02.前世に縁りて集う
「アンジュ、どうした!? 敵襲か!?」「ああ……リカルドさん……」
血の気の引いた顔でリカルドの後ろに隠れたアンジュが震えながら指し示した先に居たのは、二匹の犬を従えた少年だった。
一体どんな凶悪な敵が、と身構えていたリカルドは、それを見て拍子抜けする。
「この気はヴリトラだね。あの龍神の気は忘れもしない……人に転生してもこれほどとはね」
「んん? 自分いったい……」
「ボクだよ。分からないのかい?」
エルマーナは自分と同年代に見える褐色肌の少年の姿をまじまじと観察して、う〜んと唸る。
「……創世力の番人、ケルベロス。あんたかいな」
「え、ケルベロス?」
何故か嬉しそうに繰り返したヴィスを見て、少年は怪訝な顔をしつつも答える。
「今はシアンって名前さ。ヴリトラ……創世力はどこだ?」
「ええ〜? なんでウチに聞くねんな。どう考えても自分の方が詳しいやん」
「天上界崩壊の後も生き残ったお前なら、創世力が地上のどこに落ちたか知ってる筈だ! ボクに教えろ!」
「おいガキ……貴様、何故創世力の在り処など知りたい? 返答次第では痛い目に遭って貰うぞ」
元より見た目の圧が強いリカルドに凄まれて、シアンはたじろいだ。
未だ犬に怯えているアンジュが、子供を脅すのは良くないと窘める。
「ビ……ビビらそうったって、そうはいかないんだからな! 創世力を使って、理想郷を築く為だ!」
「お前、口が軽いんじゃねぇか? んじゃあ、お前の上に居るのは……」
「マティウスの奴ね!」
「マティウス様をヤツなんて呼ぶな! 救世主となる素晴らしいお方だぞ! 理想郷の導き手になる人なんだからな!」
「理想郷か……随分浅薄なお題目だな。教わった事をただ闇雲に暗唱するだけでは、身の肥やしにならんぞ?」
「せんぱ……く? おだ……いも? ──意味はよく分かんないけど、ボクをバカにしてるんだな! 思い出せないんなら、思い出すまでヴリトラはボクらが預かる! 来いよ、ヴリトラ!」
「なんでウチがあんたなんかと行かなあかんねんな。ウチはアスラと一緒がええ」
「ボクと一緒に来ないなら……無理矢理にでも連れていくだけさ! ケル、ベロ、かかれ!」
シアンの指示を受けた二匹の犬が吠えて、一目散に駆け出す。
その先にいたアンジュは何故こちらに向かってくるのかと慌てふためいたが、ケルとベロは彼女の横を素通りして、その後ろにいたヴィスに飛びかかる。
「わぁっ!?」
「ヴィスさん!」
「クソっ、今助け──」
と、剣を抜いたスパーダは、しかしその姿勢のまま固まってしまった。
ヴィスを捕らえたケルとベロは、盛大に尻尾を振りながら、ヴィスの顔を舐め回している。
「あははっ、くすぐったい、くすぐったいよ〜」
「……えぇ?」
「な……な、何やってるんだよ!? ケル、ベロ! そいつらをやっつけろ!」
「……所詮はガキか。犬の躾も満足に出来ていないとはな」
「マティウスの刺客だって言うから警戒したのに……バッカみたい。やってらんないわ」
「ち、違う! こんな筈じゃ……ケル! ベロ! どうしたんだよ!? 言うこと聞けってばぁ!!」
狼狽えるシアンが必死に叫んでも、二匹の犬はひたすらヴィスにじゃれつくばかり。
戦う気を削がれた一行は武器を下ろし、不憫な少年を生暖かい目で見つめる。
「あー、なんか、残念だったな? まぁアレだ、今回のは見なかったことにしといてやるからよ。お前もう帰ったらどうだ?」
「ふ──ふざけるなっ! もう怒ったぞ! ボク一人でだってやってやる!!」
「やめときぃやぁ。この人数相手に、自分一人だけでどないするっちゅーねん。怪我するだけやで?」
「うるさいうるさいっ! やるったらやるんだ!」
そうして、シアンは勇猛果敢に一人でルカ達に挑んだが、やはり多勢に無勢なこの状況ではどうにもならず、結局殆ど一方的に殴られただけだった。
挙句の果てにはアンジュに名前まで間違えられて、泣きながら帰っていく。
「な、何だか可哀想だね……」
「あれ、シアンくんは?」
「もう帰ったぞ。その犬はどうするつもりだ?」
人の言葉を理解しているのか、それを聞いたケルとベロは漸く我に返り、主人を追いかけて行った。
解放されたヴィスは、涎でベトベトになった顔を近くの湧き水で洗う。
「は〜吃驚した。で、何だったの?」
「知らん。分かったのは、お前が異様にあの犬に懐かれているという事だけだな」
「キミから同族の臭いでもしたんじゃないの?」
「え、うそ、本当にそんな臭いする? しないよね?」
「それにしても、マティウスのやつ強引ねぇ! あんな子供まで使うなんて許せない!」
「とにかく、創世力が大した価値のあるものだと言うことは、良く理解出来た」
「でも、皆が世界の破滅を望んでいるとは思えないんだけど……ねえルカくん、アスラさんは何故、創世力を必要としていたの?」
「思い出せないよ……でも、アスラは天上界を統一したんだよ? その世界を崩壊させる筈が無いと思うんだ」
「さっきのガキは、創世力を使って理想郷を……と言っていたな。そんなことが可能なのか?」
「さぁな。頭の悪い犬小僧の言うことだろ? アテになんねーだろ」
「もうそんなんどーでもええやん。キノコをお金に換えなあかんし、はよ戻らへん? ウチお腹空いた。ヴィスにーちゃん、具合良ぅなったんやったら、またホットドッグ出してくれへん?」
「コーダも食べるんだな、しかし」
先の記憶の場とやらを見たことで、創世力に関する記憶も戻ったかと思ったが、どうやらそうでも無いらしい。
未だ創世力を「世界を崩壊させるだけの力」だと誤認している皆に苦笑しながら、ヴィスはエルマーナ達にホットドッグを振舞うのだった。