05.未だその心は知れず

ルカ達が運ばれてきたのは、ガルポスから遥か遠く離れた北の孤島だった。
肌寒い気候でそれを悟ったイリアは、グリゴリ兵と並び立つリカルドを睨む。

「ここはグリゴリの隠れ里。お前達はここで過ごす事になる。自由にして構わんが、暴れたりはするなよ。お前たちの天術は、いつでも封じる事が出来るのだからな」

「ハッ! 念の入ったこったな。あんたは大金せしめて、ガルポス辺りで悠々と暮らすのか?」

「スパーダくん、リカルドさんを責めないで。何か事情があるみたいだし……」

「せやけどアンジュねーちゃん、このおっちゃん、ウチらを売ってんで?」

「フン、何とでも言うがいい」

「……あれ? ヴィスさんは?」

踵を返して立ち去ろうとしたリカルドは、ルカの疑問に足を止めた。

「そういや居ねぇな。どこ行ったんだ?」

「まさか一人で逃げたんじゃあ……」

「ボクとキュキュだけならともかく、ルカくん達を置いて逃げたりはしないと思うよ、多分」

「リカルドさん、何かご存知ありませんか?」

「…………」

「あっ、逃げんなコラァ! 勝負しやがれ、てめぇ!!」

「リカルドのアホーッ!!」

去り行くリカルドの背に、イリアとスパーダは思いつく限りの罵詈雑言を飛ばした。
ルカは「これからどうなるだろう……」と弱々しく呟き、アンジュとエルマーナがそんな三人の背を文字通り押していく。

一方、船着き場に残ったままのコンウェイに、ガルポスからずっと不機嫌なままのキュキュが詰め寄る。

『どうしてあの時、キュキュを止めたの? キュキュなら勝てたのに……!』

『そう怒らないでよ。キミの民族が誇り高いのは知ってるから』

『キュキュが捕虜になるのは許せない。でも、友達が捕虜になるのは、もっと許せないの! ルカ達まで捕まるなんて……』

『やれやれ……キミはこの世界の事、あまり学んで来なかった様だね』

一行の中でただ一人、この展開を予期していたコンウェイは、無知を馬鹿にされて更に逆上するキュキュを落ち着かせる。

『今はこれでいいんだよ。こうしないと、話が先に進まない。……でも、彼の事だけは依然として分からないな。──キュキュ、キミはヴィス・クレアーレという人物について、事前に何か知っていたかい?』

『いいえ? 無垢なる絆の主な登場人物の事ぐらいは、頭に入れてきたつもりだけど……彼については何も』

『やっぱりそうか……』

コンウェイとキュキュの故郷、トライバースにおいては、この世界で起こる大凡の事柄は、神話として書に記されている。

それを学んだコンウェイにとって、ルカ達がグリゴリの里へ連れて来られるこの流れは、予定通りだ。
だが、その時に仲間の一人が欠けるような記述は無かった筈。

(彼の存在が、ルカくん達の旅において重要な要因となるのなら、必ずその存在が書に記されている筈……全く記述が無かったという事は、彼はここで離脱するのか……?)

ここまでの旅で、ヴィスの行動が大きく物語を動かすような事は無かった。

行き先や目的を決める時も、立ちはだかる敵を倒す時も、彼はあくまでルカ達のサポートをするだけに留めている。傍観者である自分達と同じように。

このままここで居なくなるのなら、神話として遺すほどのものでもないと判断されて、存在を抹消されていてもおかしくは無いのかもしれないが。

(……でも、名も無き大衆の一人にしては、彼の能力は色々と突出し過ぎている。あの天術も、異界の気配に気付ける事も……脇役に過ぎないのだとしても、名前ぐらいは残っていてもおかしくは無いと思うんだけどな……)

それに、以前ガラムの温泉で見た、彼の腕の痣。
あれはどこかで見た覚えがある。恐らくは、無垢なる絆について調べていた時に読んだ書物にでも載っていたのだろう。

ただ、それがどんな内容のものだったのかまでは覚えていない。
覚えていないということは、それほど大した内容では無かったのだろうが、気にはなる。

(こんな事なら、幾つか本を持ってきておけばよかったかな)

そう易々と二つの世界を行き来出来る訳でもない以上、今更取りに帰る訳にも行かず、コンウェイはいつか思い出せる事に期待するしかなかった。







「他の人間共が創世力に関心を持ち始めておる。最早一刻の猶予もならん」

グリゴリの里の一角で、リカルドとガードルは顔を突き合わせていた。

部屋の小窓から外──主にルカ達の様子を窺いながら、リカルドは先のガードルの発言に言葉を返す。

「どうすると言うのだ。あの子達の拘束に何の目的がある?」

「知れたことよ。奴らの記憶をそっくり頂く。その為の手術を施させて貰う」

「そんな事が出来るのか……? いや、それより手術だと!? あの子達の命は保証する約束だそ」

「案ずるな。体に影響は出ない筈だ。恐らく……な」

「このままあの子達を泳がせ、全ての記憶を取り戻させてから、情報を聞き出せばいい。手術など不要だ」

「一刻の猶予も無いと言ったろう。手っ取り早く手術させて貰う」

「しかし……ッ!」

「くどいぞ! オレが保証したのは命だけだ。他がどうなろうと知らん。それに、教団や軍に利用されるよりは、ここで静かに余生を過ごす方が、奴らにとっても幸せというものだ」

リカルドは納得出来ないと断固反対したが、ガードルは聞く耳を持たず、次の任務を押し付けて去って行く。

「……ッ、くそ……ッ!」

一人静かな部屋に残されたリカルドは、石造りの壁に拳を叩き付けた。

────かつての兄は、あんな風では無かったのに。

天上界が在った頃、ラティオに暮らす神々の多くは、地上の事も、そこに住まう人間の事も侮蔑していた。

それ故に、人の魂を天上界の維持や戦争の道具に使う事にも、疑問や躊躇いを感じてはいなかった。
それが一般的な価値観で、リカルドの前世たるヒュプノスもその例に漏れなかった。

だが、兄タナトスは違った。
当時の彼の目に、地上がどんな風に映っていたのかは分からないが、彼は地上に罪人の流刑地以上の価値を見出していた。

人間に無体を働く神々を嫌い、人間の魂を狩る仕事を嘆き、いつしかその役目を放り出して、彼は一人地上へと降りた。

誰も彼に理解など示さなかった。すぐに嫌になって戻ってくるさと言う者も居た。だが、タナトスが戻ることは終ぞ無かった。

兄を慕い、誰よりも兄を理解していた筈のヒュプノスでさえ、その行いだけは最期まで理解することが出来なかった。
出来なかったけれど──他の皆が切り捨てたものを拾い上げ、それを愛し、育むことを選んだ兄の事は嫌いではなかった。

なかったのに。

「そんなにも……そんなにも、天上人が憎いのか、兄者。転生者であったとしても……今この時を生きる彼らは、貴方が愛した地上人と何ら変わりは無いだろうに……!」

相手の意見も聞かず、一方的に奪うやり方は、かつて貴方が嫌ったラティオの者達と同じだろうに、どうして。

どれだけ考えようとその答えは分からず、リカルドは納得がいかないまま、それでも今は兄に言われるがままに動くしかなかった。
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