05.未だその心は知れず

薬の効果がようやく切れて、ルカ達は順に目を覚まし起き上がる。

グリゴリの里に居たはずなのに、いつの間に船の上に移動したのか。何があったのかと疑問符を浮かべながら、リカルドとヴィスの姿を認めた皆はそちらに集まる。

「ヴィスにーちゃん! 無事やったんかぁ! 急に居らんなるから、心配したんやで?」

「ごめんね〜、心配してくれて有難う。ちょっとマティウスさんに捕まっちゃって」

「マティウスに!? ちょっと、あんたそれ大丈夫だったの!?」

「うん、全然平気。すこーしお話しただけで、すぐ解放されたよ」

「そもそも、何でお前だけ連れて行かれたんだよ?」

「多分、人違いみたいなものだったんだと思うよ〜。探してる人に似てたんだって。でも結局違ったから、じゃあもういいやってアッサリ放して貰えたんだ。そこからルカくん達を見つけるまでが大変だったんだけどね……」

「なんて言って、本当は敵と裏で繋がっていたりしてね」

「あ、そういう事言う? せっかく助けてあげたのに。次同じようなことがあった時、コンウェイくんは置いて行こうかなぁ〜」

「えっと、ヴィスさんが僕達を助けてくれたの? でも、それならどうしてリカルドと一緒に……?」

ルカのその問いにヴィスは答えず、回答権をリカルドに譲った。
リカルドはヴィスに語ったのと同じように、裏切りの理由とここに至るまでの経緯を説明して、皆に頭を下げる。

「すまなかった。幾重にも詫びよう。そして叶うなら、俺にお前達の夢を……お前達の未来を守らせてくれ」

「何だよ、あんたオレ達の話聞いてたのかよ」

「そこまで言われちゃ、許す他無いわね」

「では、契約続行ですね?」

「ああ、宜しく頼む」

どうなるのだろうと心配そうに話の行く末を見守っていたヴィスは、それを聞いて笑顔になった。

「ヴィス、嬉しいか? キュキュも嬉しい!」

「ね〜! これでまた皆一緒に居られるねぇ」

リカルドは本当にヴィスとマティウスは何も無かったのかと気にはなったが、当の本人がキュキュと一緒に踊り始めるのを見ていると、質問する気が削がれていった。

「え〜と、じゃあ、記憶の場を探す為に、テノスへ向かうんだっけ?」

「そうだ。だがテノス周辺は海上封鎖が今も続いている筈だ。だから、一旦マムートに上陸して……」

陸路で向かう、と続けようとしていたリカルドの言葉は、突然船を襲った振動と爆音に阻まれて消えた。

また砲撃かとルカ達は狼狽えたが、周囲に戦艦のようなものは見当たらない。
代わりに、船の遥か後方の空から迫り来る人影を捉えて、リカルドは舌打ち。

「もう追って来たのか……」

「貴様ら……逃がさん!」

海の上を滑空して来たガードルは、船に追いつくと甲板に静かに着地した。
かつての兄弟はそれぞれの武器を手に対峙する。

「フン、貴方も創世力を狙う俗物と変わらんな。かつての兄タナトスの面影は、最早無い」

「オレをそこらの有象無象と一緒にするな! その創世力が原因で天上界は消えた。地上で使えば、地上も消えるかもしれん……ならば封じるのみだ。それが地上の為だと、何故分からんのだ!」

「封じる……? そんな事出来るの?」

ヴィスの疑問が口を衝いて出て、ガードルの視線がそちらを向いた。
ガードルは何か珍妙なものを見たかのような顔をしながら、それに答える。

「……貴様ら転生者には不可能だ。だが、生き神であるオレの力を以てすれば、封印する事など容易い」

それが本当なら、ヴィスとしては最善の選択だ。ルカも同じように思ったのか、ガードルに手は組めないかと提案する。
だが、ガードルはその誘いには乗らなかった。

「記憶は必要だが、転生者は要らぬ! 忘れたか? 貴様らが天上界を滅ぼした……その罪の重さをッ!」

「……やはり貴方はもう、あの心優しい兄タナトスでは無いようだな……」

「ヒュプノス……貴様は地上の素晴らしさを認めなかった、あの愚かな弟のままの様だな。転生者なぞ、皆殺しにしてくれるわ!」

ヒュプノスの手に禍々しい力が集まり、刃となって降り注ぐ。それを皮切りに、戦いは始まった。

お互いに、一度は戦ったことのある相手。特に前世の縁があるリカルドとガードルは、見知ったものだとばかりに相手の攻撃を最小限の動きで躱していく。

得物が変わっても、戦い方の癖は変わっていないらしい。
二人だけで戦っていれば、決着は付かなかっただろう。

だが、今のリカルドは一人では無い。

「えいっ、やあっ! 烈火爆炎走!」

「逃がさないわよ、アクロバレット!」

「喰らいやがれッ! 驟雨双破斬!」

勝敗を分けたのは実力差では無く、ルカ達の存在だった。

リカルドの攻撃が途切れると、すかさず他の仲間が攻撃を仕掛ける。仲間の攻撃が途切れると、リカルドがその隙を埋める。

術から技へ、技から術へ。
ガードルがいくら優れていても、絶え間なく繰り出されるその連撃には敵わない。

かつてヒュプノスは、たった一人でアスラに挑み、敗れた。
だが今の彼には、そのアスラの転生者も含め、多くの味方が共に居る。

彼はもう、独りで戦い続けていた孤独な死神では無い。銃を操り皆を守る、傭兵のリカルド・ソルダートなのだ。
戦いを眺めていたヴィスは、それを実感していた。

「……勝負あったな、ガードル」

敗北を喫したガードルに、リカルドは銃口を向けた。
ガードルは抵抗せずにそれを受け入れ、諦観したように言う。

「いいだろう。さあ、殺せ……死んで地上人に生まれ変われるなら、それもまた良し……」

本当に、心から、そう思っているのだろう。
タナトスのような慈悲はもう残っていないのかもしれないが、地上を愛する気持ちだけは、何も変わっていない。

彼はチトセと同じだ。
追い詰められて、手段を選んでいられなくなっただけ。
地上を強く想うが故に、それを脅かすものを許せないだけ。

これまでの全ては、ガードルなりに、必死に地上を守ろうとした結果だったのだろう。
そんなガードルに同調しながらも、ヴィスは固唾を飲んで成り行きを見守る。

その視線の先で、リカルドは発砲すること無く銃を下ろした。

「今日ほど、この銃の引き金を重いと感じた事は無い……俺もまだ甘いな」

「ねえ、リカルドさん。ガードルさんの目的は、私達と同じ……なら、きっと力を合わせる事が出来る筈よ。そうでしょう、ガードルさん?」

「ふん……憐れみか? 小娘よ……」

「……あぁん? 何だ、この音……?」

スパーダがそう言うのと、空からの爆撃がガードルを襲ったのは、ほぼ同時だった。

戦いで消耗していたガードルは、その突然の攻撃を避けることも防ぐことも出来ず、苦しげな呻き声を上げてその場に蹲る。

「な……っ!?」

「ちょっと、一体何だってのよ!?」

「あれ、何か!? 空、飛んでる!」

一体誰の仕業かと思えば、犯人はナーオスの基地で見た機械人形兵器だった。
船よりも高い位置で、ルカ達を見下ろすように飛ぶその兵器から、グリゴリ兵の嗤い声が聞こえてくる。

「我が一族の者だな……おのれぇ、何の真似だ!」

「ガードル、お前はもう時代遅れなんだよ! 地上を守るだと? 我らの力、金や権力の為に使わずして、何の意味がある!」

「金や権力、だと……? 枢密院辺りに唆されたか……」

「今日よりオズバルド様が、我らグリゴリの民の長となる! 我ら一族が、表舞台に出られる時が来たのだ!」

「この……ッ、愚か者めェッ!!」

ガードルは余力を振り絞って立ち上がり、兵器目掛けて特攻する。
だがその一撃が届くことは無く、ボロボロの身体はあっけなく海に沈められた。

「兄者!!」

「見たか! 神すらも殺す、この力を! 貴様らもすぐ後を追わせてやる!」

「貴様……棺桶はその鉄クズで構わんな? クズにはクズがお似合いだ!!」

激昂するリカルドと、甲板に降りてきた兵器は、そのまま交戦を開始した。
加勢するルカ達を手伝いつつ、ヴィスは海面に目を凝らし、ガードルの姿を探す。

(まだ浮かんで来てない……生き神なら人間よりは丈夫な筈だけど、さっきの様子じゃ流石に……)

せっかく、リカルドとの蟠りが解けそうだったのに。
あと少しで、和解出来たかもしれないのに。

地上に降りたタナトスを最期まで案じ続けていたヒュプノスの姿が、裏切ってでもガードルの真意を知ろうとしたリカルドの姿が、ヴィスの脳裏に浮かんだ。

天上界が滅びゆくのを見た、あの瞬間の激情。
それと同じものが湧き上がってきて、ヴィスは堪らず海に飛び込んだ。
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