03.贖罪の光

当然と言えば当然だが、ケルム火山の中は凄まじい熱気に満ちていた。

溶岩の合間を流れるマグマが湖のように広がり、ボコボコと音を立てて煮え滾る。
そこから立ち上る熱気が洞窟内に充満し、道を歩く一行の肌と喉を焼いていく。

「ああ〜……ホント、クソあっついわね! おたんこルカ、ちょっと扇いでよ、ホラ!」

「扇いでも、熱気が掻き回されるだけだと思うけど……」

「ホンマ、たまらんわぁ……ヴィスにーちゃん、何か冷たいもん出してぇな〜」

「冷たいもの……氷とか?」

と、ヴィスは指を鳴らしたが、現れた氷は見る間に溶けていった。
あちゃあ、と水溜まりを見下ろす二人の横で、アンジュが長いスカートを振り乱し始める。

「ふう……ふう……ぁあ〜、あああ〜ッ! 暑い熱いアツいあつい!! あ・つ・い〜ッ!!」

「あ……アンジュねーちゃんが壊れてもうた……」

「ちょっとリカルドさん! ちゃんと私をこの暑さから護衛して下さい! 私は貴方の依頼人ですよ!」

「悪いが幾ら俺でも、依頼人の体温調節までは面倒見られん」

「アンジュねーちゃん、これを機会にちょっとはダイエットした方がええんちゃう?」

エルのその一言で、暴れていたアンジュはピタリと動きを止めた。
いつぞやのルカくんとイリアちゃんみたいだなぁと思いつつ、危険を察知したヴィスは静かにエルの傍を離れる。

「…………エル、ちょっとそこに座りなさい……?」

「うわ、アンジュさんの目が、まるで真冬の海のよう……ボク、急に悪寒がしてきた……」

「人の道というものが分かっていないようね、エル。じっくり説明してあげる……さあ、座りなさい……」

どうやら今ので暑さのことは忘れられたらしい。
アンジュに正座をさせられたエルが半泣きで許しを乞う中、一人その輪には入らずマグマをじっと見つめているスパーダにルカが気付く。

「どうかしたの? スパーダ」

「あぁ、ちょっとな。色々思い返してただけさ」

「そう言えば、前にハスタと初めて会った気がしないって言ってたけど、何か思い出せた?」

スパーダはそれには答えず、何やらブツブツと呟きながら一人先へ行ってしまう。
残されたルカはそんな相手の様子に戸惑いつつ、他の皆に相談。

「お腹空いてんじゃないの?」

「うーん、そういう感じじゃないみたいだけど……」

「ならば、前世に関わる話では無いのか?」

「ここバルカンくん縁の地みたいだからね〜、郷愁とか感じてるのかも」

「どういうこと?」

「あれ、ルカくん覚えてない? 鍛治の神バルカンくんと言えば、デュランダルくんの生みの親だよ〜」

「! そう言われれば……確かに、そうだったような……?」

「あんた、そんな事までよく知ってるわね?」

「天上界の事なら大体ね。まぁ、だから色々思い出してるんじゃないかなぁ」

「そっか……だったら、不用意に話しかけない方がいいかな? 今はそっとしておいた方がいいよね」

「だろうな。ただの思い過ごしという事もあるだろう」

「ホントに何かあれば、あいつの方から話してくれるかもしれないしね。──ところで、天上界の知識が豊富なのはいいけど、あんた自分の記憶はまだ戻ってないの?」

「え? ──あぁ、うん、まだみたい」

そう言えばまだイリア達には記憶喪失で通しているのだったかと、それが嘘だと既に見抜いているリカルドは、焦るヴィスにやれやれと肩をすくめる。

「本当のことを話したらどうだ? 正体を明かすかはともかく、記憶喪失だと言い張る必要は無いように思うが」

「全部しっかり覚えてるけど何も言えません≠ネんて言ったら怪しまれるでしょ? 皆からリカちゃんみたいに問い詰められても困るもん。──アンジュちゃーん、そろそろ行かない?」

「……そうね、今回はこのくらいにしておきましょうか」

「うひゃあ、えらい目に遭うたで……ホンマ、口は災いの元や……」

ずっと続いていたアンジュのお説教から解放されたエルマーナは、ぐったりとした様子で呟いた。

先に行っていたスパーダにも追いついて皆で最奥に向かうと、幸か不幸か、記憶の場と共にハスタを見つける。

「皆さん、右手に見えるのが通称、記憶の場。一方、左手をご覧下さいませ。左手で一番長いのは、中指でございま〜す」

「貴様、何の冗談だ。死に損なっておかしくなったのか?」

「いやいや。幸いこの通り、全力で普通でゴザイますとも、リカルド先生! 後ろの方々は先生のご家族? 確かに目元がソックリですピョロよ?」

「うっわ、やっぱ全然話が通じないわ……どこをどう見れば、あたし達が家族なのよ!?」

「……とまぁ、小粋なジョークタイムはここまでにしてだァ。お前らの鼻に浮いた油を見ると、オイラ一次欲求を満たしたくなったポン。さあ楽しもうぜ? レッツ・エンジョイ!」

ハスタはいつもの長槍を構え、仲間達も武器に手をかける。
双方距離を保ったまま、その真意を測りかねているアンジュが問う。

「貴方、こんなところに居座って、目的はなんですの?」

「ダメダメぇ娘さん。そこは一次欲求ってなんですの?≠チて聞いてくれないと、話が進まんぜ? 正解は、食欲と海水浴と殺人欲! そういう訳で、オイラ、全部満たしていいデスか? イイデスね?」

「他はともかく、海水浴はどうやって満たすんだろうね〜? 周りマグマしかないけど」

「フッ……俺とした事が。つい暑さで、こいつの脳天に弾丸をブチ込むのを忘れていた。──さあ、そのよく動く口、永遠に動かんようにしてくれる」

「いやん!」

「あ〜、あいつ、記憶の場に入りよったで?」

ハスタに反応した場が眩く光り、また過去の記憶が垣間見える。

戦場でデュランダルを携えたアスラと対峙するラティオの雑兵。その手には血に染まった長槍が握られている。

「ヒィヒヒヒヒ! 強い、強いなァ。いいぜ、強いヤツは大好物だ。お前の血、吸い付くしてやる! ヒャーッヒャッヒャッヒャッ!」

「狂った槍に魂を喰われ……最早、どちらが主か分からんな。貴様のような外道の相手は些か胃に靠れる。デュランダル、とどめだ!」

「ゲイボルグ……貴様の魂を切り裂き、転生の輪廻から外してくれる」

「ぬかせぇ! てめーらこそ真っ二つだ!」

同じ鍛冶師が打った至高の武器同士がかち合い、高い金属音を鳴らす。

記憶の再生が終わり、前世から現世に意識を戻したスパーダは、人に姿を変えて尚、目に前に居る宿敵を見据える。

「お前は、魔槍ゲイボルグ……!」

「えーっと、オイラの前世の名をご存知のそちらは一体どちら様? ひょっとしてデュラ……なんとかさん? 君もバルカンの地に心惹かれて来たのかな? ん〜? さすがご同輩、ご同族、ご同根!」

「黙れ! 耳が腐るぜ! オレを同族なんて呼ぶなッ!!」

「心から再会を喜ぶこのオレ様……しかし心はすぐに悲しみで満たされるのでした。何故なら、前世で敵同士なら、当然現世でも敵同士。我々は殺し合う宿命なのですッ!」

「宿命……そうだな、バルカンの後始末は、息子のオレの宿命ってヤツだ。魔槍ゲイボルグ……オレがバルカンの名にかけて、貴様をへし折ってやる!」

──貴様≠チて言い方すると、まるでデュランダルくんみたいだなぁ。

呑気にそんなことを思うヴィスの前で、前世の対決を再現するかのように、スパーダとハスタは鍔迫り合いを始めた。
仲間達がそれに加勢し、ヴィスは端でそれらを眺める。

ゲイボルグだと聞いた上でハスタの動きを見ていれば、確かにその面影のようなものは感じ取れた。
バルカンが鍛えた武器に比べれば性能は劣るだろう槍は、それでも十分な威力を以てルカ達の攻撃をいなしている。

だが、スパーダにしてもそれは同じことだ。
彼もまた己の技量で武器の性能をカバーし、優勢だったハスタを徐々に押し返していく。

アスラとデュランダルがそうであったように、戦いを制したのはルカとスパーダだった。
息の合った彼らの連携を前に、ハスタが膝を折る。

「さあ、こいつとの縁も今日で終わりだ。リカルド、一番こいつと付き合いの長いあんたにトドメを頼むぜ」

「仰せつかった。動くなよハスタ」

「いいかい? よ〜く聞くんだよ、良い子のみんな。こういうのはどうだろう? オレ様の命を助けて仲間に加える……という案は? イマドキ感たっぷりな展開じゃないかい? 強敵と書いて友と読む! 永遠の宿敵が新たな仲間に! 正しく友情・努力・勝利!」

「あ、なんかそういうのいいね〜」

「阿呆、絆されるな」

ハスタのその命乞いに賛同したのはヴィスだけで、他の皆からは非難轟々だった。
提案を棄却されたハスタは、しぶとく食い下がる。

「おいおい、オレの脳内会議では、満場一致の過半数で即時可決なんだぜ? 矛盾矛盾、大いなる矛盾だ! オレを許すとアレよー? 甘い汁吸い放題ダヨー、シャチョさん?」

「おお、汁が甘いのか。コーダは甘いの好きだぞ、しかし」

「だろぉ? 君の飼い主達は、甘い汁の美味しさを知らないんだ。君から説得して貰えないかい?」

「ネズミ相手に何吹き込んでんのよ! もう待てない、引き金ならあたしが引くッ!」

「ちょっと待ったぁ! じゃあじゃあ、案その3だ! ……その2はどうしたっけ? まあ、そんなのはどうでもいいや。ほ〜ら、まずはこれでいいだろ?」

ハスタは己の槍を手放し、後ろへ放り投げた。
丸腰の状態で、劇団員さながらの大仰な身振り手振りで話す。

「その上でアタクシの持つ極秘情報を聞けば、皆の意見もコロリと変わる。まるで山の天気のように!」

「……イリア、リカルド、弾はちゃんと入ってるか?」

「万全だ」

「勿論よ!」

銃声が二発、立て続けに上がった。
ハスタは「無抵抗の人間を撃つなよ!」とそれらを躱す。

「極秘情報教えるからさぁ! ね? えーっと、坊や? ちょっくら耳貸して? 後でちゃんと返すから」

「え、僕?」

「バカ、こんな奴の話、いちいち聞かなくていいんだよ!」

「ほら坊や、よ〜く聞いてくれ!」

お人好しのルカはどうしたものかと、ハスタとスパーダの間で視線を彷徨わせる。

ハスタの軽妙な喋りと振る舞いのせいで、ルカはすっかり毒気を抜かれていた。
スパーダ達も、丸腰の相手に多少は警戒を緩めてしまっていたのだろう。

だから、


「……肉に刃が食い込む音をさ!!」


だから──ルカ目掛けて飛来した凶刃に、誰も反応出来なかった。
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