01.「初めまして」の再会
「目の前の敵を倒せ。以上!」目の前、と言って示された場所に居るのは、グリゴリ兵とは違う服を来た兵士が一人だけ。
「4対1かよ、ナメられたもんだなッ!」
「ちょ……ちょっと待ってよ! この人と戦うの? だって人間じゃないか!!」
「そうだ、早く倒せ! さもなくば死ぬぞ?」
「嫌だよ! 魔物相手ならともかく、この人にだって親や友達が……」
「ふん、相手はそうは思ってはくれんぞ。いいのか?」
「!? おい、そこの貴様!」
それまで黙って聞いていた対戦相手の男は、何かに気付いたように急に声を荒げた。
そして、人差し指をルカに向ける。
「覚えて……いや、思い出したぞ! 貴様に殺された同胞たちの顔を! 貴様に砕かれた我が四肢の痛みを!」
「へぇ〜、あんた見かけによらず残酷なことしてたのね」
「してないよそんなこと! 人違いでしょ? 僕ケンカなんてしたことないし……ましてや人を殺すなんて!」
まぁそれはそうだろう。先の言動からしても、彼にそういった残虐な面があるとは思えない。
なのでヴィスは「多分だけど」と前置いて呟く。
「前世の話じゃないかな。聞いてなかったけど、君の前世って……」
誰? と問う前に、目の前の男が先に答えを述べた。
ふつふつと怒りを沸き上がらせる男の身体から黒い靄が立ち上り、それに飲まれた身体がみるみるうちに変形していく。
「貴様を殺し、我がラティオの同胞たちの命を贖わせてやるッ!! 死ね、アスラ!!」
「え──」
────アスラ? この子が?
ヴィスは驚いてルカを見たが、当の本人と他二名は靄が晴れて顕になった男の姿に釘付けになっていた。
その身体は人の形を留めておらず、羽の生えた異形へと変貌している。
「なんだこりゃあ!?」
「に……人間じゃないじゃない! なによ、これ……」
「ラティオの敵……同胞の敵……天上界の敵……! アスラァァァッ!! コォォロォォスゥゥ!!」
「うわあぁぁああっ!!」
アスラの名に動揺していたヴィスは、ルカの悲鳴にハッとして咄嗟に指を鳴らした。
ルカの前に彼の身体を覆い隠すほどの大きさの盾が現れて、敵の攻撃を間一髪のところで防ぐ。
「ルカくん、大丈夫?」
「う、うん。有難うヴィスさん」
「とにかく、こいつを何とかしないと!」
イリアは腰のホルスターから二丁の拳銃を引き抜いて、鉛の雨を敵に降らせ始めた。
スパーダも鞘から二振りの剣を抜いて、素早く敵の背後へと回ると、洗練された動きで敵を切り刻んでいく。
あの歳──見た所どちらも十代半ばだろう若さで、見た事のない敵と臆することも無く戦えるとは大したものだ。
怯えていたルカもその姿に鼓舞されたのか、背負っていた大剣を構えて、宙を舞う敵に向かっていく。
「ちょっと、あんたも見てないで加勢しなさいよ!」
「いやあ、それがさあ、俺あんまり戦うのは得意じゃなくって……」
「はぁ!? 何よそれ!」
「戦えねぇなら後ろ下がってろよ、危ねぇぞ!」
スパーダは先程ルカを庇う為にヴィスが出した盾を足場に天井近くまで跳躍して、部屋を飛び回る敵を叩き落とした。
ルカがそれを打ち返すようなフォームで下から斬り上げる。
一応それらしい天術も使えない事はないのだが、この調子なら素人の援護など必要ないだろう。
ヴィスのその期待通り、三人は見事敵を沈めてみせた。
力尽きて地面に伏した敵の姿は人型に戻り、恨み言を呟きながら事切れる。
「一体、何だってんだ……? それにアスラだって?」
「これって前世の因縁なの? ラティオとか言ってたけど……」
「ラティオ……あのアスラのセンサス軍と戦ってた相手……」
「左様。先程の相手は貴様らと同じく、前世で神だった者。教団から連れて来られた者だ」
どこかで戦いを見ていたのだろうか、静かになった部屋に入ってきたのは眼帯をしたふくよかな体系の男性だった。
服装は今しがた倒したばかりの兵士と同じものだ。身に付けている階級章はそれよりも高い地位を示しているので、恐らくは上司なのだろう。
「神……?」
「まあ、天上人と呼ぶ方が正しいがな。なんだ? あのような力を振るっておきながら、知らなかったのか?」
「じゃあ、さっきの変身は前世の……神だった頃の姿ってこと?」
「なかなか察しがいいなお嬢ちゃん。全ての記憶を呼び起こし、前世の力を完全に取り戻した結果だ。つまり"覚醒した"という訳だ。余程の事が無いとそうそう覚醒などしない筈なのだがな」
「つまりさっきの相手にとって、ルカと会ったことは余程の事だったのね……。じゃあもしかして、転生者同士は下手に出会わない方がいいかもってこと?」
「じゃ……じゃあ僕にも前世の姿を取り戻すことが……覚醒することが出来るの?」
「無論。ここはそのための研究所なのだ! しかしその為には、更に転生者と戦う必要がある。──おい、次を用意しろ! こいつらは実践で使えそうだ」
まだやるつもりなのか。
模擬戦ならばともかく、殺し合いを快く思わないヴィスは僅かに眉根を寄せた。
先の戦闘で消耗しているルカも「もう戦えない」と弱音を零す。
「アスラ、貴様ぁ! また一人、我が同胞を手にかけたな! 許さんぞ、許さんぞぉおおおおおッ!!」
しかもこれまたアスラの仇敵らしい。
見るからに重い剣を持つのもやっとになっているルカを見て、スパーダが前に出る。
「心に剣を持ち、誰かの盾となれ──昔、じぃがよく聞かせてくれた言葉だ。怪我しないように下がってな。……行くぜっ!!」
剣を構えて飛び出す彼の姿に、前世の姿が重なって見たルカが、ハッとしてその名を呼ぶ。
「デュランダル!?」
デュランダル、とは確かアスラが使っていた大剣の名だった筈だ。
剣が人に転生するとは面白い。まあ、元々が意思を宿し人の言葉を喋る剣だったので、あまり違和感は無いが。
ヴィスはそんな事を考えながら指を鳴らす。
敵の周囲に現れた鎖がその身体に巻き付き、身動きの取れなくなった相手をスパーダが両断。
更にイリアが天術で振らせた氷の槍がその身体に降り注いだ。
そうして敵が息を引き取るのを見届けてから、スパーダは剣を鞘に納めてルカに向き直る。
「やれやれだ。お前ホントにアスラか? なっさけねぇなぁ」
「じゃあ、君はやっぱり……」
「そう、俺の前世は聖剣デュランダル。天上界において、その刃、斬れぬ物は帯剣者のみ≠ニ謳われた、無比の名剣さ」
「君は僕の愛剣だった。幾度も共に死線を潜り抜け、その都度君に感謝していたっけ」
「まあ今考えるとお前ってさ、剣に話しかける変な奴って話だけどな」
などと昔話に花を咲かせつつ、再会出来た喜びに熱い抱擁を交わす二人を、イリアが咳払いで咎める。
「ねえ、どなたかのことお忘れじゃない? 何二人で怪しい雰囲気出してるのよ」
「えっ!? あ、ごめんっ!」
「じゃあ、あんたあの剣だった人? あたし前世はイナンナなの」
「へえ、お前がイナンナ? ホントかよ。お淑やかさの欠片もねぇなぁ」
「あ〜ら、ありがと。あんたも全然剣っぽくなくって普通の人間みたいね」
「剣っぽくないって何だよ! じゃあ、そっちのお前は?」
まさかこの三人が、アスラとイナンナとデュランダルだとは。
和気藹々と喋る三人を複雑な心境で見守っていたヴィスは、突然話を振られて狼狽えた。
「ああ、この人は覚えてないらしいわよ。前世でも現世でも、自分が誰なのかわからないみたい。記憶喪失なんだってさ」
「へぇ、そりゃー大変だな」
「無駄話はそこまでだ。なかなかの腕前だな、これなら十分に期待出来る。ただの献体になぞ回すのは惜しい」
「そんなことで褒められたって嬉しかぁないね」
「んで? あたしたち合格なわけ?」
「ああ、満点をやろう。褒美として地獄の激戦区、西の戦場へご招待だ。あそこは戦況の見通しが悪くてな、地の利を活かしたがガラム兵のゲリラ戦法に手を焼いておる。貴様らほどの戦闘能力なら、かなりの戦果を挙げられるだろう」
簡単にくたばってくれるなよ、と高笑いをして去っていく男に、ルカが頭を振って喚く。
「嫌だ! 戦場なんて嫌だよぉ!」
「まあまあ、皆強いから大丈夫だよ。それに、こんな所に閉じ込められてるよりは外の方が良くない?」
「随分と余裕あるわね、あんた戦えないとか言ってなかった?」
「まぁ苦手なんだけど、そのへんは君達について行けばなんとかなるかな〜って。という訳で宜しくね〜」
「清々しいほどの他力本願だなオイ」
「でもあんたのその天術って便利よね〜、何もない所から色々出せるなんて……他にどんなものが出せるの?」
「俺が知ってるものなら大抵は。お腹空いた時とか便利だよね」
「お前、食い物が出せるのか? コーダにもよこすんだぞ、しかし」
「あっ、コーダ! あんたどこ行ってたのよ」
「あれ、ミュース族だ」
イリアの足下にいつの間にか居た子猿のような生物は、ヴィスの身体をよじ登ってその頭に乗る。
「コーダはコーダだぞ、しかし」
「イリアちゃんの友達?」
「まぁ、そんなとこだけど……ミュース族を知ってるなんて珍しいわね」
「そう?」
「あたしの故郷では有名だけど、外の人にはあんまり馴染みがないみたいだから」
「そういや、お前らは何で捕まったんだ? まさか俺みたいに街で暴れてたわけじゃねーだろ?」
「ああ、それがね……」
と、いった具合に各自これまでの経緯や意見交換をすること数十分。
列車の到着を告げに来たグリゴリ兵に連れられて、四人は西の戦場へと向かうのだった。