04.悪者は誰か
「くっそぉ……あ〜、ほんっとムカつくぜ!」悪態を吐きながら、スパーダは壁に何発目か分からない蹴りを叩き込む。
戦艦の中にある牢に男女別々に閉じ込められた一行は、その様に溜息を吐く。
「ごめん、スパーダ……」
「なんでお前が謝るんだよ。オレが腹立ててるのはあの女! 関係ねぇ人を人質になんか取りやがって……そういう汚ェやり方、オレは大ッ嫌いなんだよ!」
「戦に汚いもクソも無い。圧倒的に戦力が違うのだ。この場合、仕方あるまい」
「まあ、隙を見て逃げ出せるように、今は無駄に体力を使うのだけは避けようよ」
「それにしても、コーダ腹減ったんだな、しかし。いつまで飯抜きか、しかし……」
コーダの嘆きとお腹の音を聞いて、ヴィスは指を鳴らした。
現れたおにぎりを差し出すと、コーダがそれに飛び付く。
「助かったんだな、しかし。持つべきものはヴィスなんだな、しかし!」
ヴィスはその賛辞に微笑を返しつつも、憂いを帯びた顔で再び溜息を吐いた。
チトセのこのやり方はどうかと思うが、彼女の行動が全く理解出来ない訳でもない。
彼女はひたすらに善意でやっているのだ。彼女なりにアスラ──その転生者であるルカを守ろうとしている。
チトセの前世、サクヤの人生は、それはもう悲しいものだった。
アスラを慕っていながら、そのアスラの為に身を引いた女。自らの幸せよりも、アスラの幸せを願った優しい女。
なのに、その先に待っていたのは、最愛の人の非業の死。
彼女の無念が、後悔が、どれほどのものだったかは、想像に難くない。
もう二度と、あんな風にはさせない。絶対に、同じ過ちは繰り返さない──チトセの言動からは、その強い決意が見て取れる。
「……チトセちゃんもこっちの仲間になってくれたらいいのになぁ」
「はぁ? 何言ってんだよお前、冗談じゃねーぜ! こんな真似するような女を仲間になんか出来るかよ!」
「でも、悪い子じゃないんだよ。追い詰められて、やり方がちょっと過激になってるだけで……俺はその気持ち、ちょっと分かるから」
「気持ちが分かる、だと? お前も惚れた相手を手に入れる為なら、脅して連れて行くことも辞さないのか?」
「そうじゃないよ〜。チトセちゃんが本当にただそれだけの為にやってるなら、話は変わってくるけど……そもそも、俺は恋とかしたこと無いから、そういう感情については何とも言えないよ」
「え? ヴィスさん、恋をしたことがないの? 一度も?」
「マジかよ。恋人はともかく、好きな奴くらいは居るだろ、普通」
「好きな人なら居るよ? 俺はこの世界のみ〜んなが大好きだから。でもチトセちゃんみたいに、特定の誰か一人を特別好きになったことは無いなぁ。スパーダくん達にはそういう人が居るの?」
「少なくとも、ルカくんには居るだろうね」
「えっ!? なんで僕!?」
「まあ、一番分かりやすい例ではあるな」
「ちょっと、あたしが居ない所で、な〜に面白そうな話してるのよ?」
不意に鉄格子の向こうからそんな声が飛んできた。
見れば、隣の牢に入っていた筈のイリア達が並んでいる。
「あれ? イリアちゃん達、どうやって出たの?」
「あんなぁ、キュキュねーちゃん凄いんやで! 針金一本でチョイチョイっと……」
「そうそう。見るも鮮やかに、牢屋の鍵を開けて下さったんです」
「おいおい、やるじゃんお前! さっさとこっちも開けてくれよ!」
鉄格子越しにスパーダに頼まれたキュキュは、したり顔でそれを見る。
「うん? 開けて欲しいか? ヘンな帽子も? ふ〜ん、そうか。開けて欲しいか……」
「欲しいに決まってんだろ。さっさと開けろよ!」
「それは命令。お願いと違う。キュキュは、助ける。だたら、ヘンな帽子は、キュキュにお願いじゃないか?」
「……おいコンウェイ、こいつ何言ってんだ?」
「キミがカリュプス鉱山で、彼女のこと得体が知れない≠ニか言ったのを根に持ってるんだよ。彼女の民族は誇りが高いから、他人にお願いするのは余程の事なんだ。キミ、その彼女の誇りを懸けたお願いを、断ったと思われてるんだよ」
「そっ……そういうのは先に言えよ! じゃあ、こいつオレ達をここから出さないつもりか?」
「オレ達、じゃないね。キミだけだよ、彼女を怒らせたのは」
焦ったスパーダはキュキュに向き直り、深々と頭を下げて懇願。
機嫌を良くしたキュキュは、指先で弄んでいた針金を鍵穴に差し込み、難なく解錠する。
「助かった……有難う、キュキュさん」
「ヘンな帽子も、キュキュの友達!」
「もう許してくれたみたいだね」
「し、知らなかったとはいえ、悪かったな、怒らせちまってよ……」
「おい、貴様ら! 何をしている!?」
流石に堂々とし過ぎたのか、外を見張っていた教団の兵に見つかってしまい、一行はそれを蹴散らして逃走を開始する。
戦艦から脱出しようにも、周囲は大海原に囲まれている。逃げる為には足が必要だ。
移送の際に使われていた小型船を奪ってはどうかという話になり、それが格納されている船底を目指した。
「よし、これだな! おい、誰か船の操縦出来るか?」
「この程度の船なら、俺に任せてくれ」
「リカちゃん何でも出来るんだねぇ、頼もしい〜」
「この船、キュキュ達のものになるか!? それはいい!」
「そうはさせないわ!」
雑兵では太刀打ち出来ないと悟ったのか、チトセ自らが兵を率いてやって来る。
抵抗の意志を示すルカ達に、チトセはどうして分かってくれないのかと嘆き、やがてその瞳に狂気が宿る。
「そうよ……そうだわ。アスラ様は、そんな連中と一緒に居るから駄目なのよ……ねぇ、アスラ様、私と一緒に来て。さもないと、そいつら全員、この船諸共沈めるわよ」
「冗談じゃねぇぞ! そんな手に乗るかよ! ルカ、オレ達の事なんて気にすんな!」
「そうやそうや! こんなヤツの言うこと聞かんでええで、ルカにーちゃん!」
「外野は黙ってなさいよ……私はアスラ様に聞いてるの」
「……僕は……行かない」
「……アスラ様、私は本気なのよ」
天術か、或いは仕込みでもしてあったのか、突如爆発が起こり、戦艦のあちこちで火の手が上がった。
兵達は知らなかったのか、チトセの暴挙に慌てふためく。
「チトセ様、何をされます!」
「アスラ様が手に入るなら……こんな船や貴方達の命なんて、どうでもいいでしょ?
「そ……そんな……」
「さあ、アスラ様?」
転生者研究所で初めて出会った頃の彼女なら、ここまでの事はしなかっただろう。
チトセの言動にショックを受けていたルカは、彼女がもう以前の心優しい友人では無くなったのだと理解して、ハッキリと答える。
「行かないって言ってるでしょう。どうしてもと言うのなら……チトセさん、僕はあなたを倒す!」
「おたんこルカのくせによく言ったわ! 聞いたでしょう? ルカは行かないって!」
「……そう。やっぱりそいつらのせいなのね、アスラ様。だったら……未練が残らないように、そいつら皆殺しにしてあげる!」
前世の記憶が戻りつつある影響なのか、アシハラで対峙した時よりも、彼女は強くなっていた。
動きも、天術も、まるでそこに居るのがサクヤなのでは無いかと錯覚してしまうほど。
ルカ達にも前世の姿が垣間見える瞬間はあるが、彼女ほどでは無い。
これだけサクヤに寄っているのなら、サクヤの弱点がチトセにも通用するかもしれない。
そう考えたヴィスは指を鳴らした。
戦うルカ達の足元に、色鮮やかな花々が咲き乱れる。
「なんだあ!? 花!?」
「これは……!?」
「スキありッ!」
かつてサクヤがアスラの為にと、丹精を込めて育てていた花。
それを見て動きを鈍らせたチトセに、イリアが弾丸を撃ち込んだ。
怯んだ彼女にルカの追撃が直撃し、チトセは傷口を押さえて蹲る。
「おい、もう懲りただろ!」
「く……っ、アスラ様が手に入るまで、私は諦めない! 絶対に……!」
最後の抵抗か、チトセは更に戦艦を爆破して、素早く撤退した。
傾き始める戦艦から逃げようと、ルカ達も慌てて小型船に乗り込む。
「ヴィスにーちゃん、ボーッとしてんと早よ行かな!」
「うん……ごめん……」
船体が焼け落ちるその音に混じって、取り残された兵達の悲鳴が聞こえた。
どうして、という無数の声に強く後ろ髪を引かれながら、ヴィスはルカ達と共に火の手から逃れる。
「あう〜、もたいない! 大きな船……」
「命あっての物種だ。この船で我慢しろ」
「おいリカルド、今どの辺りだ? ガルポスの方角は?」
「このまま真っ直ぐ東だ」
リカルドの操縦で、小型船はどんどんと戦艦から遠ざかって行った。
燃え盛る船が見えなくなっても、立ち上る煙が狼煙のように、その存在を主張し続ける。
「……あの状況で全員を助けるのは無理だ。あと少し脱出が遅れていれば、俺達も危なかった。そもそも敵だぞ」
その光景をずっと眺め続けていたせいで考えを読まれたのか、舵を握るリカルドに慰めるように言われて、ヴィスは苦笑する。
「そうだね。分かってる。ただ、ちょっと昔のこと思い出しちゃって」
「昔?」
「あ、前世って言った方がいいかも。ヒュプノスくんは先に亡くなっちゃってたから知らないだろうけど……天上界が滅んだ時もね、あんな風に、何が何だかよく分からないまま死んで行った人が、沢山居たんだよ」
転生者達が前世のことを覚えていてくれた事は、ヴィスにとっては嬉しい事だった。
けれどチトセが凶行に及んだのは、偏にその前世の記憶のせいだ。
それさえ無ければきっと、彼女は元の心優しい少女のままで在れただろうし、教団兵達がこんな死に方をする事も無かったのだろう。
「前世の記憶なんて無い方が、皆にとっては良かったのかもね。転生者じゃなくて、普通の人として生まれてきた方が、幸せになれたのかも。リカちゃんはどう思う?」
「…………」
「……リカちゃん?」
「……ああ、すまん。そうだな、前世の事など、忘れたままで居た方が良かったのかもしれん」
もしそうだったなら、こんな風に思い悩むことも無かっただろうに。
以前ナーオスの図書館で話した時のように、また難しい顔をして押し黙るリカルドを見て、ヴィスは首を傾げた。