05.未だその心は知れず

「な、なんだ!? 誰だ貴様──ぐあっ!」

突然、背後に居た兵がそんな声を上げて倒れた。

驚くリカルドと学者達の耳に、続けてパチンという音が届き、それを認識したと同時に、リカルド以外の全員が鎖で拘束される。

四肢の自由を奪われた者達は、まるで蛇のように蠢く鎖に為す術なく床に引き倒され、誰も彼もが床や机に頭を打ち付けて昏倒。

立っているのが自分だけになってしまったリカルドは、困惑しながらも振り返る。

「やっと見つけたよ〜、随分遠くまで来てたんだねぇ」

あっという間にグリゴリ兵達を鎮圧した男──ヴィスは、どこか疲れた様子でそう言って笑った。

考えていた事も何もかも消し飛んでしまったリカルドは、呆けた顔のまま何とか言葉を絞り出す。

「お前…………どうやってここに…………」

「あ、聞く? 大変だったんだよ〜。グリゴリの里っていうのが何処にあるのかも分からなかったし、場所が分かったと思ったら今度は滅茶苦茶遠いしで。ここに来るまでちょっとした大冒険だったよ」

「そうか…………」

マティウスはどうしたのか、とか。怪我はしていないのか、とか。他にも色々と、聞きたいことは山のようにあるのだが。

あまりにもいつも通りなヴィスの態度に、真剣に取り合うのが馬鹿らしくなってしまったリカルドは、緊張の糸を切らしてその場にへたり込む。

「リカちゃん大丈夫? ──って、うわ! ルカくん達どうしたの!? えっ、まさか、し、死んで……」

「勝手に殺すな。……眠っているだけだ」

「あ、ホントだ息がある……良かったぁ〜、ビックリした〜」

「俺の方が余程吃驚したが……まあいい。来たからには手伝って貰うぞ」

「え、何するの?」

「ルカ達を運び出す」

それを聞いたヴィスが何やら悲しそうな顔になるのを見て、己の言葉足らずに気付いたリカルドは付け加える。

「外に停めてある船に、だ。他の連中に気付かれる前に、さっさとこの里を出るぞ」

「あ、そっちかぁ。でもいいの? リカちゃんの目的は?」

「目的なら果たした。……期待していたものとは違ったがな」

「ふぅん? じゃあまあ、運ぼうか〜」

普通に運び出してはバレてしまうからと、ヴィスの用意した麻袋に1人ずつ入れて、それらを荷車に乗せて運び出す事に。
昏倒させたグリゴリ兵の服を剥いで、それに着替えたヴィスは、リカルドと共に早足で船に向かう。

幸い港の近くに人影は無く、見咎められるようなことは無かった。
リカルドは錨を上げてロープを外し、手早く船を発進させる。ヴィスは麻袋からルカ達を出して、用意した毛布の上に寝かせた。

これだけ動かしても、ルカ達は全く起きる気配が無い。
追っ手が来ていない事を確認しつつ、いつもの服に着替えたヴィスはリカルドの元へ。

「リカちゃん、ルカくん達全然起きないんだけど、何があったの?」

「ガードルはルカ達の記憶を抽出する手術を行うつもりだった。抵抗されては困るからと、食事に睡眠薬を盛るよう指示を受けてな。本来はそのまま手術室に運び出す手筈だった。そこにお前が来たんだ」

「そうだったんだ〜。じゃあ俺が来なかったらどうしてたの?」

「……さぁな。見ているだけだったのかもしれんし、阻止していたのかもしれん」

「決めあぐねてたってこと?」

「ああ。だがお前がグリゴリの兵達を倒したのを見た時、どこか安心したんだ。つまり、そういう事だったのだろうな」

「そっかぁ〜」

隣で操縦する様を物珍しそうに眺めてくるヴィスに、進行方向を向いたままのリカルドが尋ねる。

「……お前は怒らないのか?」

「え? 何に?」

「俺のした事に。ルカ達は程度に差はあれ怒っていたぞ。或いは呆れるか、軽蔑するか……それが普通の反応だろう」

「まあ幽閉とか、食事に睡眠薬はちょっとやり過ぎだよね〜。でも俺はリカちゃんに何もされてないもん。だから怒る理由が無いよ」

「だとしても、俺は自分の目的を果たす為に、お前達を利用したんだぞ。場合によっては死んでいた可能性すらある。怒る理由など、それだけでも十分だろう。それとも、お前は元々俺の事を信用していなかったのか?」

「信用してなかったと言うか……リカちゃんが何をしたとしても、それも含めてリカちゃんでしょ? リカちゃんが自分で考えて、自分で決めてする事に、俺は怒ったりはしないよ」

「……それでお前が死ぬような目に遭ってもか?」

「うん」

即答されて、リカルドは言葉に詰まった。
気を遣われているのかと思ったが、見る限り無理をしている様子は無い。

「それで何か困ったことになったら、自分でどうにかするよ。ほら、今回だって大丈夫だったし」

「俺が勝手な事さえしなければ、そんな苦労もせずに済んだんだぞ」

「でも、それだとリカちゃんの目的が果たせなかったんでしょ? なら仕方ないよ〜」

仕方が無いで済ませていいような話では無いと思うのだが、どうやらヴィスと自分とでは感覚が違うらしい。
リカルドは溜息混じりに「寛大だな」と呟いた。

「リカちゃん溜息ばっかり。俺にうんざりしてる訳じゃないって言ってたけど、絶対俺が原因だよね、それ」

「うんざりはしていない。ただ、お前と喋っていると疲れる」

「えぇ……? 余計に酷かった……じゃあ、もう静かにしておきます……」

とぼとぼとルカ達の方へ戻ろうとするヴィスに、リカルドがぽつりと独り言のように言う。

「……いっそ嫌われた方が楽だ」

ヴィスの耳がそれを拾った。
リカルドは独白のように続ける。

「お前のその行き過ぎた優しさが、俺には傷口に塩を塗り込まれているようにも感じるんだ。話していると自分が嫌になる。どうしてお前はそんな……こんな目に遭ってもまだ……」

一体どこに、そこまでする理由があるというのだろう。
つい最近出会ったばかりの、縁もゆかりも無い男を相手に、どうしてそこまで慈悲深く居られるのか。

それを聞いたヴィスは、振り返って答える。

「俺にとっては、君は昨日今日会ったばかりの、見ず知らずの男じゃないからだよ。俺のことストーカーって言ったの、覚えてない?」

「ああ……確かに言ったな。ヒュプノスのことをずっと見ていたんだったか?」

「そうそう。まあ、ヒュプノスくんの事だけじゃ無いんだけどね。アスラくんとかイナンナちゃんとか、他の皆のこともずっと見てたんだ。だから、俺にとっては馴染みのある人達なんだよ」

まあリカちゃん達はそんなこと知らないだろうし、前世と現世を一緒くたにされるの嫌かもしれないけど、とヴィスは苦笑した。

「天上界に居た時も、喧嘩したりすれ違ったり、君達には色々とあったけど……そういうのも含めて、俺は皆の事が大好きだった。皆の為に出来ることがあるのならしたかった。その気持ちは今でも変わってないよ。──だからね、今回の事も、リカちゃんがやりたい事の為に俺を利用したんだったら、俺としては全然構わないんだよ。寧ろ役に立てて嬉しいまである!」

えっへん! と得意気に胸を張ったヴィスは、でも、と眉を下げる。

「ルカくん達が悲しそうだったのと、リカちゃんがずっと苦しそうにしてるのは、見てて辛いかな。リカちゃんの目的って結局何だったの?」

「……兄の真意を知りたかったのだ。ガードルという男が、俺の知るタナトスのままなのかどうか、それを確かめたかった。タナトスの事は覚えているか?」

「うん、覚えてるよ〜」

「なら、お前には分かるだろう。タナトスは優しく、愛情深い男だった。間違ってもこんな……子供の命を脅かすような真似をする男では無かったのだ……」

リカルドは口惜しそうに言った。
現実を突きつけられても尚、まだそれを受け入れたくないという思いがある。

なんと声をかけるべきか悩んだヴィスは、結局何も浮かばずに、操縦桿を握るリカルドの手の甲に己の掌を被せる。

「……何だこれは」

「辛いのが良くなるようにおまじない。前にガラムでリカちゃんがこうしてくれた時、俺は楽になったから」

「ガキじゃないんだぞ。そんな子供騙しが通用するか」

「え〜? でも俺には効いたよ?」

「それはお前がガキだからだろう」

そうは言いながらも、リカルドは重ねられた手を振り払う事はせず、掌を裏返してヴィスの手を握り返した。

「……すまなかった」

「うん、いいよ」

大変だったね、とあやすような声色で言うヴィスは、子と言うよりも親の様だった。
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