04.悪者は誰か

砂浜に寄せては返す波。
大きな葉を茂らせる背の高い木々。
天頂から燦々と降り注ぐ太陽の光。

小型船から降りた一行を迎えたのは、そんな風景だった。
うだるような暑さに、慣れていない者は早速弱音を漏らす。

「このガルポスは十年ほど前の戦で敗北し、それ以来、王都の植民地になっている」

「レグヌムの植民地か……でもよ、言葉の物々しさとは雰囲気が随分と違うよな」

「王都の管理政策が上手くいっている証だな。それに植民地を締め付けず、それなりの豊かさをアピールすれば、他国も降伏しやすくなるというものだ。別にガルポスの事だけを考えた政策では無いだろう」

「でも皆、陽気で朗らか……戦場が遠いから、心に余裕があるみたい」

「陽気と言えば聞こえはいいが……戦時下のこのご時世に、この緊張感の無さ……俺には馴染まんようだ」

「リカルドは根っからの傭兵だね。やっぱり戦場が恋しいの?」

「人をトリガー・ハッピーのように言うんじゃない。だがまあ、傭兵は天職なんだろうな」

「それで、ここでもまた二人一組で情報収集するの? それなら俺はコンウェイくんとキュキュちゃんと一緒がいいなぁ〜」

「三人になってんじゃねーか。まあ、とりあえず今回もコイントスで……っておい!」

着いた時から漂って来ていた甘い匂いに、我慢の限界が来たコーダは駆け出す。
エルとキュキュもそれに続いたので、コイントスは中断して皆それを追いかける。

二人と一匹は露店の前に群がっていた。
店前には瑞々しい果物が山のように置かれている。

「なー、おっちゃん、果物一個くらい分けてーなぁ」

「わけてーなぁ!」

「ダメダメ! これは売り物じゃないんだ。グミに加工して、戦場に出荷する為のものなんだからさ」

「ケチなんだな、しかし」

「ケチで結構! 今シーズンは特に被害が大きくて、収穫ノルマに届かないんだから……」

「なんや被害って。台風でも来たん?」

「台風じゃないよ。北のジャングルからガキと二匹の犬が現れて、果樹園を荒らすのさ。言わば獣害ってヤツだな」

店主曰く、その子供はジャングルの動物達を連れ立ってやって来て、果物を食い荒らすらしい。
犬が凶暴な上、罠にもかからず、手をこまねいている内に、収穫が半分まで減ってしまったのだと言う。

「そんな訳で、果物は一つでも貴重でね。分けてあげられないんだよ」

「ガキと犬さえおらんかったら、ウチもこれ食べられたんかあ……」

「食べられたんかぁ……」

「食い物の恨みは恐ろしいぞ、しかし!」

どうしても果物を諦められない様子のコーダ達は、犯人探しだと言って果樹園に向かった。
ここへ来た本来の目的などすっかり頭から抜け落ちている様で、皆は全く仕方がないといった様子でそれに付き合う。

「そもそも、果物ならヴィスの天術で出して貰えばいいんじゃないの?」

「ああ、その手があったわね。ヴィスさん、お願い出来ませんか?」

「果物なら出せるけど、ガルポスの果物ってなると、俺はまだ食べたことないから……味が分かれば再現出来るんだけど」

「えー? じゃあ一つくらい盗んじゃえば? 今なら果樹園荒らしの犬男のせいに出来るでしょ」

「イリア、流石にそれは……」

「冗談よ、冗談!」

目が本気だ。アンジュはそう思ったが言わなかった。

水分補給用の飲み物くらいなら出せるからと、ヴィスが用意したジュース片手に奥へと進んだ一行は、道中でその果樹園荒らしの犯人と出会す。

「え〜い、このぉっ! クソクソクソッ! こんなの、こうしてやる!」

「あ! あいつら……!」

「! やっばい、見つかった! ケル、ベロ、逃げるぞ!」

張り巡らされた罠を壊し、果物片手に全力で逃げていったのは、ケルベロスの転生者シアンだった。

子供と犬二匹と聞いた時からその可能性は考えていたが、どうしてこんな所に居るのだろうかと皆は首を捻る。

「他人様に迷惑かけよってからに……ちょっと一遍とっちめたらんとあかんなぁ」

「えっと……記憶の場は?」

「ウチお腹空いて気立ってんねんけどな。ルカにーちゃん、何?」

「え……いや、何でもないよ! さあ、行こうか! あはははは……」

情けない。言い包められたルカを見て皆は思ったが言わなかった。

先の露店の店主の証言からして、シアンが逃げた先は北のジャングルだろうと、一行はそちらへ向かう。
ジャングルの入口には人工物であろう石柱が半壊した状態で残っており、アンジュはそれをしげしげと観察する。

「……やっぱり、ガルポスにも天上界との接点はあったようね」

「ってことはそれ、アシハラやガラムにあったのと同じ遺跡の一部なのか?」

「ええ。長年風雨に晒されたせいで、上手く読み取れないけど……刻まれているのは間違いなく天上界の文字。近くに記憶の場もある筈よ」

「んじゃあ、ここでの目的は二つ。犬退治と記憶の場探しって事で」

好き勝手に群生している植物や野生動物に手を焼きながらも、一行は注意深く周囲を観察しつつジャングルの奥地へ進む。

途中ジャングルには似つかわしくないテントを見つけたので立ち寄ってみると、野性味溢れる出で立ちの老人に出迎えられた。

「ほほう、ユー達! ワシのフリーダムに溢れたソングをリスニングしに来たんじゃな!」

「はい? ええっと……一体どういう……」

「皆まで言うな! ユー達のようなヤングな若者は、誰しもが皆人生に思い悩むもの。さあ! ワシの魂のソングを聴くがいい!」

ルカの疑問には全く取り合わず、老人はデタラメな歌を披露し始める。
触れてはいけないとアンジュ達は記憶の場探しに戻ろうとしたが、それを聞いた老人は皆を引き留める。

「止めとけ止めとけ。ジャングルの奥は、人の手の届かぬ獣のワールド。無法のワールド。ワシやあの子供のように、フリーダムでピュアでハートを持たねば、たちまち自然が牙を剥く」

「あの子供って……ひょっとして犬連れた?」

「ほうほう、あの子をご存知か。シアンという名の不憫な子。ならばあの子の物語、暫し語ってしんぜよう。──あの子は母親の胎内から、二匹の犬と共に生まれ出たのさ」

「犬と一緒に生まれたぁ!? 転生者とは言え、生まれた時からインパクトあるなぁ……」

「勿論、鬼子扱いされてなぁ。人里離れた僧院に預けられた。じゃが、そこで悲劇が起こってなぁ……ある日、犬を危険と感じた僧が処分しようとしたところ、逆に噛み殺されてしまったのじゃ。そのままシアンは僧院を飛び出し……以来、天涯孤独の身」

「あんな小さな子に……それは気の毒ね」

「親の愛も友の愛も知らずに育ったシアンは、ピースフルなハートがパーフェクトにナッシングなのじゃ。だからワシは、シアンの為に歌を作ったのじゃよ」

咳払いをして再び歌い始めようとする老人を、イリアがそれはもういいと一喝して止める。

「ほんでじーちゃん、シアンは何で果樹園を襲うんやろか?」

「王都のプランテーション経営は、このジャングルを切り開いて行われとるのじゃ。人々は恩恵多きジャングルの木々を伐採し、動物達のホームを奪っておる」

「つまり、あいつが果樹園荒らすんは、動物らの家を守る為なんか……ほんなら、本気で悪い奴っちゅう訳でも無いんかも」

「だからと言って、他人に迷惑をかけていいという法は無いだろう。ガキには人の道理を教えねばな」

シアンの身の上と抱える事情を知った一行は、お仕置以外の目的を持って、再び彼と記憶の場の捜索を開始した。

老人の言っていた通り、奥に進めば進むほどその道程は険しくなったが、何とか記憶の場のある祭壇まで辿り着く。

「ん〜、結局シアンくんは見つからなかったねぇ、残念」

「コーダも残念だな、しかし。ヴィスも果物の恨みを晴らしたかったんだな、しかし」

「俺は果物はどうでもいいんだけどね。シアンくん達には会いたかったなあって」

「キミ、前にレグヌムの鍾乳洞で彼らと会った時も嬉しそうにしてたけど、特別に好きな人は居ないんじゃなかったの?」

「特別扱いしてるつもりは無いんだけど……でも、思い入れは強いかな。ケルベロスには凄くお世話になったし、一番付き合いの長かった子だから」

「へー、そら珍しいなぁ。ケルベロスは滅多に人付き合いなんかせぇへん──ちゅうか、したくても出来へんかったのに」

「したくても出来ない? どういうこと?」

「ケルベロスは創世力の番人やったからなぁ、誰か来ても基本的には追い返さなあかんかってん。天上界に居った時は、何遍転生してもケルベロスはケルベロスのままやったから、お役目からは逃げられんで、ずーっと独りやってんで」

「そうなんだ……確かに、アスラが創世力を貰いに行った時にも、ケルベロスの他に誰かが居たりはしなかったなぁ」

「つまりあいつは、前世でも現世でも孤独な訳ね……あいつがマティウスに従ってるのは、他に縋る相手が居なかったからなのかも」

「けっ、胸糞悪ィな。心の弱みに付け込みやがってよ……」

──ところで、今ヴィスは明らかに前世の自分を覚えている発言をしたが、誰もそこにはツッコまなくていいのか?

語らう皆の意見を聞きながらリカルドは思っていたが、シアンに意識が向いているルカ達がそれに気付くことは無かった。
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