01.「初めまして」の再会
(……困ったなぁ。まさかこんな事になるとは)王都レグヌムと聖都ナーオスを結ぶ街道の外れ、無機質な壁に四方を囲まれた部屋の中で、ヴィス・クレアーレはぼんやりと天井を眺めていた。
穏やかに晴れた清々しい外の世界から隔絶されたこの場所は転生者研究所≠ニ呼ばれているらしい。
ヴィスがここについて知っていることはそれだけだ。その名前すら、つい先ほど兵士の会話から知ったばかり。
ヴィスは望んでここへ来た訳では無い、連れてこられたのだ。
恐らくは部屋に居る他二名もそうなのだろう。
ヴィスは先客である二人の少年少女に目を向けて、明らかに元気の無いその表情を見て可哀想にと他人事のように思った。
「ほら、時間までここに入っていろ!」
と、どうやら新しい犠牲者が運ばれて来たらしい。
この研究所に与している様子の兵士──確かグリゴリ兵だったか──が連れてきたのは、悲壮感たっぷりに肩を落としている身なりの良い少年と、ぞんざいな扱いにご立腹な様子の気の強そうな少女。
「どうせ貴様らの天術は使えんのだ、ここで大人しくしているんだな」
「どうして僕達の天術は……貴方達は一体……」
ろくに説明もないままに連れて来られたのだろう、怯えた様子の少年に、兵はふんぞり返って答える。
「我らはグリゴリの民。長きに渡り、神の血を受け継ぐ者」
「はぁ? 神の血ぃ? あんた何言ってんの?」
「貴様らの天術を封じたのも、その神の力による御業。我らは貴様ら転生者を始末する為に長く修練を積んできた。諦めて大人しくしておれ」
始末、という単語に少年の方は身を竦ませていたが、少女の方は臆した様子もなく相手を威嚇する。
「で、ここはどこなのよ! 献体って何? あたし達をどうするつもり?」
「ここは王都が管轄する転生者研究所。貴様ら献体の利用法は主に二つ。一つは、兵器の動力源として活用する。そしてもう一つは、貴様ら自身に兵士として戦場で戦って貰う。そのどちらかだ」
「ぼ……僕達を戦争の道具にする気? 異能者狩りって結局、戦争に利用する為なの!?」
「貴様ら天上人が天上界を滅ぼしたお陰で、この地上までも滅びの道を歩むことになったんだぞ。お陰で大地は荒れ果て、残り少ない豊かな土地を巡って争いが起こる。元々、誰が原因だと思っているんだ!」
「天上人が天上界を滅ぼした……、じゃあ、天上界ってもう無いの?」
「天上界を滅ぼした貴様らが転生して、またも地上を混乱に陥れる……。いいか? 貴様ら転生者は、管理されるべき存在なのだ!」
と、言うだけ言って部屋を出て行った兵に向かって、少女は憤慨した様子で足を地面に叩きつけた。
「何よあいつ、エッラそうにさ! ふんだ!」
「そう言えば、ここにマティウスが来たって言ってたよね?」
「ああ、言ってた言ってた。ってことは……あそこに居る人達も転生者かもしんないわね」
そう言いながら、少女は端から順に部屋に居る他のメンバーを見て、最後に事の成り行きを見ていたヴィスと視線がかち合う。
ヴィスがにっこりと笑みを浮かべてひらひらと手を振ると、少年は会釈を返してくれたが、少女は怪訝な顔をしてそっぽを向いた。
「なんか、一人だけ随分と能天気そうなのが居るわね。年上っぽいし頼りになるかと思ったんだけど、なーんかダメそう……」
「そ、そうかなあ? 良い人そうに見えるけど……」
「ま、創世力について何か知ってるかもしれないし、あんたちょっとうまく話を聞き出してきなさいよ」
「ええっ!? 僕が行くの!?」
「こういうのはあたしよりあんたの方が適任でしょ? ほら行った行った!」
まるで親分と子分のようだ。
若干涙目になっている少年は、三人の間で視線を彷徨わせた後、恐る恐るといった様子でヴィスの方へと向かってくる。
「あ、あの……初めまして、僕、ルカ・ミルダって言います。貴方も転生者なんですか?」
「貴方も≠チて事は、君は転生者なんだ?」
「そうみたいです。知ったのはつい先日なんですけど……」
「俺はねー、よく分からないんだよね。多分転生者なんだと思うけど」
「えっ……多分?」
「前世の記憶はあるんだけどね、自分が誰だったのかはよく憶えてなくって。名前は一応ヴィス・クレアーレって名乗ってるよ、宜しくね」
「い、一応……?」
差し出された手を条件反射で掴んだルカの表情が困惑と疑問で塗りつぶされていくのを見て、後方で見守っていた少女が口を開いた。
「ちょっと、初対面で警戒するのは分かるけど、ちゃんとした名前くらい教えてくれたっていいでしょ?」
「え? ──ああ、違うんだよ、そういうつもりじゃなくってね。俺、現世でも記憶喪失なんだ」
「記憶喪失?」
「うん。だから本当の名前は知らなくって。でも名前が無いと困るからさ、自分で適当に付けたんだ」
「そうだったんですか……でも、そんな人がどうしてこんな場所に?」
「それがさ〜、なんかいきなり異能者だ! とか言われて取り押さえられちゃって」
「いきなりって、流石にあいつらも民間人を片っ端から捕まえたりはしないでしょ、人前で天術を使ったんじゃないの?」
「天術って?」
「普通の人には使えない不思議な力のことよ。例えばこういう……って、ここでは使えないんだっけ」
術の発動に失敗して落胆する少女に、ヴィスは「例えばこういうの?」と言って指を鳴らした。
するとポン、と小さな破裂音と共に、どこからともなくリンゴが現れて、ルカと少女がぎょっとする。
「え!? い、今のどうやって……!?」
「あれ、これが天術なんじゃないの?」
「確かに不思議な力ではあるけど……って言うか、なんであんたは使えてんのよ!?」
重力に従って地面に落ちかけたリンゴをキャッチしたヴィスは、それに齧りつきながら「さぁ?」と返す。
「それよりさ、君達さっき創世力について話してたよね。創世力に興味があるの?」
「あ、はい。僕達、それを探してるんです」
「探してる? ……何の為に?」
「マティウスって奴がそれを狙ってるの。そいつ、あたしの故郷の村を焼いたのよ」
「だから、僕達がそれを先回りして見つけてやろうって話になって……」
「ふーん? 見つけてどうするの? 使うの?」
「え? えーっと、それは……そもそも創世力がなんなのかもまだよく分かってなくて……」
「よく知らないものを探してこんな所まで来たの? 変わってるね〜二人共」
ケラケラと笑うヴィスに、少女は「いいでしょ別に!」とむくれる。
「そういうあんたは創世力について何か知ってるの?」
「ん〜? ……知らないかな」
「じゃあいいわ、別の人に聞いてみるから。行くわよルカ」
「お役に立てなくてごめんね〜」
「いえ。お話有難う御座いました、それじゃあ」
さっさと次のターゲットに話しかけに行った少女を追って、ルカは謝辞と共にぺこりとお辞儀をして去っていく。
なんとも対照的な二人だ。どういう関係なのかは知らないが、バランスが取れていていいなとヴィスは微笑む。
(……それにしても、創世力の事がここまで知れ渡ってるとはなぁ)
創世力が何かを理解していないのにその名だけを知っているという事は、ルカ達は前世の記憶からその存在を知った訳ではないのだろう。
彼らが言っていたマティウスという人物が言い触らしているのだろうか。
そうなると、転生者以外の人間にも知れ渡っているのかもしれない。
(まあでも、地上人だから使っちゃダメって事もないか。天上人が使ってああ≠ネったんだし)
ルカ達を連れて来たグリゴリ兵が口にしていた言葉を思い出して、ヴィスは大きな溜息を零した。
地上がこうなったのは天上人のせいだと彼は言っていたが、より正しくは創世力のせい≠セ。
誰も世界をこんな風にしようと思ってした訳ではない。
(と言うか、グリゴリ兵は何でその事を知ってるんだろう? 天上人を責めるって事は転生者じゃないんだろうけど……ただの地上人が崩壊の原因を知ってるはずないんだけどなぁ)
分からない事が多いなぁと参っていると、再び部屋の扉が開かれた。
また誰か連れて来られたのかと思ったが、予想に反して入ってきたのはグリゴリ兵が一人だけ。
「これより適性検査を行う! ルカ・ミルダ! イリア・アニーミ! スパーダ・ベルフォルマ! ヴィス・クレアーレ! 以上四名、出ろ!」
なんだなんだと思いながら外に出ると、同じようにルカと先程の少女、それから部屋に居たガラの悪い少年が兵の前に並んだ。
「ああ? 適性検査だとぉ? 何やらされんだよ」
「貴様らの戦闘能力を検査する。詳細は話せん!」
「あのぅ、チトセさんは来ないんですか?」
一人部屋に残されたお淑やかな少女はチトセという名前だったらしい。
部屋の隅で心配そうに見つめてくる少女を振り返るヴィスの隣で控え目に尋ねたルカに、兵は「彼女は対象外だ」と答える。
「教団への入信を希望する者には適正検査は行われない。お前らも入信を希望するか?」
「教団? 教団って何?」
「マティウスが率いてる怪しい集団の事よ。だーれが入信なんてするもんですか! バーカバーカ!」
「ったりめーだろ! 教団になんか入りゃしねーよ! なあルカ?」
「ええ? ぼ、僕は……」
助けを求めるような目で見上げてくるルカに、その心情を汲み取れていないヴィスはきょとんとするだけ。
結局全員適性検査とやらを受ける流れになってしまい、別室に連行された四人に兵が漸くその内容を告げた。