03.贖罪の光
エルマーナを新たな旅の仲間に加えた一行は、創世力の在り処を知る鍵と成り得る前世の記憶、それを知ることの出来る記憶の場を探すことになった。とは言え、この広い世界の全てを当ても無く探し回る訳にも行かず。
ある程度候補を絞る為に情報を集めようと、アンジュの提案でナーオス大聖堂の地下に隠されている図書室を訪れていた。
「わ〜凄い、沢山本があるね〜」
「うっわ〜、カビ臭ッ!」
「ホントに本ばっかだな。なんか落ち着かねーぜ」
「こぉら、ぜひ隠れんぼしたなるなぁ」
「はいはい、お喋りはそこまで。それじゃあ、手分けして調べましょう」
図書室内を四つのエリアに区切って、それぞれアンジュに割り振られた場所の本を重点的に調べることになり、皆が散らばる。
ヴィスはコンウェイの見張りも兼ねて彼とのペアを所望したのだが、本を漁り、読み進めているうちに、その作業に没頭してしまっていた。
後にアンジュから集合の声がかかって、初めてそれを自覚する。
「ヴィスさんは随分熱心に調べてくれていましたけれど、目星い情報はありましたか?」
「えーっと、その、ごめん。目的を忘れちゃってたや……」
「え? ではその本の山は……?」
「記憶の場とは全然関係が無いものばっかりなんだ。選別するつもりが面白い本が多くて、つい読み込んじゃって……」
「何してんのんにーちゃん、遊びに来たんとちゃうんやで?」
「寝こけてたお前がそれを言うのかよ……」
記憶の場についての情報はルカとアンジュが集めてくれていたようで、今後の目的地は東のアシハラ、西のガラム、南のガルポス、北のテノスに決まった。
エルマーナと同じく爆睡していたらしいリカルドは、その詫びも兼ねてか船の手配を買って出る。
スパーダはそれを待つ間にハルトマンに挨拶をしに行くと言い、他の面々もついて行く事に。
「ねぇねぇアンジュちゃん、ここの本って持って行っちゃダメかな?」
「う〜ん、ここにあるのは殆どが禁書のようなものですから……流石に許可なく持ち出すのはちょっと」
「そっかぁ……」
「あんた、そんなにあの小難しい本を気に入ったの? あたしにはサッパリだわ」
「知らないことが色々書いてあって、どれも面白かったよ〜。時間があればもうちょっと読みたかったなぁ」
「なら、ヴィスさんは船の手配が終わるまでここに居たらどうかな? また後で呼びに来るよ」
「えっ、いいの?」
「まぁ、こっちはハルトマンのとこにちょっと顔出すだけだしな。いいんじゃねーの?」
「じゃあお言葉に甘えて〜」
イリアと同じく書物に興味をそそられないスパーダは、全く理解できないといった顔でルカ達と出て行った。
一人残されたヴィスは、目に付いた本を片っ端から抜き取って机に広げる。
知りたいのは主に地上の歴史について。
(どうして今の世代の地上人が天上界の事なんて知ってるのかと思ったけど……成程、こうやって天上界の事を後世に遺して来たんだなぁ)
人間、つまり地上に生きる人々は、長命であった天上の神々とは違う。
遠い昔に創世力によって地上に落とされた者達はもう生き残っては居ないだろう。今を生きているのはその子孫達だ。
故に実際に天上界を見た事のある者など、殆ど残ってはいない筈。
それでも今尚、天上界の存在が常識として知られているのは、語り継いできた人々の努力の賜物なのだろう。
(この前の祭壇にしてもそうだけど……地上人がこんなに天上に焦がれてたなんて知らなかったな)
彼らは、創世力を使い自分達を追いやった天上人を恨んでいるのだろうと思っていた。
けれど実際は、己の罪を悔い改め、許しを得る為に必死に祈りを捧げていた。
もしも創世力が天上人ではなく地上人の手に渡っていたのなら、こんな風にならずに、もっと良い結果になっていたのだろうか?
(グリゴリの民は普通の地上人とはまた違うみたいだけど……ガードルくんの子孫かな? それで転生者を嫌ってるんだなぁ……)
ガードル──タナトスにとっての天上人とは、独断で一部の天上人を地上へ落とした上、その地上人の魂を天上界維持の糧とし、さらには天上界の崩壊を招いたことで地上に無恵を齎した、極悪非道の集団でしか無いのだろう。
天上人が滅びた今、その怒りの矛先が生まれ変わりである転生者に向くのは、仕方がないことなのかもしれない。
「ヴィス、居るか? そろそろ出航の時間だぞ」
図書室の入り口方面からリカルドの声がして、ヴィスは読みかけの本を抱えて手早く棚に戻した。
「お待たせ〜、じゃあ行こっか。最初はどこに向かうの?」
「東のアシハラだ。色々当たってみたんだが、乗船券がそれしか手に入らなくてな」
「アシハラって言うと、無恵で海面が上昇してるっていう海洋都市だっけ」
「ああ。よく知っているな?」
「今さっき読んでた本に書いてあったから。う〜ん、やっぱり何冊か持っていきたかったなぁ……」
「持ち出すことは出来ずとも、お前なら天術で複製出来るんじゃないのか?」
「中が真っ白で外装だけが同じ本なら作れるけど、読んでない本の内容までそっくりそのままっていうのは無理だよ〜。俺は俺の知ってるものしか出せないから。かといって、読み終わった本を複製したって意味ないし……」
「お前の天術にもそういった弱点があるのか……まぁ、そのうちまた来れる機会もあるだろう、今は諦めろ」
「ん〜」
名残惜しく感じながらも、リカルドと外へ出たヴィスは、アンジュに教わった手順で図書室へ続く階段を封鎖する。
閉じた扉の上に柱が重なって、傍目にはそこに出入口があるようには見えない。
「えーっと、ルカくん達は?」
「お前以外は皆もう港に集合している。特に他の用が無いなら行くぞ」
「は〜い」
犬のようにリカルドの後をついて歩くヴィスは、前を行く相手が何やら思いつめた表情をしていることに気付いた。
「リカちゃん、何か悩み事?」
「……なんだ急に。別に俺はどうもしないが?」
「そう?」
ならいいけど、と言いながらも気になって、ヴィスはじっとリカルドを見つめ続ける。
「……あのさ、俺、ヒュプノスくんに聞きたいことがあったんだけど、今リカちゃんに聞いていい?」
「内容にもよるが……言ってみろ」
「うん。あの時、どうして逃げなかったの?」
「? どの時だ?」
「タナトスくんが地上に降りて、ヒュプノスくんが連帯責任で戦場送りになった時。俺さぁ、あれだけはずっと納得いかなかったんだよね」
「ああ……あれは仕方がない事だったからな。居なくなった者に責任を問うことは出来んが、だからと言って無罪放免では他の者に示しがつかん。規律を重んじるラティオの民としては、弟であるヒュプノスにその肩代わりをさせる他に、良い落としどころが見つからなかったのだろう。ヒュプノスはそれを理解していたし、特別不満もない」
「でもさ、ヒュプノスくんはずっと真面目に死神のお仕事頑張ってたじゃん。その仕事だって、別にヒュプノスくんがやりたくてやってた訳じゃないだろうに、最初から最後まで他人の都合を押し付けられてさぁ……」
「まぁ、お前と同じように言ってくれていた者も居たが、ヒュプノスはそれほど己の境遇を嘆いてはいなかったさ。それで兄が幸せになれるのなら己の苦労も報われると、そう思っていたからな」
「君のそういう所は長所だと思うけどさぁ〜、俺はヒュプノスくんにだってちゃんと幸せになって欲しかったよ……」
「どこからの目線の意見だそれは。勝手に人を不幸だと決めつけて哀れむな。ヒュプノスはあれで良かったんだ」
と、そこまで話しても、未だ納得いかない様子で子供のように口を曲げるヴィスに、リカルドは笑った。
「それほどヒュプノスのことを想っていたのなら、ストーカーになどならずに直接話しかければよかっただろう」
「俺だってそうしたかったけど、出来なかったんだもん」
「何故だ?」
「内緒〜。でも、だから今こうやって話せてるのは凄く嬉しいよ。今生は貧乏くじ引かないようにね?」
「初めて会った時のその不名誉な称号はそういう意味か。まあ、確かに前世は貧乏くじを引き続けたようなものだったな。そうならないように祈ろう」
「え〜? もう居ない神様に祈るより、今目の前に居る俺を頼って欲しいんだけど」
「……と言うと?」
「悩んでること話して欲しいなぁ〜って。何か力になれるかもしれないし」
結局そこに話が戻るのか。
飼い主に散歩をねだる犬のように纏わりついてくるヴィスをあしらいつつ、話す気のないリカルドは船着き場へと急いだ。