04.悪者は誰か

今回の記憶は、創世力の使い方について議論するアスラとオリフィエルのものだった。

ケルベロスに伝えられた創世力の使用に関する言い伝え。アスラはそれを「生贄を捧げろ」と読み解いたらしいが、オリフィエルは別の見解を示す。

「謙信と信頼、その双方を満たす者──つまり、己の半身と成り得る程の近しい者と共に、力を行使する。そういう意味なのでは無いかと……」

「ハハハ、それは良い! 素晴らしい! 今の俺にならば可能だ! 恩に着るぞ、オリフィエル殿!」

アスラの満足気な笑い声と共に、記憶の再生は終了した。
ルカとイリアはそこから何かを思い出しそうになったが、場に現れたシアンによってその思考は打ち切られる。

「あ。自分、犬男って名前ちゃうかってんなぁ。えーっと、なんやったかいな……」

「ちゃんとシアンだって名乗っただろ! おかしなあだ名付けるなッ!」

「そう、シアンくんよ。おいでシアンくん、抱っこしてあげるから」

慈愛に溢れる笑顔と共に手を広げるアンジュに、彼女達の心境の変化の理由を知らないシアンはたじろぐ。

「な、何言ってるんだお前……ボクはただ、創世力の場所が知りたいだけだ! さあ、マティウス様に協力しろ!」

「君がどういうつもりか知らないけど……マティウスなんかの所に居ちゃ駄目だ」

「そうそう。お前、良いように利用されてんだよ、絶対」

「そんな言葉で惑わそうったって無駄だ。教団は、転生者を大事にするんだ。捕縛適応法からも守ってくれる!」

「教団に集められた転生者達も、適応法と同じように、研究所や軍隊に送られてるのよ。研究所であたし達ハッキリ聞いたの。マティウスは転生者を集める為の、教団の広告塔だってね」

「そんな訳無いだろ! ボクは騙されないぞ! バカにするな!」

「……なあ、もうバカでええやん? マティウスなんか放っといて、ウチらと来ぃやぁ。皆ええ人やで?」

優しく誘うエルマーナにも、頑ななシアンは首を縦には振らなかった。
威嚇するように身を低く屈めて、一行を睨みつける。

「生まれながらに不幸な転生者……人間の都合で不幸になる動物たち……皆を救う新しい世界が必要なんだ! それこそが、マティウス様の言う理想郷だ! お前達なんかに騙されるもんか! 行け、ケル! ベロ!」

「頑固なやっちゃなぁ。まあええわ。そっちがそのつもりなんやったら、こっちにも考えがあるで」

エルマーナはそう言って、近くに居たヴィスの腕を掴んだ。
そして、向かってくる犬目掛けて、思い切り投げ飛ばす。

「行け! ヴィスにーちゃん!」

「ええ!?」

ルカ達を襲おうとしていたケルとベロは、その直前で軌道を変えてヴィスの元へ。
狙いが上手くいったエルマーナはガッツポーズをして、孤立無援となったシアンに襲いかかる。

「だから何でそうなるんだよぉ!? ケル! ベロ! 戦え!」

「いやー、効果抜群やなぁ。そない美味しいんやろか? ウチも今度舐めてみよかな」

「あっはははは! やめ、やめてってば! くすぐったいよ!」

二匹の犬に舐め回されるヴィスの笑い声が絶え間なく響いているせいで緊張感も何も無いが、兎にも角にも一行は再びシアンと戦った。

集団で子供に暴行を加えているようにしか見えないその戦いはすぐに終わり、以前と同じく一方的にボコボコにされたシアンは泣き崩れる。

「なんで邪魔するんだよぅ……ボクには、ボクには理想郷が必要なのに……! この世界には、転生者が生きていける場所なんて無いのに……!」

「そんなことあらへんて、こっちにおいでぇや。アンジュねーちゃんに抱っこしてもらい? ほら見てみ、おっぱい大きいで?」

「む、胸の話はともかく……私達と仲良くしましょう? ね?」

「お前達に何が分かるんだよ! 生まれた時から皆に嫌われ、姿だって他人とは違う! こんなボクをわかってくれるのは……マティウス様だけなんだッ!」

そう言って駆け出すシアンを、ケルとベロが追いかける。
そして、何故か解放されたヴィスもそれに続いた。

追ってくるヴィスの足音に気付いたシアンは、振り返ってギョッとする。

「な……なんだよ、追いかけてくるなよ! お前のせいで全然勝てないじゃないか! 一体何なんだよお前ッ!?」

そう吠え立てていたシアンは、追いついたヴィスに手を取られた瞬間、ハッと息を飲んだ。

「怯えさせてごめん。その、君のこと心配で……」

それだけ言って、悲しげな顔で見つめてくる相手の双眸を、信じられない気持ちで見つめ返す。

「この気配……お前、まさか……? いや、でも……そんな筈……」

ヴィスは何も答えず、ただじっとシアンを見つめ続けるだけ。
ケルとベロはその傍らで、どちらに従えばいいか決めあぐねているかのように、二人の間で視線を彷徨わせている。

「もし本当にそうなら……なんでこんな所にそんな姿で……? いや、この際もうそんなことはどうだっていい。お前がそうなら、今すぐボクの願いを叶えてくれよ!」

両腕を掴んで縋るように言うシアンに、ヴィスは悲しげな表情のまま答える。

「それは出来ないって、君が一番よく分かってるでしょ」

「────ッ!!」

シアンの瞳が大きく見開かれた。
口をわななかせ、滲み出た涙が頬を伝い落ちる。

「何でだよ……なんで……なんでボクばっかりこんな目に……! 全部、全部お前のせいじゃないかッ!!」

ヴィスの体を突き飛ばして、シアンは再び走り出した。
二匹の犬がその後に続いたが、ヴィスはそれ以上彼らを追いかける事はしなかった。

やがて追いついたルカ達が、一人佇んでいるヴィスを見つける。

「ヴィスさん! 一体何があったの?」

「急に走って行くもんだから、吃驚したわよ……暑いし疲れたし、あたしもうクタクタ……」

「そうね……ちょっと休みましょうか……」

疲労困憊な様子でその場に座り込む皆に、背を向けていたヴィスは少しの間を置いて振り返り、眉を下げて笑う。

「ごめんごめん。追いかけたら捕まえられるかなーと思ったんだけど、結局逃げられちゃった」

「残念なんだな、しかし。捕まえたらフルーツが食べられたのにな、しかし」

「まあ、今回はあんなもんでええんちゃう? そのうちまたどっかで会えるやろ」

「つーかよ、追いかける前に、お前はまずそのヨダレまみれの体を何とかしろよ……」

「あ、ホントだ。じゃあちょっと川でも探してくるね〜」

そう言ってガサガサと草木を掻き分けて行くヴィスを見て、リカルドも静かに輪から外れた。

服のままバシャバシャと川で水浴びをしていたヴィスは、リカルドに気付いて手を振る。

「リカちゃんも水浴び? 暑いもんねぇここ」

「いや。俺はこの程度の暑さならまだ耐えられる」

「ほんと? 我慢強いね〜。リカちゃんより薄着のイリアちゃんでも、すっかりバテてるのに」

汚れを落としたヴィスは川辺に上がり、水を含んだ髪と服を絞る。

「──で、どうしたの? 何か俺に用?」

単刀直入に聞いてくるヴィスに、リカルドは逡巡の後、口を開いた。

「聞いていい事かはわからんが……シアンに何か言われたのか?」

「……えーっと、何かとは? リカちゃん達の役に立ちそうなことは何も言ってなかったよ」

「そうでは無い。……お前が、ガラムの宿で嫌な夢を見たと言っていた時と同じ顔をしていたから、少し気になっただけだ」

余計な世話かもしれんが、と言うリカルドに、ヴィスは驚きを隠さずに答える。

「そんなの分かるの? リカちゃんって本当に凄いねぇ」

「長いこと傭兵をやっていれば、相手の表情から思考を読み取るのはそう難しい事じゃない。嘘を見抜く力が無ければ、命を落とす事もあるからな」

「へぇ〜、そういうものなんだ。傭兵って大変なんだね」

「まぁな。──それで、何を言われた? 話したくない内容ならそれでいいが、話した方が気が楽になるのなら話せ。今なら聞いてやる」

ぶっきらぼうな優しさを見せるリカルドに、ヴィスはそれが可愛くてしょうがないといった様子でクスクスと笑った。

「君はいっつも他人のことばーっかり。自分は誰にも相談しようとしないのにね」

「……何の話だ」

「リカちゃんも悩んでることあるんでしょ? ナーオスからアシハラに向かうちょっと前くらいから、たまーに考え込んでるよね。ガルポスに着いてからは、ずーっと眉間にシワが寄ってるし」

「……それはお前の思い過ごしだ。ここに来てからは、単に日差しが眩しくてそうなっているだけで、俺には別に悩みなど無いさ」

「そっかぁ。まあ、リカちゃんがそう言うんなら、そうなんだろうね。リカちゃんが大丈夫なら、俺はそれでいいよ」

でもね、と、脱いだ靴を逆さにして、中に入った水を流しながら、ヴィスは続ける。

「前に俺が言ったこと忘れないで。俺は、君にもちゃんと幸せになって貰いたいんだよ。他の誰かの為にその身を磨り減らすような真似は、出来ればもうしないでね」

「……………………」

「全然的外れな意見だったら、聞き流してくれていいよ。こういうのこそ余計なお世話かもしれないし。鬱陶しかったらごめんね? どうにも心配で」

────長い沈黙があった。

その後に、頭を抱えたリカルドが深い溜息を吐く。

「……俺は俺の話ではなく、お前の話を聞きに来たんだがな」

「あ、うん。ごめん」

「そうやって話を逸らすのは、話したくないという意思表示か? なら素直にそう言え。お前が嫌なら、深く追求するつもりは無い」

「いや、その、嫌とかじゃ無いんだけど……そういう心配ってされた事ないから、どういう風に答えたらいいのか分からなくて……」

「俺も、お前が大丈夫ならばそれでいい。……大丈夫なんだな?」

確認するように言われて、もじもじと己の指同士を絡ませていたヴィスは、言葉を選ぶようにゆっくりと話す。

「大丈夫なんだけど、ちょっと、分からなくなって来たなーって」

「? 何がだ?」

「創世力って、あった方が良いと思う?」

突然の問いに、リカルドは目を瞬かせた。

「……創世力は世界を滅ぼす力だろう? ならば、考えるまでも無いと思うが」

「あ、そっか。リカちゃん達の認識って、まだそんな感じなんだっけ? 実際は違うんだよ。あれは、世界を創り替える力だよ」

「世界を創り替える力……? それが事実なら、天上界の崩壊は何故起こった? 」

「あー、えーっと、それについてはまた今度ね。──とにかく、俺は創世力って、皆を幸せにする為のものだと思ってたんだ。でも、実際は創世力のせいで、皆不幸になっちゃったのかなって」

天上界が滅んで、沢山の人が死んだのも。
その影響で無恵が起こり、地上が荒れ果ててしまったのも。
転生者として生まれた人が、今こんなに苦しんでいるのも。

全ては創世力があったせいで引き起こされたもの。

「これまでは、どうすれば創世力で皆を幸せに出来るのかって考えてたんだけど……いっそ無くなるのが一番良いんじゃないかなって……」

「……俺は創世力についてはそれほど詳しくも無いんでな。お前のその質問には答えられんが……それより、俺はお前の様子がおかしいのはシアンに何か言われたせいだと思っていたんだが、違うのか?」

「え、違わないよ?」

「だったら先ずはそっちについて説明しろ。無関係の壮大な話を突然持ち出すな。創世力の是非など、こんな所で二人だけで話すようなものでも無いだろう」

「………………えっと」

「話す気が無いのならもういい。戻るぞ」

「あ、待って待って。ごめん。話す気がないとかじゃない……んだけど……」

何と説明すればいいのか分からない。

このままではリカルドの優しさを無下にしてしまうと、ヴィスは必死に適切な言葉を選ぼうとしたが、考えれば考えるほどに思考は纏まらなくなっていく。

「あの、俺、本当にリカちゃんのその気持ちは凄く嬉しいし、察しがいいのも優しいのも素晴らしい事だと思うし、信頼もしてるんだよ。ただ俺が上手く説明出来ないだけで、リカちゃんに話したくないとかそう言うんじゃ無いから!」

信じて、と必死に訴えるヴィスに、服を掴んで引き留められているリカルドは困惑気味に頷く。

「よく分からんが分かった。分かったから離せ、服が伸びる」

「あ、ごめん」

縒れたコートの襟を直しながら、リカルドはここに来る前より深刻な顔になってしまったヴィスを見て、再び溜息を零した。

「いや本当にごめんね、何から何まで……」

「……別に、お前にうんざりしたという意味の溜息ではない。色々ありすぎて疲れただけだ。変に勘ぐって謝るな」

「う〜、ごめんなさい」

「…………」

「──じゃない、今のナシ! とにかく、俺もう元気! 大丈夫! リカちゃんのお陰! 有難うね〜!」

取って付けたような雑な締めくくり方をされて、リカルドは三度溜息を吐いた。
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