06.原罪が齎したもの
「しかしよぉ、こんな戦争がいつまで続くんだろうな」戦場を歩き進めること数時間。
そろそろ出口が見えて来ようかというところで、スパーダがそう呟いた。
リカルドの背でそれを拾ったヴィスが頷きながら答える。
「そうだよね。実際、何が原因で戦争なんてしてるのかな?」
「理由など国によって様々だが、どの国にもそれなりの事情はあるだろうな」
「じゃあ、その事情とやらが解決したら、争わなくて済むのかな?」
「それはそうだが、実際に全ての問題を解決など出来る筈も無いだろう。もし仮にそんな力があったとすれば、今度はその力を巡って争いが起こるだけだ」
「そっかぁ……難しいね」
ならば戦いを回避するにはどうすればいいのだろうかと続く筈だったヴィスの言葉は、突如聞こえて来た男の高笑いに搔き消された。
何だ何だと辺りを警戒する皆の前に、ハスタが姿を現す。
「はいはい皆さんお待ちかね! 窓辺のマーガレット≠ナお馴染みのこのオレ様の登場です! ぴょん!」
相変わらずのその言動に、ガラムの火山で起こったあの事件が皆の脳裏にフラッシュバックした。
ルカは今はもう癒えた腹部を押さえ、スパーダは収まっていた怒りを再び爆発させる。
「てめぇ、ノコノコと面出しやがって!!」
「おんやぁ〜? ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……僕の為に狩る首を増やしてくれたんだね! 有難う、お母さん!」
「あのヒラヒラ、何言てるか? キュキュ、わからん……」
「あんな腐れ脳ミソ野郎の台詞なんか分からなくていいんだよ! おいハスタ! お前は必ずぶっ倒す!!」
「ああん? お前、名前なんだっけ? 口の利き方知らな太郎くん? もっと耳障りのいい言葉選ぶと吉よん」
「貴様の軽口は聞くに堪えん。沈黙させるには……死を以てでしか無かろうな」
「そうそう、そんなカンジ! 98点! キミももっとリカルド先生に口の利き方教えて貰うといいと思うよ」
「前から思ってたけど、リカちゃんハスタくんに随分気に入られてるよねぇ」
「やめろ、寒気がする。……それより、お前は下がっていろ」
「あ、うん」
背から降ろされたヴィスは、大人しく皆から距離を取った。
ハスタはそれを横目に見ながら、担いでいた槍をルカ達に向ける。
「さぁて、なんの脈絡も無いけれど、そろそろおっぱじめようぜ。お待ちかねの授血の時間だ」
「望むところだ! 今度こそ息の根止めてやる!!」
ルカを殺されかけた恨みが乗っている分、全員の攻撃は以前よりも勢いを増していた。
ハスタも飄々とした振る舞いこそいつも通りだが、ふざける余裕はあまり無いのか、以前には見せなかった大技も含めてそれに応じる。
戦場の兵士達も決して弱いという訳では無いが、彼らはもうそれとは違う次元に達している。
近付くことすら躊躇わせるような激闘。強者と強者の殺し合い。
ルカ達が強くなっている事は、彼らの身を守る上では良い事なのだろうが。
今のこの光景は、あまり見ていて楽しいものではない。
(ガラムでの事もあるし、ハスタくんと仲良くっていうのはちょっと難しいのかもしれないけど……出来ることならこんな風に戦わずに、皆幸せで居てくれたらいいのになあ……)
と、思考に耽っていたヴィスは、不意に飛んできた槍を既の所で躱した。
「うわっ!? 吃驚した!」
「いけないなぁ〜、せっかくのパーティーなのに、そんな暗〜い顔で座り込んでちゃあ。盛り上がるもんも盛り上がりませんぜ?」
「いやあの、ちょっと待っ……!」
今はまともに動けない状態にあるヴィスは、容赦なく打ち込んでくるハスタの槍を鈍い動きで避け続ける。
「やめろハスタ! お前の相手は俺達だ!」
「おんやぁ? リカルド先生、急に顔色が悪くなりましたピョロよ? あ、ウソウソ、顔色が悪いのはいつもの事でした! ちなみにハスタくん、やめろと言われると無性にやりたくなっちゃう性分でして!」
リカルドの弾丸を凌いで、ハスタは槍の先にヴィスを引っ掛けて上空に投げ飛ばした。
そして自身もすかさずそれを追い、崖の上で再びキャッチする。
「ちょっと旗色が悪い気がするので、ハンデを貰うことにするでヤンス! ほらほらぁ、この子猫ちゃんをズタズタにされたくなかったら、大人しくするんだよ?」
「わー、捕まっちゃった〜。子猫ってサイズじゃないんだけどなぁ〜」
と、さながら親猫に咥えられた子猫のように、槍の先に吊るされてプラプラと揺れるヴィスは、全く怯えた様子もなくハスタと同じテンションで喋る。
それを下から見ていた一行は、緊張感を削がれて脱力。
「なんや、めっちゃ余裕ありそうやなヴィスにーちゃん。ほっといてええんちゃう?」
「で、でもほら、ヴィスさんまだ足の調子良くないだろうし、助けてあげないと……」
「あれ、人質作戦失敗? キミってもしかしてあんまり大事にされてない感じ?」
「うーん、どうかな〜。少なくともあそこの黒髪の子には効果ないだろうね」
「よく分かってるね。という訳で、ボクは遠慮なくやらせて貰うよ」
「そ、そんなぁっ! 仲間なのになんてヒドイんだ君は! 可哀想じゃないか!」
そんな茶番を繰り広げつつも、ハスタはヴィスをぶら下げたままの槍を握って、しっかりとコンウェイの攻撃を避けた。
「じゃあ君はもうお役御免だぁ。恨むんなら仲間を恨んでちょ〜」
そして、笑顔でそんなことを言いながら、再びヴィスを放り投げて、宙に浮いたその体目掛けて槍を突き刺そうとする。
だがリカルドの銃弾がそれを阻み、仕留めそこなったハスタは今度は足先をヴィスのフードに引っ掛けた。
弾みで首が絞めつけられたヴィスは、ケホケホと噎せながらハスタのその奇術師のような芸当に拍手を送る。
「ハスタくん、見た目細いのに力あるねぇ」
「そうだろう? これはね、インナーマッスルを鍛えているんだ。脱ぐとスゴイってヤツさ」
「言ってることは意味不明だけど、確かにやってる事は凄いわね……って、感心してる場合!? いい加減ヴィスを離しなさいよ!」
「さっきも言っただろう、まな板お嬢さん? オレはね、こうしろああしろって言われると逆らいたくなるタイプなんだよ」
「誰がまな板よ!!」
「まぁいいさ。いい加減オレ様も飽きてきたところでね、この子猫ちゃんは返してあげよう。ほらパース!」
「え? うわっ!」
そう言って、ハスタはサッカーボールを蹴るかのように足を振って、ヴィスを崖下に放り投げた。
その先に居たリカルドはそれを受け止めようとして――ヴィスの陰に隠れるようにして一緒に飛んできたハスタの槍に肩を切り裂かれる。
「ぐ……ッ! くそッ!」
「リカちゃん!!」
「ふんふん、やっぱりリカルド先生にはこういうやり方が一番効果的ですなぁ! ハスタくん賢〜い! 120点!」
と、浮かれた声でリカルドの血が付いた槍を振り回すハスタは一旦無視して、ヴィスは苦痛に顔を歪めるリカルドの傷を診る。
「……っ気にするな、大した怪我じゃない。今はそれより奴を……」
「でも……」
「あらそう? じゃあ、おかわり行っとくかい? ハスタビーム!」
容赦なく追撃しようとしてくる相手に、ヴィスはリカルドに視線を向けたまま、静かに指を鳴らした。
瞬間、踊っていたハスタは金縛りにでもあったかのようにピタリと動きを止めた。