03.贖罪の光

「リカちゃんお疲れ〜。お腹空いてない? ご飯あるよ〜」

ガラムへ向かう船の上。
出航前はどこか上の空になっていたヴィスは、すっかり元の調子に戻っていた。

エルマーナ達に請われて用意したらしい数々のアシハラ名物をトレイに乗せて聞いてくる相手に、リカルドは「要らん」と首を振る。

「それよりも、さっきの話……お前は何か思うところがありそうだったが?」

「さっきの?」

「天上界の崩壊の原因がイナンナだという話だ」

「あ〜……それね」

要らないならもういいかとトレイごと料理を消したヴィスは、気まずそうに言葉を濁す。

「まあ真偽はともかくさ、イリアちゃんが悪いって話じゃないんだし、あんまり気に病まないで欲しいなぁとは思うよ」

「皆そう思っては居るだろうが、ああ言われれば本人は気になるだろうな。このまま記憶を取り戻していけば、いずれ真相を思い出すだろうが……」

「……それなんだけどさ、記憶の場を巡るのはもう辞めない?」

「は? 急に何を言い出すんだ」

「いや、だってほら、良い思い出ばっかりとは限らないでしょ? 忘れてた方がいいこともあるんじゃないかなーって……」

「それは……俺には何とも言えんが、他に創世力の手掛かりを得る方法があるのか?」

「さあ。そもそも俺はイリアちゃん達が創世力を手にするのもあんまり乗り気じゃないから……マティウスさんの手に渡ると危ないから、それを阻止しようって言うのには賛成なんだけど……個人的には、もう誰もアレには関わって欲しく無いんだよね」

まるで創世力を知っているかのような口振りだな、とリカルドは思い、それを相手に確認したことがなかった事を知る。

「お前は創世力が何なのかを知っているのか?」

「うーん……あ、でもルカくん達には前によく知らないって言っちゃったから、そういう事にしとこうかな」

「……その言い方は、本当は知っているという事だな」

「どうだろうね〜? でも、今のリカちゃんにも分かってる事はあるでしょ? 創世力は危ないんだよ。危ないものには近寄らないのが一番じゃない?」

「一理ある。が、それほどまでに危険なものなら、誰かが管理しておく必要があるだろう。その点では探すことに意味はある」

「それはそうなんだけどさぁ〜……」

ヴィスはデッキの手摺に寄りかかって、仰向けに四肢をだらけさせた。
その双眸に、飽きるほど見た空が映る。

「……また創世力のせいで悲しい事になったら、嫌だなぁ」

ぽつりと呟くヴィスの声は、憂いを帯びているように聞こえた。

この男は、天上界が滅んだその時のことを覚えているのだろうか?
リカルドはその疑問を口にしようとして、やめた。どうせ聞いたところで、答えては貰えないのだろう。

「そうならないようにする為に、ルカ達が今頑張っているんじゃないか?」

「……うん。まぁ、そうなんだけどね。でも創世力云々以前に、この旅自体も結構危ないしさぁ。俺は皆には安全なところで平和に暮らしていて欲しいんだけどなぁ〜」

「安心しろ。創世力はともかく、旅の安全は俺が保証してやる」

「俺はリカちゃんが危ない目に遭うのも嫌だって言ってるんだよ〜」

「今更だな。これまでの人生で、もう散々危ない目には遭ってきた」

「ああ言えばこう言う……今からでも改める気無いの?」

「そうだな……この旅が終わって、アンジュから報奨金を受け取ったら、考えてもいいかもな」

「お金が必要なら俺が出してあげるから、危ないことは今すぐやめなよ」

「断る。一度受けた依頼は最後までやり通すさ」

「むぅ。リカちゃん頑固だね」

「プロ意識が高いと言ってくれ。──ほら、見えてきたぞ」

水平線の向こうにガラムの港を捉えたリカルドは、下船の準備をする為にその場を去る。
上下逆さまの視界で同じものを見たヴィスは「起こして〜」と足をバタバタさせたが、「自分で起きろ」とすげなく断られてしまった。

「ボクが起こしてあげようか?」

「うわぁ、呼んでもないのにコンウェイくんの声がする〜。俺はリカちゃんに頼んでるんだよ」

「彼、先に行ってもう居ないけど?」

「分かってるよそんなの」

よっこいせ、と腹筋を使って起き上がったヴィスは、至極つまらないといった顔で溜息を吐く。

「そう言えば、霊廟でチトセちゃんと会った時にほくそ笑んでたけど、今度は何企んでるの?」

「言い方に悪意を感じるなぁ。別に、何も企んでなんか居ないさ」

「じゃあ何にも無いのにニヤニヤしてたの? それはそれで嫌だなぁ〜」

「キミ、単にボクを悪く言いたいだけなんじゃないかな。ルカくん達に言いつけるよ?」

「やり口が卑怯、そういう所が嫌い」

「フフ、褒め言葉として受け取っておくよ」

「褒めてないんだよなぁ〜」

などと言い合いながら、二人は他の皆と共に船を降りた。
目的地のガラムはまだ先のようで、一先ずは道の途中にあるカリュプス鉱山を目指す。

イリアは船旅の間に気持ちを落ち着けたのか明るさを取り戻しており、弄られたルカが怒ったり泣いたりしているいつもの風景を見て皆安堵した。

「──あれ?」

「……ああ、キミも気付いたって事は、ボクの気のせいじゃ無いんだね」

そうして鉱山の入口に差し掛かったのだが、中に入るなりヴィスは片眉をつり上げて周囲を見渡し、それを見たコンウェイが小声で囁く。

「ここにもほんの少しだけ、異界の気が漂っている。境界が近くにあるのかもしれない」

「じゃあ、また憂いの森みたいな敵が出てくるってこと?」

「かもね。まだ完全には歪みが顕在化していないみたいだから、今ここを通り抜けるだけなら大丈夫だろうけど……帰りはどうかな」

「はぁ〜、ルカくん達ツイてないなぁ〜」

「まあまあ、こういう時の為にボクが居る訳だから。頼りにしてくれていいよ?」

「…………」

「そんなに露骨に嫌な顔をされると、協力する気が失せるんだけど?」

「そうなったら君を連れ歩く理由も無くなるから、それはそれで俺にとっては都合が良いんだよね〜」

「ああ、確かにそれは少し困るな。──でも、ボクが一緒に行きたいのはルカくん達だけだからね。キミ一人だけを見捨てて行く分には支障もないかな」

「あはは、コンウェイくんってほんっと可愛くないよね〜」

「キミほどじゃないけどね」

と、静かに火花を散らす二人に気付かないフリをしながら、ルカ達は黙々と坑道を進む。

コンウェイの読み通り、急に周囲の雰囲気が変わることも、厄介な敵に出会すこともなく、一行は無事に鉱山を抜けることが出来た。

遠目にも見える火山を目印に進んで、やっとの事でガラムに到着。

「ガラムと言えばさぁ、西の戦場で俺達──厳密には王都軍と戦ってたけど、仲悪いの?」

「まぁ、山岳民族が王都に抵抗して寄り集まったのが町の由来だからな」

「へぇ、それで戦争してんのか?」

「そういう訳では無いが、戦争が長引くのはそういう歴史的背景も関係あるのだろう」

「あのデッカイ山なんや? 火煙吹いてんで」

「なにエル、あんた火山も知らないの?」

「火山やったら知ってるで。地下のマグマが噴き出して出来た山やろ?」

「なんだ、ちゃんと知ってんじゃないのよ」

「来る途中の船ん中でルカにいちゃんに聞いてん。でも見るんは初めてやねんもん。あれが火山か〜、なんや凄いなぁ」

「あのケルム火山は、古の時代から頻繁に火山活動を繰り返していたらしい。この近辺は鉱物資源も豊富で、鍛冶師が多い。そして、優秀な武具は多くの武芸者も招く。修行地としても有名だな」

「そのお陰で火山が神格化されて、鍛冶神進行が盛んなの。特に鍛治の神バルカンがその対象になってるわ」

鍛治の神バルカン、と言えば、確かデュランダルを造った男神だった筈。
スパーダがそれを思い出せているかは定かではないが、ヴィスの視線の先で、相手は神妙な顔でその名前を復唱している。

「だから記憶の場があるとすれば、あの火山の中ね」

「とにかく町行こぉやぁ。ここって何が美味しいのん?」

「あるとすれば温泉卵だな。ここの温泉を利用して作られるんだ、半熟状で美味いぞ」

「温泉もあんのか! そりゃあいい町だな!」

「食べたいんだな、しかし! 早く温泉へ行くんだな、しかし!」

「せっかくだから、後で見に行ってみましょうか。でも、今は先に記憶の場を確かめに行かないとね」

という事で、一行は連れ立って火山の麓へ向かったのだが、何やら緊迫した面持ちの男に入口で止められる。

「お前達、この町の者ではないな。この先は観光地じゃないぞ。ほら、帰った帰った。特に今は、あの殺人鬼ハスタが居座っているからな」

「ハスタぁ!?」

「久しぶりに聞く名だな……」

「戦場でリカちゃんと戦ってた筈だけど、あの後ってどうなったの?」

「あと一歩の所で逃げられた。膝を着かせて追い詰めたところで、お前、ヒュプノスだろ?≠ニ言われてな。それに気を取られた」

「じゃあ、ハスタも転生者だったってこと!?」

「そのようだ。しかも、どうやら奴も俺と同じく、ラティオの陣営に属していたらしい」

「ん〜? ラティオにあんな子居たかなぁ……?」

「なあなあ、そのハスタっちゅうんは、どんな奴なん? 教えてぇな」

「お断り! あんなヤツのこと、口にも出したくないっての! アイツのネチッとした喋り方、思い出しただけで鳥肌が立つ……! あのデタラメ野郎、なんでこんな所に居やがるのよ!?」

「イリアったら、また口調が……」

「どうして、こんな所に居らせませられるのかしら!?」

「それは俺たちにも分からないが……何にせよ、出てくるのを待つのが得策だ。強過ぎて、アイツが聖地に入るのを誰も止められなかった。負けを認めて命乞いする相手まで平気で殺すような奴だ。近寄らない方がいい」

そうは言われても、ここまで来て諦めて帰る訳にもいかない。
どうしようかとルカ達は視線を交わし、名案を思いついたアンジュが口を開く。

「でしたら、私達でその殺人鬼を追い払います。ですから、通して頂けませんか?」

「はあ? お前達があのハスタを? ただの旅行者が適う相手じゃないと思うが……」

「大丈夫だって!」

「こう見えて強いんやで、ウチら」

「しかし、アイツは本当に危険な男だぞ。何を考えているのかさっぱり分からないし、話も通じないし……」

「僕達、ハスタには以前会った事があるので知ってます。それに、こちらの方はハスタと同じ部隊に居た傭兵なんです」

「だったら知ってるだろう? アイツは一度戦い始めたら、相手が死ぬまで戦いを止めない」

「俺は奴と戦ったが、この通り今も生きている。そして今度こそ、奴の息の根を止めてやる」

「ヒュー、リカちゃんかっこいい〜!」

拍手と共に歓声を送るヴィスの頭をリカルドが小突く。
男はそこまで言うのならと、漸く道を開けてくれた。
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