方と違って、どんなお顔でどんなお声の人だったのかは、全然浮かんでこなくて……」

「ああ、その感覚は分かるわ。あたしもヴィスに関してはそんな感じ」

「オレもだな」

「僕も……」

「全員と面識があるのか? 俺はそいつには全く何も感じないが……」

「う〜ん。ま、今はええか。とりあえず目的は果たした訳やし、さっさと帰ろ。他の子らも帰って来とる頃や、皆に会わしたるわ」

そうして帰路に着く皆の後ろをとぼとぼと付いて行くヴィスを、リカルドは今一度凝視してみる。
だが、皆の言うような既視感はやはり感じられなかった。

「お前自身は先程の記憶を見て、何か思い出した事は無かったのか?」

「ん……? ああ……えっとね、記憶喪失って言っても、忘れてるのは自分のことだけだから、他のことは結構覚えてるんだ。だから、ああいうの見たからって特に何ともないよ。そもそもさっきのは……」

「……? 何だ」

「……んーん、なんでもない。それより、こないだ聞きそびれたんだけどさ、ナーオス基地で会ったあの人って、ヒュプノスくんのお兄さんじゃなかった?」

「────っ!?」

リカルドは驚き目を剥いた。
世間話程度の感覚だったヴィスも、相手の予想外の反応に驚く。

「……貴様、どうしてそれを知っている?」

「どうしてって、ヒュプノスくんとタナトスくんの事なら大体皆知ってると思うけど……? 優秀な死神兄弟だって、ラティオでは有名だったよね?」

「確かにその名ぐらいは知っていてもおかしくは無いが……ナーオス基地で奴はガードルと名乗っていただろう。ルカ達でさえまだ気付いていないのに、どうしてお前はあれがタナトスだと分かったんだ?」

「だって、あの人はそのまんまなんだもん。リカちゃんもルカくん達も、転生した人は言われないと見分けつかないけど、タナトスくんは転生者じゃないでしょ、あれ。よくよく考えたら、タナトスくんは崩壊の前に地上に下りてたもんねぇ。あれからずっと地上で生きてたんだね〜」

「…………」

「ヒュプノスくんは凄いお兄ちゃんっ子だったから、リカちゃんもガードルくんと色々話したいことあるんじゃないかなって思ったんだけど、何にも言わなくて良かったの?」

リカルドは疑問が脳内で犇めき合うのを感じて額を押さえた。
大量のなぜ、どうして、という感情を整理して、一つずつ言葉にする。

「お前はヒュプノスと面識があるのか? 俺が思い出せていないだけなのか?」

「ううん、ヒュプノスくんと直接会ったことは無いよ〜」

「ならば何故ヒュプノスの事情にそこまで詳しいんだ」

「詳しいって言うほどかなぁ? ヒュプノスくんがアスラくんと戦うことになったのって、タナトスくんが死神のお役目放棄したのが原因だったでしょ? それなのにタナトスくんを責めたり恨んだりしてなかったから、お兄ちゃんのこと大好きなんだなあ〜って思っただけだよ」

「だから、その責めたり恨んだりしていなかった≠ニいった情報はどこで得たんだ?」

「どこで得たって言うか、見てたから」

「見……っ、ストーカーか!?」

「え!? これってストーカーなの!?」

「俺に聞くな! 一体何が目的でそんな監視を……センサスのスパイだったのか?」

「いや別にそういうんじゃないよ。俺が興味あったから見てただけ。見たことを誰かに喋ったりもしてないし」

「いっそスパイであってくれた方がマシだが……いや待て。何故違うと断言出来る? 自分自身のことは覚えていないんじゃなかったのか?」

「……あっ」

しまった、という顔で両手で口を塞いだヴィスに、元より記憶喪失というのは嘘ではないかと疑っていたリカルドは、その読みが当たっていたことを確信。

「何故記憶喪失のフリなどしている? 何か知られると不味いような事でもあるのか」

「待ってリカちゃん、この話はまた今度にしよ? 今はほら、他にもっと大事なことがあるし」

「俺の今の最優先事項はお前の正体を暴くことだ。前にも言ったが、俺は雇い主の傍に正体のよく分からん人物を置きたくはない。前世が悪趣味なストーカーなら尚更だ」

「反論しにくいけど、俺は誓ってアンジュちゃんに何かしたりはしないよ? リカちゃんにもルカくん達にもそう」

「その言葉を信用して欲しければ、先に隠している事を全て話せ」

「んん〜、でもリカちゃんだって、他人に言えないことの一つや二つあるでしょ? 俺にとってはそれが自分のことなんだよ。だから見逃して欲しいなぁ〜」

「ならせめて話せない理由を教えろ」

「俺が嫌だからっていうのが半分、そうした方が皆の為になるだろうからっていうのが半分だよ」

「皆の為になる、だと? お前が正体を隠す事が、どう皆の為になるんだ。そもそも、皆というのは誰の事を指す?」

「質問多いね〜。皆は皆、だよ。どうって言うのは、その時が来たら分かって貰えると思う。だから、今はこれでおしまい。ね?」

納得のいかないリカルドは尚も追求を続けようとしたが、アンジュの悲鳴が聞こえてきたことで、強制的に会話は打ち切られてしまった。
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