05.未だその心は知れず

深夜。
眠ると廃墟となった天上界を見る事になるだけだからと、ベッドに横たわりながらも眠れずに暇を持て余していたヴィスは、背後でリカルドが起き上がり部屋を出て行く音を聞いた。

こんな時間に何処へ行くのだろうか。
気になったヴィスは追いかけようとして、しかし途中で考え直す。

(俺が行っても、また溜息吐かせちゃうだけかも。何も言わずに行ったって事は、俺に知られたくないことかもしれないし……今はそっとしておいた方がいいよね、きっと)

ガードルの件にしても、何も知らなかった自分は何度もしつこく問い質してしまった。
自分としてはリカルドを心配しての事だったが、あれは余計にリカルドの心労を増やしていただけだったなと、今となっては思う。

隠していることを暴き立てる事が、常に正解という訳では無いことを今回の件で学んだヴィスは、大人しく彼の帰りを待つことにした。

だが、一時間、二時間、三時間……と
いくら時間が過ぎても、リカルドが帰ってくる気配は無い。

アンジュとの契約を放棄して何処かへ行くことはもう無いだろうし、そのうち戻っては来るのだろうが、このままでは睡眠時間が取れなくなってしまうのでは無いだろうか。

僅かに白み始めた空を見て、痺れを切らしたヴィスは立ち上がった。

彼が何をしていたとしても、邪魔はしない、声もかけない。ただちょっと様子を見に行くだけ。
そんな言い訳を並べながら、宿を出たヴィスはマムートの街中を徘徊し始める。

商業の街、と言われているだけあって、マムートには店が多い。
深夜か、或いは早朝かの判断に困る今の時間帯でも、営業している店がちらほらとあった。

ヴィスは窓から店内を覗き見つつ、リカルドの姿を探す。が、それらしき人はなかなか見つからない。

「……あれ? あっちにもお店あるのかな」

ふと店と店の間から人の声がして、ヴィスはそちらに足を向けた。
予想した通り、狭い路地を抜けた先にも店の並ぶ通りが広がっている。が、表通りとは少し雰囲気が違っていた。

まず薄暗い。そして、海の匂いに混じって酒の匂いがする。

表通りは料理店や土産物屋、道具屋や服飾雑貨店などが多かったが、ここの通りの殆どは酒場の様だ。行き交う人々もそういった層ばかりで、何人かは酔い潰れて路上に転がっている。

「そこのカッコイイお兄さぁ〜ん! うちのお店で遊んでいきませんかぁ?」

と、そんな裏通りの光景を眺め回しながら歩いていたヴィスは、店前で客引きをしていた女性に猫撫で声で呼び止められた。

キュキュ達とはまた違った理由で露出の多い服を身に纏っているその女性は、ヴィスを見てニッコリと微笑む。

「えーっと、遊ぶって? そこ何のお店?」

「え!? 知らないのにこんなところ歩いてたんですかぁ!? こんな時間に!?」

「今ちょっと人を探してるんだ〜。黒いコートと髪と髭の、気難しそうな顔したお兄さんなんだけど……」

「あ! そのお兄さんなら知ってますよぉ〜! 傭兵さんですよね? 前にうちのお店に来てくれたこともあるんですよぉ。お友達なんですかぁ?」

「まぁそんな感じ。それで、今日は見てない?」

「見てないですよぉ〜。でも、どこかの店にはいるんじゃないですかぁ? そっちのイメクラとかぁ〜、あっちのソープとかぁ〜」

「イメクラ? ソープ?」

「お兄さん、ホントに何も知らないんですかぁ? じゃあ色々教えてあげますよぉ〜」

と、腕を絡ませて身体を寄せてくる相手に、ヴィスは「興味はあるんだけどね〜」と前置きつつ、今はリカルドを探すのが先だと丁重に断る。

そして何の店かも分からないまま、教えて貰った別の店を覗きに行くと、また同じように店先の女性に捕まる。

「お兄さん一人ですかぁ? うちのお店オススメですよぉ! 貴方の好みにバッチリ合わせます!」

さっきの女性はドレスのような衣装だったが、今度は学生服姿。
それを見たヴィスは感心したように言う。

「学生さんがこんな時間にお仕事なんて珍しいね〜、親御さん心配してない?」

「え? やだなぁ、何言ってるんですかお客さん! これはそういうコスプレしてるだけですよぉ!」

「コスプレ……って何? 本当は学生さんじゃないってこと?」

じゃあ何でわざわざそんな格好を、と本気で理解出来ない顔をしているヴィスに、相手の女性も困惑する。

「えーっと……お兄さん、もしかしてお客じゃなくて迷子?」

「ううん、人探し中〜。えーっとね、黒いコートに黒い髪の……あ、そうだ」

説明が面倒になったヴィスは、指を鳴らしてリカルドの人相書きを出した。
それを見た女性は、手品のような芸当に驚きつつも答える。

「ああ、その人なら、今うちのお店で遊んでくれてますよ〜。お兄さんも一緒にどうですか?」

「そうなんだ? 遊んでるなら邪魔しちゃ悪いかなぁ……ここイメクラ? って聞いたんだけど、どういうお店なの?」

「ここはお客さんの夢を叶えるお店ですよぉ〜! 理想のシチュエーションと極上のテクニックで、現実に疲れた皆さんを癒して差し上げるんです!」

「へぇ〜! 何だかよく分からないけど、素敵なお店なんだねぇ」

「そうなんです! お兄さんもどうですか?」

リカルドがわざわざこんな時間にお金を払ってまで求める癒しとやらがどんなものなのか知りたい気持ちはあったが、ここで鉢合わせて、彼の良い気分を台無しにしてしまうのは避けたい。

なので回れ右をして帰ろうとしたのだが、運が良いのか悪いのか、そのタイミングで探し人が店から出てきた。

覚束無い足取りでフラフラするリカルドを、店員であろう女性が支えている。

「大丈夫ですかお客さん? ほら、しっかりして下さい」

「ああ……大丈夫、大丈夫だ……」

「え、リカちゃんどうしたの?」

流石に心配になって声をかけたヴィスに、俯いていたリカルドが顔を上げた。

「ヴィス……? 何でお前がこんな所に……」

いつも皆に「顔色が悪い」と言われているほど血色の良くない肌が真っ赤になっているのを見て、ヴィスは状況を理解した。

「リカちゃん、もしかして酔ってる?」

「……酔ってない」

「酔ってるよね? お酒飲んでたの?」

「お兄さん、お知り合い? このお客さん、凄い飲みっぷりだったんですよ」

余程嫌な事があったのねと言いながら、店員は泥酔しているリカルドをヴィスに手渡す。
漂ってくる強烈な酒の匂いが、店員の証言を裏付けていた。

「リカちゃん飲み過ぎだよ〜、無理もないけどさあ」

「うるさい……これが飲まないでやっていられるか……」

「あ、そうだ。これ、オプション代に含まれてるんで、お土産にどうぞ」

店員に紙袋を手渡され、中身を拝見したヴィスはきょとんとする。

「何これ……白衣?」

「そういうのがお好きみたいで。お兄さんも興味があるならどうですか? 他の衣装もありますよ」

「うーん……?」

ここは好きな服を着てお酒が飲める店、なのだろうか?
興味も疑問も尽きないが、何にせよ、この状態のリカルドを野放しにする訳にはいかない。

「ごめんね、今日はこの人を連れて帰らないといけないから、また今度」

「あら残念。それじゃあ、次は是非二人で遊びに来てね」

「今度来る時はあたしを指名してくださいね〜!」

タイプの違う女性二人に見送られながら、ヴィスはまともに歩けていないリカルドに肩を貸して歩く。
ナーオス基地でアンジュにしたように、荷車に乗せて運べれば早いのだが、流石に人目のある街中でやるのは憚られた。

「ほら、まだ寝ちゃダメだよリカちゃん。宿まで頑張って〜」

「ん〜……」

既に半分寝ていそうな相手を引き摺るような形で宿まで運び、やっとのことで部屋のベッドに寝かせる。

ガルポスからグリゴリの里までの長距離移動と、ガードルを探す為の寒中水泳、そして今のコレのせいで、体力が尽きたヴィスもそのままリカルドの横に倒れた。

体のあちこちが悲鳴を上げている。
リカルドも自分も、こんな状態で今日のテノスまでの道程を越えられるのだろうか。

(とにかく、出発の時間までちょっとでも体を休めないと……っ?)

自分のベッドに戻ろうとしたヴィスだったが、何かに強く引っ張られて失敗に終わる。

見れば、リカルドの手が服を掴んでいた。
相手は虚ろな目をしたまま、横倒しになったヴィスを抱き竦める。

「え。ど、どしたのリカちゃん?」

「…………」

「もしもーし? 寝惚けてる?」

呼び掛けても返事は無い。
リカルドはそのままヴィスの首筋に顔を埋めて、背中に回した手を服の下に滑り込ませる。

「わっ!? ちょ、何なに? くすぐったいよ」

「……静かにしろ」

「いや静かにって言われても……」

「ルカ達が起きるだろう」

リカルドのその一言で、ヴィスは咄嗟に自分の口を手で覆った。
ルカ達の部屋はこの部屋のすぐ隣。壁が薄いという事は無いが、音が漏れていないかどうかを事前に確認した訳でも無い。

「あの、でも、ほんとにくすぐったいんだけど」

声を潜めて抗議するヴィスの言葉を無視して、リカルドは尚も地肌を触り続ける。
その意図も意味も分からないヴィスは、リカルドと同じように相手の首筋に顔を埋めて、零れる笑い声を抑える。

「ふふっ。も〜、何なの。これじゃ全然休めないよ……」

でも、この温かさは心地良い。
いつもより高いリカルドの体温と、密着した体から伝わってくる鼓動の音に安らぎを感じて、ヴィスは観念したように抵抗を止めた。

大人しくなったヴィスに気を良くしたリカルドは、その額に口付けを落とし、空いている方の手で垂れ下がる髪を撫ぜる。

「……リカちゃん、酔うとキャラ変わるんだね? 普段はこういうスキンシップみたいなの嫌がるのに」

「……嫌か?」

「嫌では無いけど……なんかちょっと変な感じ」

リカルドに対しても、ルカ達に対しても、ヴィスが普段彼らに抱いている感情は、ひたすらに愛おしいだとか、可愛らしいだとか、そういった類のものでしかない。

だが今のリカルドは、愛しさはともかく、可愛い、というのとは少し違う気がする。
リカルドはヴィスの頬に掌を宛てがった。そのまま後ろに滑らせて耳を弄び、後頭部を抱えて引き寄せる。

そして、唇と唇が重なって漸く、ヴィスはリカルドの一連の動作の意味を理解した。
友人同士の戯れとは違うことに気付いたヴィスは、慌てて相手を引き離す。

「……っは、待っ……待ってリカちゃん、それは────」

飼い犬に噛まれたような顔になっているヴィスを組み敷いて、リカルドはより深く口付けた。
彼が飲んだのであろう色んな酒の味が、捩じ込まれた舌から伝わってくる。

何か言うどころか息継ぎさえままならず、ヴィスはリカルドのコートを引っ張ったり胸板を叩いたりして抵抗したが、相手はビクともしなかった。
リカルドの気が済むまで散々口内を愛撫されて、やっと解放されたヴィスは荒い呼吸で酸素を取り込む。

「……随分と初々しい反応だな」

「そりゃそうだよ……こんな風にされた事ないし……」

「そうか」

またにじり寄ってくる相手に、ヴィスはこれ以上されては困ると逃げようとしたが、一日中酷使した体は思うように動かない。

「待って待ってリカちゃん。酔い過ぎておかしくなってるよ。目覚まして」

「目は覚めてる」

「覚めてないよそれ、まだ目がトロンってなってるもん。顔も赤いし」

「元からだ」

「そんな訳無いでしょ〜。後で絶対後悔するから、もうやめておきなって」

諭すように言われても、リカルドは聞き入れようとしなかった。
嫌だ嫌だと駄々を捏ねる子供のように首を振る。

「……正気に戻りたく無いんだ、今は」

繰り返し見る前世の夢。
いつも自分の隣に居たタナトスという名の兄。
けれど目を覚ますと、そこに彼は居ない。

兄の存在は、欠けたパズルのピースのようだった。
代わりになりそうなものを幾ら嵌め込んでも、どうしても隙間は埋まらない。

兄でなくてはならなかった。
会うことは出来ないだろうと頭では諦めて居たが、心はずっと彼を追い求めていた。

だから、ナーオス基地で再会出来た時は嬉しかった。
これで漸く空虚な心が満たされると思った。


思ったのに。


「……現実逃避でしかない事は解ってる。だが今はそれでも……」

忘れさせてくれ。

リカルドのその切実な訴えを聞いて、ヴィスは息を呑んだ。
惑う心を写すかのように彷徨っていた手が、ややあってリカルドに触れる。

その手はそのままリカルドの後ろ首に回されて、ヴィスはそれを支えに僅かに身を起こすと、今度は自分から口付けた。

リカルドがしたような情熱的なものでは無いが、いつものヴィスらしい悪戯めいたものとも違う。

悲しみに揺れているヴィスの瞳を見て、それが兄を失った自分への同情心から来るものである事を察したリカルドは、殊更に辛そうな顔をして笑った。

「……本当に優しいな、お前は」

その優しさに甘えてはいけない。
そう思っているのに、歯止めが効かない。

リカルドが再び唇を食んで来ても、押し倒され服を脱がされても、ヴィスはもう抵抗しようとはしなかった。

リカルドの気持ちが落ち着くまで、彼が眠りに落ちるまで、ヴィスはずっと彼を慰め続けた。
目次へ戻る | TOPへ戻る