03.贖罪の光

ルカの手から、大剣が滑り落ちた。

ひとりでに動いた槍は持ち主の手に戻り、思惑が上手くいったハスタは素早くその場から消える。

「──ッしまった!!」

「あの野郎ッ!!」

「ルカくん、しっかり!!」

槍に貫かれたルカは、腹部から大量の血を流し、気を失っていた。
駆け寄った仲間達はそれを見て青ざめる。

「ルカにーちゃん! 大丈夫か!?」

「出血が酷いわ……!」

「早く応急処置をッ!!」

「オレの……オレのせいだ……さっさとトドメを刺しておけば……ルカは……」

「スパーダ、後悔なら後にしろ! ヴィス、止血用の布と担架を出してくれ! 町へ運び出すぞ!」

「…………」

「ヴィス! 聞いてるのか!? 」

「えっ……あ、うん、ごめん。何だっけ?」

「布と担架だ! ボサッとするな! イリアは先に町へ降りて医者を探せ!」

「わかったッ!!」

指示を受けたイリアは猛スピードで山を下っていき、ヴィスから布を受け取ったリカルドはそれを手早くルカの傷口に巻き付けていく。

アンジュは少しでも傷を癒そうと必死に治癒術を唱え、ある程度の処置が終わると、担架に乗せたルカを担いで皆町へと急いだ。








ガラムの宿屋の一室。
イリアが見つけて来てくれた医者が、ルカの治療を終えて部屋を出て行く。

残されたメンバーは、病床で未だ昏睡状態のルカを囲んでいた。

「くそ……くそっ、くそォ〜ッ!!」

「……口が悪いみたいね、スパーダくん」

「うっせェな、ほっといてくれよッ!! ──っと、すまねぇ……」

「スパーダ、ちょっとは落ち着きなさいよ。ルカが……死ぬわけないじゃん!」

「ったりめーだろ、死なせるもんかよ! オレは絶対ルカを守るんだ……今度こそ……今度こそ!」

「今度こそって……それどういう意味?」

「……あれ? オレ、なんでそんなこと言っちまったんだ?」

「混乱してるようね。大丈夫?」

本気で自分の言った言葉の意味が分からないといった様子のスパーダは、頭を冷やしてくると言って立ち去る。
アンジュも替えのガーゼを取って来なければと、それに続いた。

ガーゼくらいヴィスに天術で用意して貰えば済むのだが、アンジュは今の彼にそれを頼む気にはなれなかった。
ルカが刺されたのがショックだったのか、或いは心配でしょうがないのか、彼は火山からここまで一言も発さずに俯いている。

「ルカ……お別れなんて少し寂しいんだな、しかし」

「縁起でもないこと言うのやめなさいよ!」

「いや……最悪の事態は想定しておくべきだろう」

「最悪って……まさか、ルカが……?」

「遺体を両親の元に送り届けるのか、それとも遺髪や遺品のみを送るのか……」

「そ……っ、そんなこと、今考える必要無いじゃん! リカルドのバカ!!」

涙声で叫んだイリアは、そのまま逃げるように部屋から出て行った。
それを見たエルマーナは、リカルドの発言を諌める。

「死んだ時のことなんか考えんでええって。そない簡単に死なへんもん、ウチの子は」

「……だといいがな」

「いつにも増して顔色が悪いけど、貴方でも不安になることがあるんだ。そんなに彼のことが心配?」

「心配していないと言えば嘘になる。なにせ雇い主の友人だ」

「そう、雇い主の@F人、ね」

「ああ、そうだ。ただそれだけだ」

明らかに無理をしている様子のリカルドを見て、コンウェイは苦笑した。
ここでこうして見ていても仕方がないと、先に歩き出したリカルドを追って部屋を後にする。

エルマーナはヴィスの隣に回り、遠慮がちにその袖を引いた。

「ヴィスにーちゃんも、心配なんは分かるけど、今はそっとしといたろ? ぐっすり寝たら、きっと良ぉなるさかい」

「…………うん、そうだね」


──貫かれた体。

──武器を伝って滴り落ちる血。

──何が起きたのかを理解していない顔。


かつて目の前で起きた惨劇。

一番強く焼き付いている記憶。


(ああ……結局また、俺は見ていることしか出来ないのかな)

ごめんね、とヴィスはピクリとも動かないルカの手を柔く握って、エルマーナと共にベッドから離れた。









夜になってもルカは目を覚まさず、一行はそのまま宿に泊まる事にした。

医者曰くは、今夜から数日が峠らしい。
やれる事は全てやったが、後は本人の生命力次第だと言われて、イリアとスパーダはルカの傍で彼を励まし続けた。

夜通し起きてルカを見守り続けようとする二人を無理矢理ベッドに運びつつ、他のメンバーは情報収集や買い出し、鍛錬や武器の整備などで時間を潰す。

皆ルカが心配なのは同じ。
それでも出来ることは無く、であれば気を紛らわせる為に他のことをするしかなかった。









「……考えてたんだけどさ、こんな事になったのって、やっぱりあたしのせいよね」

ルカが刺されてから二日目の夜。

イリアに今日の夕食を運んできたヴィスは、目を覚まさないルカを見つめながら呟くイリアの言葉を聞いた。

「どうしてそんな風に思うの?」

「だって、ルカが旅してるのって、元はと言えばあたしが巻き込んだせいだから。……ルカが一緒に来てくれるって聞いた時、あたし嬉しかった。正直、ちょっと心細かったし、同じ境遇のルカが傍に居てくれるのが嬉しくて。でも……こんな事になるなら、安易に誘ったりするんじゃなかった。もっとちゃんと考えるべきだった」

イリアの手がシーツを握り締める。
慰める術を持たないヴィスは、その言葉を肯定はせず、思うままに告げる。

「あのさ、それなら、もうこんな旅やめない? イリアちゃん達がそんなに頑張る必要無いよ。適応法から逃げるだけなら、エルちゃんみたいに隠れ住むだけでも事足りるでしょ? 創世力のことは、他の誰かに任せようよ」

その提案を審議する間を置いて、イリアは首を横に振った。

「それを選ぶには遅すぎるわよ。ルカをこんな目に遭わせておいて、やっぱりやめますだなんて、そんなこと言えない。その程度の覚悟しかないのなら、最初からこんな旅するべきじゃなかった」

「でも、この先もっと酷い目に遭うかもしれないんだよ? 今回助かったとしても、次また同じような事があったら……」

「そんなの分かってる! でも、じゃあどうしたらいいの!? どうしたら、あたしのした事を償えるの!? 引き返したって何にもならない、進むしかないのよ!!」

顔を上げて叫んだイリアは、悲痛な顔で拳を握った。
赤い両目が涙で滲んで、それを乱雑に拭う。

「創世力のことだって……他の人になんて任せられない。アシハラであの女が言ってたでしょ? 天上界が滅んだのはイナンナのせいだって。皆はあんなの嘘だって言ってくれてるし、あたしだって信じてる訳じゃないけど……でも、もし本当にそうなら、尚更あたしがなんとかしなくちゃって思うの。だから……」

「……そっか」

「でも、だからってあんたまで律儀に付き合うことないんだからね」

「俺はいいんだよ。好きでついて来てるんだから」

「物好きね〜、コンウェイも同じこと言ってたけど」

「うわぁ、一緒にしないでよ〜」

嫌そうに言うヴィスにイリアは軽く笑って、顔を洗ってくると席を立った。
それと入れ替わるようにして、今度はスパーダがやって来る。

「ルカの様子はどうだ?」

「相変わらずだよ〜。可もなく不可もなく」

「そうか……」

スパーダはルカの傍に跪いて、先のイリアと同じようにその寝顔を見つめる。

「……なあ、前にお前よ、今のオレには手も足もあるって言ってくれただろ。オレもそう思って、あれからここまで来たんだけどよ。自由に動けたって、守れねーんじゃ意味ねぇよな」

ハスタの行いと、それを防げなかった自分への怒りが収まらないといった様子で、スパーダは語る。

今度こそルカを守ると言っていた彼の言葉の意味を、その所以を知るヴィスは、デュランダルの最期を思い返しながら、イリアにしたのと同じ提案をする。

「それはオレが決める事じゃねぇよ。お前も聞いてただろ? ルカは自分の意思で、イリアと一緒に行くって言ったんだ。だったら、オレはそれを支えるだけだ」

そう言った直後、スパーダはきまりが悪そうに頭を掻いた。

「あ〜、そうか。オレがこんな風に弱気になってたら、ルカも不安になっちまうよな。本気でこいつを支えるつもりなら、一回ヘマしたくらいで挫けてる場合じゃねぇか……」

別にそういうつもりで言った訳では無かったのだが、スパーダがそれで良いなら良いかと、ヴィスは訂正しなかった。

少しルカと二人にしてあげた方がいいかと一人部屋を出たヴィスは、近くで落ち着きなく歩き回っているエルマーナを見つける。

「どうしたの?」

「いや、どうもせぇへんねんけどな。ルカにーちゃん、まだ起きてへん?」

「うん。心配なら見てきたら?」

「ええねんええねん。傍にはイリアねーちゃんとスパーダにーちゃんが居ってくれてるし、ウチは他のことせんと」

「そっかぁ。偉いねぇ」

せやろ? と得意気に返すエルマーナの笑顔に、いつもの力強さは無かった。
誰よりもルカの復帰を信じているように振舞っている彼女だが、それが虚勢である事はヴィスも知っている。

「……分かってんねん。アスラもあんだけ丈夫やったのに、あっちゅう間に死んでもうたからな。誰かて死ぬ時は死ぬんやって、どうしようも無い事もあるんやって、ちゃんと分かってんねん。覚悟もしてる。でも……でもウチ、また置いてかれるんは嫌や……」

独り天空城に残されたヴリトラの孤独を知っているヴィスは、以前よりも随分と小さくなったその頭を撫でた。
エルマーナは零れそうになる涙をぐっと堪えて、精一杯の笑顔を見せる。

「うそうそ、大丈夫やって! ウチは大丈夫! ヴィスにーちゃんも、あんま思い詰めたらアカンで? 辛い時はウチに言いや?」

「うん、有難う。そうするよ」

「ほな、ウチは依頼こなしてくるさかい。ルカにーちゃんの治療費でだいぶ使てもうたし、今のうちに稼いどかな!」

そんなことを言って、エルマーナは何処かへと駆けて行った。
もう夜遅いから気をつけてと声をかけつつ、ヴィスはアンジュが用意してくれていたスパーダの分の夕食も持って、ルカの居る部屋へと戻る。

が、帰ってきていたイリアと揃って、スパーダはルカのベッドに突っ伏して寝落ちてしまっていた。

二人とも、ろくに眠れていないのだろう。
ヴィスは彼らを起こさないよう気を配りながら、先に部屋に運んで来ていたイリアの分と、今持ってきたスパーダの分の夕食に蓋をして、机の上に並べる。

部屋は静かだった。
ルカとイリアとスパーダの三人を眺めながら、ヴィスは過去に思いを馳せる。

謙信と信頼──かつてアスラとイナンナとデュランダルの間にもあったであろうその強い絆は、今も彼らの中に息衝いている。ならば。

(……一応、ルールには則ってるし、この子達には恩も借りもあるから、一回くらいはいいよね?)

ヴィスは眠るイリアとスパーダの手をそっと拾い上げた。
そして、子守唄を聞かせる母のような声色で、彼らの知らぬ言葉を紡ぐ。

「 सबूत यहाँ होगा 、चलो अपनी इच्छाओं को पूरा करते हैं। 」

その言葉に呼応するように、ヴィスの体から青白い光が零れた。
それは一瞬のことで、光が収まると、苦しそうに歪んでいたルカの表情が幾分和らぐ。

これでもう、ルカは大丈夫だろう。
ヴィスは眠る三人の頭を順に撫ぜて、静かにその場を離れた。
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