05.未だその心は知れず

「──えっ、ヴィスさん!?」

突如走り出したかと思えば、そのまま船を囲う手摺を飛び越え、海に飛び込むヴィスの姿を視界の端に捉えたルカは、攻撃していた手を止めてそちらを見た。

アンジュとエルマーナも気付いたようで、敵の攻撃を凌ぎつつ、心配そうに海を眺めている。

だが、今はまずこの兵器を片付けなければ。
連戦で余裕の無いルカ達は、渋々目の前の敵に集中する。

この兵器の相手をするのも、ルカ達にとっては二度目の事だ。
前回の戦いと同様、硬い装甲部分は外して、配線が露出している関節部分だけを狙う。

「キュキュさん!」

「はい! これが、キュキュの本気……!」

他の皆の攻撃でバランスを崩した敵目掛けて、双頭刃を構えたキュキュが高く跳躍する。

『貫け、荘厳なる神槍──! インペリアル・スピア!!』

強力かつ正確な突きで各パーツの接合部を破壊し、トドメに投擲した武器が装甲を突き抜けて兵器の心臓部を貫く。

兵器は豪快に爆発し、その衝撃で船から弾き飛ばされた。
黒煙を上げながら海に落ちるのを見届けて、皆はホッと息を吐く。

「くっ……、兄者……」

「海の底じゃあ……ガードルを見つけるのはもう無理ね……」

「──あっ、そうだ! 早くヴィスさんを探さないと!」

ルカがそう言って海面に身を乗り出すのを、現場を見ていなかった者達は何事かと思いながら見遣る。

「何だよルカ、ヴィスがどうしたって?」

「さっき戦ってる時に、突然海に飛び込んで居なくなっちゃったんだ」

「はぁ!? 海に!?」

雪こそ降ってはいないものの、今居る辺りには、ナーオスからの寒気と冷たい水が流れ込んでいる。
温暖なガルポスとは違って、ここの海域は泳ぐのに適した温度とは言い難い。

「何を思ってそんなことしたのよ!?」

「わからないけど、とにかく探さないと……こんな冷たい海の中に居たら凍えちゃうよ!」

「でも探すっちゅうても、どないして探すん? ウチらまで海ん中潜る訳にもいかんし……」

「──待って。あそこにそれらしい人影がある」

コンウェイが指し示した先には、確かに人のようなものが浮かんでいた。
釣り糸に付けた浮きのようにプカプカと海面を漂っていたそれは、再び潜水して見えなくなる。

「あれ、何やってるか? 修行か?」

「仮にそうだとしても、今このタイミングではやらないと思うけれど……」

「とにかく、近くまで行ってみよう」

ガードル達の襲来で一時停止させていた船を動かし、一行は先の人影が見えていた辺りで待機。

暫くすると、海の底から影が浮かんできて、船の近くに顔を出す。

「ヴィス! あんた何やってんのよ!?」

「わあっ!?」

浮上するなり突然のお叱りを受けて、ヴィスは肩を跳ねさせた。

「吃驚した〜。イリアちゃん……と、皆揃ってどうしたの? さっきの兵器は?」

「どうしたはこっちの台詞だっつぅの! 敵ならもう片付けちまったよ。お前は手伝いもしねぇで何やってんだよ?」

「ごめんごめん。その、ガードルさんを探してるんだけど……まだこれしか見つけられてなくって」

これ、と言ってヴィスが見せたのは、ガードルの持っていた武器。
それを船に預けて再び潜ろうとするヴィスを、ルカ達が慌てて止める。

「それ以上居たら風邪引いちゃうよ!」

「風邪くらいなんてこと無いよ〜、平気平気。武器が落ちてたって事は、この辺りに落ちたのは間違いないんだろうし、もう少し探せば……」

そのやり取りを聞いていたリカルドは、また溜息を吐いた。
ヴィスが寒い海に潜ってまでガードルを探すのは何故か。聞かずとも見当は付く。

「……ヴィス、もういい。さっさと上がって来い」

「え、でもまだ何も……」

「俺がいいと言っているんだ」

────そんなの嘘だ。全然納得した顔してないよ。

リカルドの顔を見ながらヴィスは思ったが、ルカ達にこれ以上心配をかける訳にもいかず、渋々船に戻った。

仲間達は水浸しの体に触れて、その冷たさに更に怒る。

「キンキンになってんじゃないの! バカじゃないの!? 風邪通り越して死んじゃうわよ!」

「バスタオル持ってきたで〜、早よ体拭きぃ」

「さっき僕達が寝かされてた毛布も持ってこようか。暖かくしてあげないと……」

「つかよ、ヴィスの天術で風呂でも出した方が早いんじゃねぇ?」

「そんな物まで出せるのなら凄いけれど、天術を使うのにも体力を消耗するでしょうから、今はあまり無理はしない方がいいわ」

「もうマムートの近くまで来ている。あそこになら、宿も風呂もあるだろう。着いたらすぐに連れて行ってやれ」

そのリカルドの指示通り、仲間達はマムートに入港するなりヴィスを宿に運び入れて、大浴場に押し込んだ。

体温を取り戻したヴィスは、ロビーで待ってくれていた皆に謝罪と礼を述べる。

「お手数おかけしました〜。もう大丈夫。皆、有難うね」

「大事にならなくて良かった。今度からは、ああいう無茶はしないで下さいね?」

「それにしても、もうすっかり夜だな。今日はここに泊まるのか?」

「ああ。ここから先、テノスまでは湿原と戦場があるだけだ。途中に休めるような場所は無い。明日は一気にテノスまで行く事になるだろう、今日はここでゆっくりと休んでおけ」

リカルドの言葉に皆がはーいと応えて、割り振られた部屋に消えていく。
リカルドと同室のヴィスは、相手の顔色を窺いながら声をかける。

「あの、ごめんねリカちゃん。結局武器しか見つけて来れなくて……」

「……別に構わん。そもそも、俺はそんなことをお前に頼んだ覚えは無い」

「それはそうなんだけど……えっと、勝手なことしてごめんなさい」

リカルドはまた溜息を吐いた。
謝って欲しい訳でもないし、行動に感謝していない訳でもない。他者を想って何かをしようとするその心掛けは良いものだ。

だがそれに注力するあまり、彼は自分のことを省みていない。
リカルドはヴィスの優しさが、自己犠牲のようなものの上に成り立っている事が嫌だった。その優しさを向けられているのが自分なら尚更。

「ガードルを見つけたとしてどうなる? 助けるつもりだったのか?」

「えっと、とりあえず生死だけでも確認しようと思って……見つけたら、その後どうするのかはリカちゃん達に決めてもらうつもりだったんだけど……」

「仮に助けたとしても、奴は再び俺達の前に敵として立ち塞がるだけだ。相容れないのはもう存分に理解した。だから……あれで良かったんだ」

半ば自分に言い聞かせるように言って、リカルドは風呂に入ってくると部屋を出て行った。
残されたヴィスはベッドに腰掛けて、ぼんやりと窓越しに夜空を見上げる。

(あれで良い訳ないのに……でも、結局俺じゃ何も出来なかったなぁ)

リカルドが悲しい顔をしているのは見たくない。
笑っていて欲しいし、その為に出来ることがあるのならしたいと思う。

けれど思うばかりで、実際に彼の助けになれたことは殆ど無い。

(こういう時ってどうしたらいいんだろう。何か俺に出来ることは……)

ヴィスはベッドに寝そべってごろごろと転がりながら頭を捻り、リカルドが風呂から戻ってくるなり尋ねる。

「リカちゃん、何か欲しいものとか無い?」

「……今度は何だ」

「美味しいもの食べたり、好きな物でも見たら元気出るかなと思って」

「気持ちだけ貰っておく。俺は自分の機嫌くらい自分で取れる。これ以上余計な気を回すな」

そう言って、リカルドは明日の準備を済ませると、さっさとベッドに横になってしまった。
言外に「もう寝るから喋りかけるな」と示されてしまったヴィスは、泣く泣くそれに従うしかなかった。
目次へ戻る | TOPへ戻る