05.未だその心は知れず

部屋の戸を開けるとリカルドは既に目を覚ましており、ベッドの端に腰掛けて頭を抱えていた。

「あ、起きてる。おはよーリカちゃん。具合どう?」

「…………頭が痛い」

「あらま。じゃあ良いのがあるよ〜」

ヴィスは先程貰ったばかりの薬をリカルドの眼前で軽く振って見せる。
リカルドはそれを受け取って、しかし飲むことはせずに掌で転がす。

「……どうして俺は宿のベッドで寝ているんだ?」

「あ、覚えてないんだ」

「酒を飲んだ事は覚えている。だがその後、どうやって帰って来たのかが思い出せん」

「えーっと、それはね〜」

ヴィスは夜の間にあった事──店でリカルドを見つけて、ここまで運んで来た事だけ──を手短に説明した。

結局あの店は何だったのか、どうして白衣を着ていたのかというヴィスの追求は無視して、リカルドは断片的に残っている記憶を、ヴィスが話した通りに繋ぎ合わせていく。

「──って感じなんだけど、今日の予定大丈夫そう? テノスまで歩ける?」

「ああ……それは問題無いんだが……」

何やら居心地が悪そうな顔をして言い淀んだリカルドは、じっとヴィスの顔を見つめたかと思うと、ふいと背ける。

「……その、他には何も無かったのか?」

「他に?」

「酔った俺を、お前がここまで運んで……そのまま普通に、朝まで寝ていたのか?」

「……それは…………」

────あれ、もしかして覚えてる?

女性陣のアドバイス通り、忘れてしまっているのならそのままにしておく算段だったヴィスは、リカルドのその質問に閉口した。

覚えていないのなら余計な事は言わない方がいいのだろうが、もし分かった上で聞いているのだとしたら、何も無かったと嘘を吐いてもいいのだろうか?

悩むヴィスを見て、リカルドは返事を聞かずに立ち上がる。

「……そろそろルカ達も起きてくる頃だろう。支度が済んでいるのなら、先にロビーに行って待っていてくれ。俺はまだ少し時間がかかる」

「え? あ、うん。わかった」

答えずに済んで助かったと内心ホッとしつつ、ヴィスは自分の荷物を手に単身ロビーへと向かった。

それを見送ったリカルドは、フラフラと壁際に移動して、ゴンと頭をぶつける。

(……勘弁してくれ…………)

何事も無かったのなら、無かったと即答出来る筈だ。
ヴィスのあのリアクションは、「何かあった」と言っているのと同じ。

そしてその「何か」が何なのかは、薄らと残っている記憶が教えてくれている。
あれが夢だったのだとしても、そんな内容の夢を見ている時点でもう大問題なのだが、現実にあった事なら尚悪い。

(どうしてそんな事に……いくら酔っていたからと言って、俺はあいつをそういう対象として見た事は無かった筈だ)

店帰りでそういう気分になっていたから、と言うのも理由の一端にはあるのだろうが、それでもこれまではこんな失態を犯したことなど一度も無かったのに。

(あいつもどうして拒絶しなかったんだ……せめて怒るなり何なり……何故あんなに平然としているんだ……? まさか慣れているんじゃ無いだろうな。いや、慣れていたとしても別に不思議では無いが……そんな風には見えなかったな。かなり反応が初々し────じゃない! 思い出すな!!)

もう一度壁に強く頭を打ち付けて、リカルドは記憶の底から浮かび上がってくるヴィスの姿を打ち消した。

古傷の残る額が色んな意味で痛い。
人に言えないような情けない理由で付いた傷など一つで十分だ。立派な大人になった今は、これ以上増える事も無いだろうと思っていたのに。

(……今ならまだお互いに傷は浅くて済む。さっさと謝って、水に流してしまえば……)

リカルドは身嗜みを整えて、部屋の鍵を手にフロントへと向かう。
ロビーにルカ達の姿は無く、ヴィスは談話スペースで一人暇そうにしていた。

好都合だ。チェックアウトを済ませたリカルドは、話を付けにそちらへ歩いていく。
ヴィスもそれに気付いて、ヒラヒラと手を振った。

「ルカ達はまだか?」

「ううん、皆チェックアウトはもう済んでるよ〜。イリアちゃん達女性陣が朝市見に行きたいって言うから、なら今のうちに行ってきたら? って言ったんだ。そしたらルカくん達も荷物持ちで連行されちゃって……」

「それは……災難だったな。なら、俺達は奴らが帰ってくるまでここで待っていればいいのか? お前も見に行きたいのなら、合流しに向かってもいいが」

「俺は別にどっちでも。リカちゃんが行きたいなら付き合うよ〜」

「いや、俺は……その前に、お前に話がある」

「話?」

きょとんとするヴィスの対面の席に座って、リカルドは頭を下げる。

「すまなかった」

「え、何が?」

「夜の間に、俺がお前にした事についての謝罪だ」

「あ、やっぱり覚えてたんだ。でも、なんでそれでリカちゃんが謝るの?」

「酔って合意無くあんな真似をしたんだ、詫びるのは当然だろう」

「? 合意はしてたよ?」

「…………は?」

リカルドは顔を上げた。
ヴィスは相変わらずきょとんとした顔のまま、不思議そうにリカルドを見ている。

「していいですかって聞かれた訳でも無かったから、はいどうぞとは言ってないけど……嫌だったら抵抗してるよ。だからリカちゃんが無理矢理した事にはならないし、謝る必要も無いよ」

「な…………」

完全に予想外のリアクションをされて、リカルドは絶句。
ヴィスはリカルドの額が赤くなっている事に気付いて、どこかにぶつけでもしたのかと心配そうに尋ねる。

「お前……それは、どういう……俺に抱かれるのが嫌では無かったと言っているように聞こえるが」

「それで合ってるよ?」

「…………ああいった事に慣れている訳では無いんだろう?」

「うん、初めてだった」

「初めて!?」

金槌で殴られたかのような衝撃がリカルドを襲った。
そう言えば情事の最中にもそんな事を言っていたような気がしなくもないが、酔っ払いに初めてを奪われたのなら、普通もっと怒るなり落ち込むなりするべきなんじゃないのか。

「…………一応確認しておくが、俺に惚れている訳でも無いんだな?」

「惚れて……? それは多分無いと思うけど……」

「そうか…………」


────わからん。俺には、こいつのことが全く理解出来ん。何なんだ、こいつは。


まだ頭痛いの? 薬飲んだ? と全く見当外れのことを言ってくるヴィスに、結局どういう対応を取ればいいのか分からなくなったリカルドは途方に暮れた。
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