03.贖罪の光
「創世力の守り手、ケルベロスよ。我が名はアスラ! 創世力を貰い受けに来た!」生と死の狭間で、ルカは夢を見ていた。
彼の視線の先にはアスラと、三つ頭の黒い犬が居る。
「わんわん! 待ってたわん、そろそろくる思ったわん」
「天上界の統一。それがお前の課した試練だったな。では、頂いて行こうか」
「うう〜……渡す、少し惜しいわん」
「何だと? 俺にはまだ相応しくない──ケルベロスよ、そう言いたいのか!?」
「違うわん。創世力は噛み心地良いわん。じゃれる、楽しいわん。心残りだわん」
「そんなこと知ったことか! 早く創世力を渡して貰おう!」
「待つわん。言っておくことあるわんよ。創世力の使い方、知ってるわん?」
「使い方……だと?」
「そうわん。始祖の巨人の意志が、創世力に込められているわん。謙信と信頼、その証を立てよ。さすれば我は振るわれん>氛氓ニいう言葉、伝わってるわん。この始祖の巨人の意志には従わないといけないわん。それが使い方わん」
「謙信と信頼、その証を立てよ……どういう意味だ、ケルベロスよ」
「そんなの知らないわん。自分で考える、いいわん」
「……まあいい。とりあえず、頂いていく約束だ」
口が寂しいとボヤきながら、ケルベロスは創世力を吐き出した。
青く輝く光の塊が現れて、アスラの手に収まる。
「とうとう手に入れたぞ、創世力……これで新たな世界が創られる!」
──本当に、新しい世界を創るの……?
──でも、じゃあどうして、天上界は滅んだの?
「何者をも犠牲としない……地上人の魂すら犠牲としない、正しき姿の世界……この力で、新たな世界を創ることが出来る」
──世界を滅ぼすんじゃなくて?
「俺は、この手で世界を創る。新たなる、素晴らしき世界を……」
──でも、天上界は滅ぶんだよ。
「始祖の巨人が望んだ世界……俺が、始祖の巨人の悲願を……」
どれだけ問いかけても、過去の存在であるアスラに、ルカの声は届かない。
不意に、どこからか別の声がした。
誰かが呼んでいる──そう感じて、ルカはアスラに背を向けて、そちらへと走り出した。
「……あれ?」
目を覚ましたルカが見たのは、陽の光に照らされた宿屋の天井だった。
体を起こしたルカを見て、傍らで彼の名を呼び続けていたスパーダが抱き着く。
「ルカッ! 気がついたか! 目が覚めたかァ〜〜! 良かった〜〜ッ!!」
「あいたたたたた! 痛い、痛いよスパーダ! なに、どうしたの?」
「ほら、スパーダくん? 怪我人にはもっと優しく……ね?」
同じく傍でルカの看病をしていたアンジュに優しく言われて、興奮冷めやらぬスパーダが我に返って手を離す。
「ルカくん、ずっと魘されてたのよ」
「ああ。だからつい大声で呼び掛けちまった。うるさかったか?」
「ううん、目が覚めたのはスパーダのお陰だよ。……僕、どのくらい眠ってたの?」
「丸三日ね。ホント、死んじゃうかと思った。良かった……」
「おー、ルカ起きたんだな、しかし!」
騒ぎを聞き付けて、他の部屋で待機していた仲間達も続々とやって来た。
ベッドから這い出たルカに、コーダを引き連れてきたイリアが迫る。
「こ〜のおたんこルカッ! 心配ばっかかけさせて!」
「ルカにいちゃ〜ん! 目ぇ覚めたんか、良かったなぁ〜!」
「おはよう、みんな」
「なぁ〜にがおはよう、みんな≠諱I もうとっくに夕方だっての! ホンットにノロマなおたんこね! あんたのマヌケ面見たら眠くなってきた! あたし、ちょっと休むから!」
ドシンドシンと足音が聞こえてきそうなほどの勢いと大股で去っていくイリアに、怒らせちゃったかなとルカは面目なさそうに謝る。
「あんなぁ、これナイショやで? イリアねーちゃん泣いとってん、ずーっと。にーちゃんが寝てる時も、さっき声聞こえてきた時も。せやから、堪忍したってな?」
「そっか……うん、わかったよ」
「でもな、ウチは泣かへんかったで? ウチまで泣いたら皆困りよるからな。……えらい?」
「うん、偉い偉い」
「えへへ……にーちゃん、目ぇ覚めてくれておーきにやで」
「ほう、目が覚めたのか」
次いでやって来たのはリカルドとコンウェイだった。
リカルドはガルポス行きの乗船券が手配できた事と、その出航が明日になる事を皆に伝える。
「じゃあ明日まであと一日、ここで静養しようよ。ここの温泉は傷に良いそうだから、今のルカくんには丁度いいじゃない?」
「お! それナイス! 温泉入れるか、ルカ?」
「うん。それくらいなら、多分大丈夫」
その返事を聞いて、スパーダは意気揚々と入浴の準備をしに行った。
心配事が無くなって笑顔の戻った皆に微笑みを返しながら、一人足りないことに気付いたルカが問う。
「あれ、ヴィスさんは?」
「何だ、来ていないのか?」
「昨日の夜はこの部屋おったで? ウチ話したもん」
「そうね、スパーダくんとイリアの分の夕食を運んで貰ったから、それは間違いない筈だけど……そう言えば、今日はまだ見ていないわね」
「なら、外に出てるか……もしかすると、まだ部屋で寝ているのかもしれないね。ボクが今朝起きた時には、ぐっすり眠っていたから」
「あら、珍しい。いつもは早くに起きて来るのに……疲れてたのかしら」
「ヴィスにーちゃんも結構夜中起きとったからなぁ。寝やんでもヘーキとか言うてたけど、やっぱ無理しとったんかな」
「そうなの? じゃあ、お礼も兼ねて僕が呼んでくるよ」
「急にそんなに動いて大丈夫? 病み上がりなんだから、無理しない方がいいよ」
「呼びに行くくらいなら俺が引き受けてやる。お前はさっさと温泉に浸かってこい」
「そこまで気を遣って貰わなくても、もう大丈夫だと思うんだけど……」
「ダメよルカくん、治りかけが一番怖いんだから」
そうして結局、ルカは過保護になっているアンジュ達に温泉へと連行される。
リカルドは笑いつつそれを見送り、ルカを除いた男性陣の寝床となっている部屋へと向かった。
────静かだ。
誰も居ない廃墟をその目に映しながら、ヴィスは思った。
かつて栄華を極めた天上界。
多くの神々で溢れ、同じだけの声に溢れていた古の楽園は、今や見る影もない。
在るのは崩れた石柱と、色褪せた草花、物言わぬ石像だけ。
ここにはもう何も無い。
神も、他の生物も、命あるものは全て失われてしまった。
何年、何十年、何百年、何千年と時を重ねても、変わることの無い風景。
時の流れを知らせるのは、移り変わる空の色だけ。
吹き抜ける風の音を聞きながら、ヴィスはただじっとそれらを眺め続ける。
──ここにずっと独りで居続けるのは、耐え難い苦痛だ。
──けれども、それと同じくらい、誰かが再びここへ来る事を恐れている。
ヴィスは目の前にある石像を見た。
正しく言えば、これは石像などでは無い。
かつてこの世界に生きていた、二人の神の亡骸だ。
二人が命尽きた瞬間を永遠に遺すこの像は、まるで遺書のようだ。
この悲劇を、彼らの絶望を、決して忘れるなと言っているような────
(……例え無くなったとしても、俺は忘れたりなんかしないよ)
────どうして、と問う誰かの声がする。あの日からずっと。
────けれど、それに答える者は居ない。ここにはもう誰も居ない。
寂しい≠ニいう感情だけは、学ばずとも最初から知っているのに。
この空虚な世界から得られるものは、ただひたすらにそれだけだった。