04.悪者は誰か
「リカちゃん、体大丈夫?」鉱山から出るなり、いたく感激した様子でまた回り出すキュキュを遠巻きに見ながら、ヴィスは身体検査のようにリカルドの全身をぺたぺたと触る。
「どこも何とも無い? 具合が悪いとかは?」
「何だ急に」
「さっきキュキュちゃんに何かされてないかと思って」
「ああ……別に、今のところは何とも無い」
「なら良かったけど……リカちゃん警戒心強いからって油断したよ。あんな簡単に懐に入られるなんて思わなかった」
「実際警戒はしていたんだがな。彼女のあの動き、素人のものでは無いぞ」
と、本人達は至極真面目な会話をしているのだが、聞こえていないキュキュの誤解は広がっていく。
『ああ……やっぱりそうなのね。さっきのは軽率だったわ。彼には後で謝らないと』
『それはいいとして、さっきも言ったけど、ルカくん達の前では……』
「あう、ごめん」
会話の内容を拾えていないルカ達の視線が自分に注がれている事に気付いたキュキュは、言語を切り替えここまでの礼を述べる。
「キュキュはうれしい! みんな、おかげ! ありがと、ありがと! キュキュはこの国、沢山見たい。キュキュ、みんな気に入た! ずとずと、一緒行く!」
「…………」
「……なんで全員でオレを見るんだよ! 分かってるよ、置いてけなんて言わねーよ!」
「良かったですねキュキュさん、スパーダくんも一緒に来ていいって言ってますよ」
「あーでも、心配性のヴィスにーちゃんがまだ納得してへんみたいやから、後で話したってな」
「ヴィス? ……誰か?」
「ほら、あっちで喋ってる人」
「ああ! わかてる、後で謝る。キュキュ、あの二人、関係、知らなかた。浮気、良くない。キュキュにもわかる。もうしない」
「……浮気? 何の話?」
「言い間違いじゃないかな。彼女はまだ言葉が完璧じゃないからね。それより、船の出航時間もあるし、早く行かないと」
「それもそうね。リカルドー! ヴィスー! さっさと行くわよ!」
「あ、はーい」
イリアに呼ばれてリカルドと共に隊列に戻ってきたヴィスは、当然のようにルカ達の隣を歩くキュキュの後ろ姿を苦々しい顔で見つめる。
「ほら、やっぱりこうなる……あ〜もう……」
「コンウェイ、さっきの場所と彼女について、ガルポス行きの船の上ででも纏めて説明してくれ」
「了解」
港には既に船が停泊しており、食い入るようにそれを見たキュキュは、大きな瞳を爛々と輝かせる。
「あれ乗る!? キュキュ、楽しみ!」
「キュキュさん、気を付けないと迷子になっちゃうよ。でも、どうしてそんなに船に乗るのが楽しみなの?」
「ここの船、どんな船か、見たい、知りたい。それ、キュキュの望み。キュキュ、色んなこと知る。この国、沢山見て回る。それがキュキュの国の役に立つ」
「じゃあ、船に乗ることになって良かったね。そんな風に喜んでくれると、僕も嬉しいよ」
うふふあはは、とでも聞こえてきそうなほど和やかなムードで話すルカとキュキュ。
一方、耳を攲ててその会話内容を聞いたヴィスの顔色はどんどん悪くなっていった。
ルカはキュキュを単なる好奇心旺盛な少女とでも思っているのかも知れないが、ヴィスからすればキュキュの今の発言は「この世界の技術力を盗んで国に持ち帰る」という宣言にしか聞こえない。
出航準備完了の汽笛が鳴り、全員が船に乗り込むと、ヴィスはキュキュとコンウェイの首根っこを掴んで、展望デッキに引っ張って行った。
「乱暴だなぁ。別に逃げたりしないよ」
「ヴィス、さっきの、まだ怒ってるか?」
「さっきのとは?」
「キュキュ、リカルド、抱きついた。あれ、お礼の気持ち。でも、ヴィスはそれ嫌だた。ごめんなさい」
素直に謝るキュキュに少しばかり良心が傷むのを感じたヴィスだったが、こんな事で絆されて本質を見誤ってはいけないと己を諌める。
「ヴィスは、キュキュ、一緒行く、嫌か? どうすれば、一緒、許して貰える?」
「えーっとね。こっちの言葉は分かる?」
「はい、わかる」
「じゃあこのまま喋るけど、一緒に行くとか行かないとか以前に、そもそもこの世界に勝手に入って来られると困るんだよ」
「困る? なんでだ?」
「何をされるか分からないから。君の目的にしても、その持ち帰った情報を使って、こっちの世界を侵略でもされたら堪らないよ」
「シンリャク?」
「コンウェイくん、通訳」
「はいはい」
コンウェイはヴィスの主張を噛み砕いて説明した。
納得したキュキュはそれを否定する。
「キュキュはこの世界、みんな、大事。傷付けたりしない、させない。約束する」
「何の証拠も情報も無いのに、そんな口約束だけじゃ安心出来ないよ」
「んー……じゃあ、こうする。キュキュ達の言葉、ヴィスに教える。キュキュがこの世界知る、それと交換。どうか?」
「キュキュちゃん達の言葉? コンウェイくんと話す時に使ってるやつのこと?」
「はい。キュキュ、コンウェイと話す、その意味分かれば、キュキュの気持ち、考え、ヴィスにも伝わる。キュキュに悪い考え、無い、信じて貰える」
「うーん……確かに、それは有難いけど……嘘の訳を教えたりしない?」
「流石にそれは無いんじゃないかな。それをするなら、ボクとも口裏を合わせないといけなくなるし。ボクはそんな面倒なことに付き合うつもりは無いよ」
「それでも駄目か? キュキュ、ルカ達と一緒、行きたい。一人で行く、危ない。死ぬかもしれない。キュキュ、生きて帰りたい……」
だから、その脅しはズルい。
しゅんとして言うキュキュに、スパーダよろしく苦悶するヴィスは、熟慮の末結論を出した。
「じゃあ、取り敢えずはそれで良しとするけど……もう一つだけ条件付けていい? コンウェイくんが前に言ってた、君達の世界とこの世界を繋ぐ正規のルート……ゲートだっけ? それがある場所を教えて欲しいなぁ」
「おっと、そう来るんだね。ボク達が約束を破らないよう、質にでもするつもりかな? 確かに壊されると帰れなくなるから、迂闊な事は出来なくなるけど」
「壊したりはしないよ。でも、もし君達がこの世界に危害を加えたら、その時は俺がそっちの世界に行って、それなりの報復をさせて貰うから、そのつもりでね」
「? ヴィス、戦えるか? さっきの戦い、ヴィス、見てるだけだた。キュキュ達の国、強い。戦えない人、報復、難しい」
「あはは、よく見てるね〜。まあ、その辺りの心配は不要だよ。俺は出来ないことは言わないから」
「……へぇ? ルカくん達からは、キミは戦うのが苦手だって聞いてるけど」
「うん。色々と事情があるからね。でも、例えば正当な理由があって、相手が君達みたいな異世界人だけなら、全然普通に戦えるけど、試す?」
今なら多分俺が勝つと思うなぁ、とニコニコしながら言うヴィスに、キュキュとコンウェイは互いに目配せ。
『……どう思う?』
『さあ? でも、本当にそれだけの戦力があるなら、今ここで事を構えたくは無いわね』
『確かに』
短いやり取りで意見を纏めた二人は、ヴィスと同じように笑顔で答える。
「今は遠慮しておくよ。船の上だし、ルカくん達も居るしね」
「だよね。で、さっきの俺の条件はどう?」
「ボクはそれで構わないよ。キュキュもいいかい?」
「はい。でも、言葉もゲートも、本当は、あまり教える、良くない。だから、ルカ達には内緒。ヴィスにだけ教える。それでもいいか?」
「いいよ〜、取引成立だね」
どうせガルポスに着くまで他にやることも無いだろうと、キュキュは早速言語の講習を始めた。
手持ち無沙汰になったコンウェイに、階段を上ってきたリカルドが声をかける。
「姿が見えないと思ったら、こんな所に居たのか。……あの二人は何をやっているんだ?」
「勉強会だよ。言葉を教えているんだ」
「何? あれだけ警戒していたのに、随分と親切だな」
「ああ、違う違う。彼が彼女に、じゃなくて、彼女が彼に、だよ。ボクとキュキュの内緒話がお気に召さないみたいでね。──それで、貴方も彼女のことを聞きに来たのかな?」
「そうだ。彼女のあの足捌き……まだ未熟だが、特別な戦闘訓練を受けているぞ」
「やれやれ、貴方の目は誤魔化せないな。そう、彼女は貴方と同じ、軍人さ。まあ、軍人と言えばスパーダくんも同じだけどね。でも、彼女はもっと貴方に近い……近代的戦闘訓練を受けている」
「それが俺の雇い主にとって不利益になる可能性は?」
「無い。それは断言するよ。ボクも彼女も、貴方達の……ルカくん達の旅の邪魔はしない。それどころか、協力を惜しまない。出来れば、この旅を見届けたいと思っているからね」
「……ならいいが」
「それに貴方が心配しなくても、ボクと彼女の監視ならもう付いてるよ。ついさっき釘を刺されたばかりだしね。あっちの彼は、貴方より手厳しい」
「ヴィスがか? お前達に対してはやけに慎重だな。俺やエルマーナの時は、特に警戒もしていなかったと思うが……」
「それを言うなら、貴方だってそうじゃない? 転生者じゃないからって、ボクとキュキュにだけ目くじら立ててるでしょう。……まあ、彼の警戒の理由は、それよりも納得のいくものだったけど」
「それはどういう──」
その時。突然、轟音と共に船が大きく揺れた。
バランスを崩してあわや海に落ちかけたヴィスは、キュキュと一緒に慌てて手摺に掴まる。
「吃驚した〜、なになに?」
「登録番号、120093。ガラム国籍船、120093。直ちに停船しなさい!」
どこからか、スピーカー越しのそんな声が聞こえた。
状況を確認する為に、リカルドとコンウェイも船の縁にやって来る。
「今のは何だ!?」
「全然分かんないよ〜、何が起こってるのこれ」
「──あれ! 船!」
キュキュが指した先には戦艦らしきものが浮かんでいた。
船体から飛び出た無数の大砲がヴィス達の方を向いて、次々に弾を吐き出す。
甲板に集まっていたルカ達も、同じものを見聞きしていた。
狙いを外した弾が海に落ちて、あちこちで水柱が上がる。
「ガラム国籍船、120093。直ちに停船し、投降しなさい! 抵抗する場合は、撃沈する!」
「この声……あの女よ!」
沈められては困ると、船長は直ぐに船を止めた。
横付けされた戦艦から、イリアが予想した通りの人物が、兵を連れて歩いてくる。
「チトセさん……」
「アスラ様、マティウス様の元へ同行して貰うわ。本当はこんな手段取りたくなかったんだけど……今の私なら、こんな船簡単に沈められる。無関係の人達を巻き込みたく無いでしょう?」
「てめぇ! 卑怯だぞ!」
「仕方ないじゃない、アスラ様が言う事を聞いてくれないんだから」
事情を知らない他の乗客や船員の事を思って、ルカは大人しくチトセに投降した。
仲間達も使い道があるからと全員捕縛されてしまい、一行は移送用の小さな船に押し込まれ、戦艦へと運ばれて行った。