06.原罪が齎したもの

「あ〜、楽しかったぁ!」

「思い切り買い物するのって久しぶり。とても有意義だったわ」

「せやなぁ。美味いもんもあったし、この町は最高やな」

「面白いもの、沢山あた。キュキュ、もう少しここに居たい」

マムートの朝市を堪能し、上機嫌かつご満悦な女性陣に比べ、懐が随分と寒くなってしまった様子の男性陣達の面持ちは暗かった。

哀愁漂うその姿を哀れに思いながら、期せずしてその憂き目に遭わずに済んだリカルドは、同じく被害を免れたヴィスをちらと見る。

彼は依然として普段通りに振舞っていた。
ガルポスでシアンを一人追いかけて行ったあの時の彼は、無理をして平静を装っている風に見えたものだが、今回はそういった違和感のようなものは全く感じられない。

(……本当に気にしていないのか? 気にしているのは俺だけか?)

結局、宿での話し合いは、結論らしい結論にも至らずに終わってしまった。
ヴィスが気にしていないのなら、このまま流してしまっても良いのかもしれないが。そもそも、元は自分だってそうするつもりだったのだが。

いざこうして何の問題も無くアッサリと片付けられてしまうと、リカルドは釈然としない気持ちになった。

(少しくらいは気まずそうにでもしたらどうなんだ。どうしてそんなに普通に……ああクソ、イライラする)

面倒なことにならずに済んで良かったじゃないか。ヴィスの寛容さに感謝すべきだ。
冷静な頭はそう言っているのに、心がそれを拒絶している。

「リカちゃん大丈夫? やっぱりまだしんどいんじゃない?」

そんなリカルドの気持ちなど知らず、ヴィスは黙りこくったまま最後尾を歩いているリカルドに気付いて、そう声をかけた。

無理しないでね、と気遣ってくる相手は、やはり何処までもいつも通りで。
リカルドはムスッとした顔でそっぽを向いて、何も言葉を返さずに歩調を速める。

そんな対応を受けたヴィスは、何やらリカルドが不機嫌になっている事だけは理解したものの、その理由が分からずに困惑する。

「どしたのリカちゃん、何かあった?」

「……別に。何もなかった≠ウ」

「? でも凄い顔してるよ」

ほらここ、と縦皺の寄っている眉間を突こうとしてくるヴィスの手を、リカルドは叩き落とした。

吃驚して目を丸くしている相手に、気安く触るな、と冷たく言い放って、さっさと先頭にまで行ってしまう。

これだけやれば、流石にあいつも少しは意識するだろう。
リカルドのその思惑通り、元気だったヴィスは分かり易くしょぼくれて、さっきまでルカ達に向けていた視線をリカルドに向けている。

ああ満足したと、腹の虫が納まって足取りが軽くなったリカルドに、一連のやり取りを見ていたアンジュが首を傾げた。
日頃感情を表に出さないリカルドが、ここまで露骨に嫌な態度を取るのは珍しい。

「リカルドさん? ヴィスさんと喧嘩でもしたんですか?」

「え? ──ああ、いや、そういう訳じゃないんだが……」

あいつが抱かれたのにああも平然としているから──などとは口が裂けても言えず、リカルドはごにょごにょと言葉を濁した。

同じくリカルドの様子がおかしい事に気付いたコンウェイは、揶揄い目的でその原因らしいヴィスを捕まえる。

「キミ、彼と何かあったの?」

「うーん……分かんない。でも、リカちゃんが理由も無く怒るとも思えないし……」

「少しの心当たりも無いのかい? 彼があんな風に冷たく当たるなんて、よっぽどの事だと思うんだけど」

「心当たり……?」

直前にあったのは宿でのあの会話だが、そのやり取りの中にリカルドの気分を害するものがあったのだろうか?
ヴィスは自分の発言をよくよく思い返してみる。

(怒らせるようなこと言ったつもりは無いけど……合意って言ったのがダメだったのかな? 無理矢理する方が良かったとか? それとも感想が聞きたかったとか……でも、そもそもあれはリカちゃんの本意じゃ無かった筈だし……話を掘り下げるような真似したら嫌がると思ったんだけど……)

と、答えを見出せず頭を悩ませるヴィスを笑い混じりに見ていたコンウェイは、ふと気付く。

「……足、どうかしたの? 何だか歩き方がおかしいけど」

「ん? あー、大したことじゃないんだけどね。昨日ガルポスから酷使し過ぎちゃったせいか、筋肉痛みたいになってて」

「へぇ、それは大変だね。じゃあ、今ならボクが何をしても、キミの邪魔は入らないって事かな」

「わぁ〜、珍しく心配してくれてると思ったらそういう魂胆かぁ〜。筋肉痛くらいで君を仕留め損なったりしないよ〜」

うふふあはは、と笑い合う二人を見て、他の面々は「またやってるよ」と苦笑いを浮かべた。
一方、リカルドはまたヴィスの意識が自分から逸れた事で顰め面に戻る。

あの男の興味関心など所詮はその程度のものなのだろう。一夜を共に過ごそうが、ヴィスにとっての自分は他の皆と同列の存在でしかない。

もし仮に酔って襲ってきたのが他の誰かであったとしても、きっと彼は同じ対応を取るのだろう。同じように受け入れて、何事も無かったかのように振る舞うのだ。

リカルドはそれを想像しようとして、止めた。
他の誰かが彼を抱いているところなど見たくは無いし、そんな話を聞きたくもない。

俺だけであればいいのに。
いつもと違う余裕の無い表情も、触れる肌の温度も、他の誰も知らなければいいのに。

そこまで考えて、リカルドは己の思考がおかしい事に気付いた。
足を止めたリカルドを追い越してしまったアンジュが、不思議そうに振り返る。

(…………何だ、それは。俺は何を考えて……)

たった一回身体を重ねたくらいで、どうしてそんな独占欲が芽生えているのか。

これではまるで、俺があいつを────

(……まさか。そんな、そんな訳があるか。冗談じゃない)

リカルドの手に嫌な汗が滲んだ。
戦場で敵陣に単身乗り込んだ時のように、心拍数が高まる。

どうして彼に手を出してしまったのか。
それは酔っていたからだ。
けれどアルコールには人を変えてしまうような作用は無い。せいぜい判断力を鈍らせ、理性を飛ばす程度のものだ。

つまり、酔った状態で表面化する言動というのは、あくまでも自分の中に元々存在していたものでしかない。

(──違う! そんな筈は無い。そんな筈は無いんだ。もう何も考えるな……!)

俺はあんな訳の分からない男のことなど好きでも何でも無い。

相手に惚れられるのならまだしも、こちらを歯牙にもかけていない奴を一方的に恋い慕うなど、あんな脳天気な男の一挙一動にこちらが翻弄されるなど。
そんな事はあってはならない。己のプライドが許さない。

(普通はあいつが意識する側だろう! どうして俺があいつを目で追う様なことをしなくてはならないんだ、ふざけるなよ……!)

そんな意地から、掘り起こしてしまった本音を埋め直して、リカルドはそれを見なかったことにした。
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