04.悪者は誰か

ガラム滞在四日目の朝。

「お客さん、ガラム港へ行くつもりなら、日を改めた方が良いですぜ」

ルカも復調し、さて旅を再開しようとチェックアウトを済ませた一行は、宿の主人からそんな事を言われた。

「どうしてですか?」

「それが、つい先日落盤事故があったようで……」

「なにぃ!? じゃあ、ガルポス行きの船はどうすんだよ? 鉱山が復旧するまで足止めか?」

「封鎖されてる訳じゃあ無いんで、通ることは出来そうなんですがね。噂じゃ見たことねぇ生き物が現れて、そっちの方が危ないとか……」

「見たことない生き物? ……あっ」

色々あってすっかり忘れていたが、そう言えばそうだった。

ガラムに来る前に鉱山でコンウェイとしたやり取りを思い出して、ヴィスの頭に一つの可能性が浮かんだ。
コンウェイも同じことを思ったようで、口元に手を当てて考え込んでいる。

とりあえずは鉱山の入口まで行ってみようかと、一行は数日ぶりにその場所までやって来たのだが、やはりヴィスとコンウェイが危惧していた通り、そこは憂いの森と同じ状態になってしまっていた。

「やっぱりか……」

「これって、前にコンウェイと出会った森と同じだよな? ってことは、見たことない生き物ってのは、あの時見た魔物みたいなヤツか」

「スパーダくん達は何か知ってるの?」

「そっか、あの時はアンジュ達はまだ居なかったもんね。攻撃が全然効かない敵が出るのよ」

「ええ? そんなん、どないして戦ったらええのん?」

「前はコンウェイが何とかしてくれたけど……今回も手を貸してくれるの?」

「勿論。キミ達と出会った時の約束だからね」

「じゃあ、行こう。少なくとも、行けるところまでは行ってみようよ」

「仕方ないかあ〜。でも、危なくなったら引き返そうね?」

「またソレかよ。大丈夫だって、前も何とかなっただろ?」

一度経験しているからか、ルカ、イリア、スパーダの三名は特に恐れることもなく突き進んでいく。
一方、未経験のリカルド、アンジュ、エルマーナは、いつも以上に周囲への警戒を強める。

「これ、本当に君が発生させてるんじゃ無いんだよね?」

「まだ疑ってるの? その話は前にもした筈だけど」

「だって怪しいんだもん。……まあいいや。取り敢えず、ちゃんと約束は守ってね」

「言われなくても」

落盤のせいで、来た時に通ったルートは殆ど塞がれてしまっていた。
迂回して進んでいくにつれて、コーダの感じるピリピリとした気配が強くなっていく。

道程の半分ほどまでは順調に進めていたのだが、いよいよ通れる道が無くなったのを見て、一行は足を止める。

「行き止まりみてぇだな」

「他より落盤の規模がずっと大きいみたいだね」

「……で、ここからどうするの?」

「ヴィスにーちゃん、また何か便利道具とか出されへん?」

「う〜ん……あ、じゃあスコップでも出そうか?」

「掘って行くのかよ!?」

「しっ。皆静かに……何か聞こえない?」

「確かに聞こえる……地響き……?」

「──落盤か!?」

俄に坑道が震え出して、皆は慌てて隠れる場所を探そうとする。
が、それが必要になる前に揺れは収まり、道を塞いでいた岩が崩れた──と言うよりは、粉々に弾け飛んだ。

何だ何だと皆が見ていると、土煙の中からスライムのような巨大な魔物と、双頭刃を手にした眼帯の少女が飛び出してくる。

『こんな所で……死んでたまるか! キュキュは生きて帰るんだッ!!』

「──!? あの言葉……まさか!」

馴染みのない言語で叫んだ少女に皆が疑問符を浮かべる中、コンウェイだけがその意味を理解した。
一人前に出て、彼女と同じ言葉で話しかける。

『おいお前! 何故ここに居る、何処から来た!?』

『その言葉……じゃあ、キュキュは無垢なる絆≠フ世界に辿り着けなかったのか……? キュキュは命を懸けたのに!』

『いや、君は辿り着いた。ここは君の望む無垢なる絆≠フ世界だ』

『本当!? ああ、良かっ──ッ!!』

コンウェイと話していた少女が魔物に殴り飛ばされるのを見て、状況が呑み込めていないルカ達は咄嗟に駆け寄る。

コンウェイは彼女を助け起こしつつ、憂いの森の時と同じように、魔物の存在をこの世界に合わせて書き換えた。

『起きろ! こんな所で死にたいのか!?』

『う……イヤだ。皆に会いたい……こんな所で死にたくない……』

『なら一緒に戦え! 生きて帰るぞ!』

『生きて……帰る……』

キュキュは立ち上がり頷いた。
己を奮い立たせるように同じ言葉を繰り返してから、ルカ達の方を向く。

「キュキュ、戦う。一緒に、お願い!」

今度はルカ達にも意味が伝わった。
コンウェイと違ってカタコトだが、彼女も二つの言語を操れるらしい。

襲いかかってくる魔物相手に、選択の余地は無かった。
疑問は一旦横に置いて、皆は武器を手に魔物に挑む。

少女はルカ達に負けず劣らずの強さだった。
素早い動きとしなやかな身のこなしで敵の攻撃を掻い潜り、武器を細腕で豪快に振るう。

戦っている間もコンウェイと何か喋っていたので、観戦しているヴィスは何とか解読出来ないかと耳を澄ませていたのだが、そう上手くはいかなかった。

「事情を説明して貰おうか、コンウェイ。彼女は何者だ?」

やがて戦いが終わると、皆は自然と少女の周りに集まる。
その質問にコンウェイが答えるより先に、少女は突然リカルドに抱きついた。

「うわっ!?」

『キュキュは嬉しいの! いくらお礼を言っても足りないわ! 本当に助かった! ありがと!』

「ちょちょちょちょ、ちょっと待った! 離れて!!」

突然のことに一瞬反応が遅れたヴィスは、慌てて彼女を引き剥がした。
少女はキョトンとした顔でヴィスを見上げる。

「コンウェイくんこの子何!?」

「彼女の名はキュキュ。どうやら、ボクと同郷みたいだね」

「それは見てたら分かるよ! だから離れてって言ったの! リカちゃん達にはあんまり近寄らないでって伝えて!」

「今のは彼女なりの感謝の印みたいだけど?」

「だとしても今は駄目!」

目的も正体も手の内も分からない相手に警戒心を爆発させるヴィスに、悪巧みを閃いたコンウェイはニヤリと笑った。

『だそうだよ、キュキュ。今の彼の言葉、理解出来たかい?』

『ある程度は。でも、どうしてこんなに怒っているの? この世界では抱擁に悪い意味があるのかしら』

『そうじゃないけど、今のは駄目なんだってさ。ほら、よく見てご覧。そっちの彼だって、あまり喜んでないだろ?』

そっち、と示されたリカルドの「一体何なんだ」という顔を見て、キュキュは『そうみたいね』と返す。

『でもどうして? 悪い意味じゃないんでしょう?』

『鈍いなぁ。見ず知らずの女性に抱きつかれて、それを快く思わない理由なんて、一つしか無いじゃないか』

『……え? じゃあ、まさかこの二人……』

コンウェイの計略に見事に嵌ったキュキュは、リカルドとヴィスを見比べながら数歩後ずさった。

そのリアクションでコンウェイの悪ふざけを察知したヴィスとリカルドは、コンウェイに詰め寄る。

「ちょっとコンウェイくん? 何か余計なこと吹き込んでない?」

「今俺を見る目が明らかに変わったぞ。なんと言ったんだ?」

「キミ達が警戒しているから、離れるように言っただけだよ。大抵の人は今ので喜ぶから、キミ達のリアクションに戸惑っているんだろうね」

絶対それだけじゃない。
訝しむ二人と愉しそうなコンウェイの横で、キュキュはクルクルと回り出す。

『ああ……キュキュは来たんだ……この世界に! やった!』

「何、この人? リカルドに抱きついたかと思えば、急に踊り出して……」

「彼女の民族は、感情表現が豊かなんだよ」

「彼女の民族? コンウェイさんと同郷では無いのですか?」

「言葉は通じるけど、生まれた国が違うんだ」

「ねぇ、この人、さっきちょっとだけ僕達と同じ言葉を喋ってたけど……」

「ああ、そうだね。ちょっと聞いてみるよ」

コンウェイは再び言語を切り替えて、キュキュに何かを伝えた。
キュキュは回転をやめて、それを了承する。

「はい、わかた。でも、言葉あまり上手ない。いいか?」

「それで十分だよ。さあ、皆に挨拶して」

「名前は、キュキュ。皆と一緒、行きたい。キュキュは強い、役に立つ」

「なにぃ!? こいつ、付いて来るつもりかよ!」

「みたいだね」

「みたいだねって、こんな得体の知れないのを……」

言いたいことを全部代弁してくれたスパーダに、ヴィスはうんうんと頷いた。
だが心優しいルカ達はキュキュの肩を持つ。

「でも、この人、言葉もあんまり出来ないみたいだし……」

「置き去りにするのはちょっと……」

「……キュキュは、一人。言葉、上手無い……置いて行くのか?」

演技なのか素なのか、潤んだ瞳で見つめてくるキュキュに、良心の呵責に苛まされたスパーダは簡単に折れてしまった。

キュキュは同行の許可が下りた喜びを全身で表現しつつ歩き出すが、それらを見たヴィスは顔を引き攣らせる。

「え、あの、本当に連れて行くの……? 本気で?」

「なんや、ヴィスにーちゃんも反対なんかいな」

「悪い人じゃないと思うよ? さっきだって、逃げずに一緒に戦ってくれたし」

「いやでも、だからってそんなあっさり信用したら危ないよ」

「でも、見やんフリして置いて行くんは可哀想ちゃう? せめて鉱山の外までは連れてったげようや」

その流れはコンウェイくんの時と同じなんだよなぁ。

ヴィスは思ったが、エルマーナとルカを相手に強く反対する事も出来ず、そのまま押し切られてしまうのだった。
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