06.原罪が齎したもの

雪によって白く染められた北の国テノス。
ナーオスで調べた記憶の場の手掛かりはここが最後だ。ルカ達は口々に感想を述べたり寒さに震えたりしながら、半分凍っている噴水の前に集まる。

「アンジュ、気をつけろよ。テノスはお前を狙っていたアルベールの本拠地でもある」

「ああ、そうでしたね。アルベール……一体どういう人なのかしら」

「俺も仲介人を通じて依頼を受けただけだからな。人物像までは分からん。ただ、テノスの高官でもあるらしい。一筋縄ではいかん男だろう」

「とにかく、一度会ってみればいいんじゃないの?」

「そうね。案外話し合いで解決出来るかもしれないものね」

「それはどうかな? アンジュ宛の手紙も書かず、いきなり俺に誘拐を依頼する相手だぞ? とにかく、アルベールの動きには気をつけねばな」

「じゃあ、いつも通り街を回って情報を集めようか。遺跡とか祭壇とか、記憶の場がありそうな古くからの信仰の跡をね」

「オッケー。んじゃ恒例のコイントスを……」

「待て。今回はヴィスは抜きだ」

未だ反省中の為、話には混ざらずに黙して聞いていたヴィスは、突然そう言われて困惑。

「えっと……何で?」

「歩くことすらままならん奴を連れ回す訳にもいくまい。お前は宿で休んでいろ」

「で、でも……」

ヴィスはちらりとコンウェイとキュキュの方を見た。
くしゃみをするキュキュの隣で、コンウェイはその視線と考えに気付いて答える。

「ここまで来て、まだ信用を得られていないのかな? 心配しなくても、キミを怒らせるような真似はしないよ」

「それじゃあ、先に宿を取りに行きましょうか」

実際足手纏いになってしまっている以上、強く反対も出来ず、ヴィスは言う通りにするしかなかった。
部屋に一人残されたヴィスは、外に居るルカ達を窓越しに見つめる。

(……リカちゃん、全然目合わせてくれなかったなぁ。嫌われちゃったかな)

置いて行った理由はきっと、言っていたことの他にもあるのだろう。
彼は元々用心深い男だ。嘘と隠し事だらけの人間を傍に置いておきたくはないのだろう。実際、ナーオスで共に旅をする事が決まった時にもそう言っていた。

自分がコンウェイ達に抱いている警戒心を、今の自分はリカルドに与えてしまっている。

(…………。俺、一緒に居ない方がいいのかな)

今この時に限っての話ではなく。そもそも、自分は存在しない方が良いのではないか。

ガルポスからずっと考え続けている事の答えが見つからず、ヴィスは寝台に寝そべって、無理にでも体を休ませようと瞼を閉じた。






街の東に遺跡があるという噂を聞いたルカ達は、神待ちの園と呼ばれるその場所にやって来ていた。
目的は定かではないが、アルベールの部隊もこの場所に向かっているらしく、彼らがやって来る前に探索を済ませてしまおうと、一行は所々凍った足場の上を慎重に進んでいく。

「エル、大丈夫か? 唇が真紫色だぜ?」

「さ……さむさむ……さささささむ……い……」

「エル、貴女もう少し服装考えたら?」

「そんなんしゃあないやん! ほなウチにも厚着させてくれっちゅう話やで。あーあ、ヴィスにーちゃんがおったら、ええ感じのコート出して貰えんのに〜」

「街を出てくる前に頼んでおけば良かったね。今更言ってももう遅いけど……」

「ヴィスと言えばさぁ、結局あいつって何なのかしらね。記憶の場も結構回ったのに、未だにどの記憶にも名前すら出てこない、なんて変じゃない?」

「だよなぁ。なんか思い出せそうな気はずっとしてるんだけどよ。記憶にフタでもされてるみてーな感じがすんだよな」

「確か前に、ほぼ全員と面識があるような事を言ってなかったっけ? それに該当しそうな人物とか居ないのかい? スパーダくんみたいに、人じゃない可能性もあるだろうけど」

「そんな人居たかなぁ……前世の私達の共通点と言えば、全員センサス側に属していたって事くらいだと思うけど……」

「リカルドのおっちゃんは既視感とか全然あらへんて言うてたしなぁ、ラティオの人や無いんちゃう? なぁおっちゃん」

「…………」

「あれ? おーい、聞いとるん?」

「……ん? 何だ?」

「何だやあれへんがな。どないしてん、ボーッとして。そない厚着して、まさか寒さにやられたとか言わんといてや」

「いや、それは大丈夫だ。すまん、少し考え事をしていた」

「ああ〜アカン! 寒い言うたら余計寒なってもーた! このままやと凍え死んでまう!」

「ちょっとエル、そんな叫ばないでよ! こっちまで寒くなるじゃない! っていうか、キュキュはどこ行ったのよ?」

「おお〜、滑る! 皆、ここ滑る!」

少し先でアイススケートの様に滑っているキュキュを見て、危ないと言ったルカが足元不注意で滑って転んでしまう。
そのルカにつんのめったイリアも倒れ、喋っていたせいで気付くのが遅れたスパーダとエルマーナが更にそれに躓いて転がる。

「ちょっと何やってんのよ!」

「いたたた……ご、ごめん……」

「つつつ冷たぁっ!? 無理! ウチもうアカン……」

「エル! 大丈夫!?」

「皆、何してるか? 遊びか? キュキュも混ざる!」

「ちっげーよバカ! 今こっち来んな!」

と、皆がある意味でお祭り騒ぎになっている中、被害に遭わぬよう退避していたコンウェイが、尚も上の空になっているリカルドに言う。

「何か悩み事? どうせ彼の事だろうけど」

「……お前は、あいつが俺達に隠している事について、何か知っているのか?」

「まさか。彼については、ボクの方が色々と聞きたいくらいだよ」

「そうか。ならいい。気遣って貰って悪いが、今は放っておいてくれ」

思考が纏まらない。リカルドはモヤモヤとした感情を持て余して歯を軋ませた。

あいつは何者だ? 俺達の敵なのか? 何が目的で一緒に来ているんだ?
どうして記憶喪失だなどと嘯いてまで正体を隠す? 何故あれだけの力を持っていながら何もしない?

どこまでが演技で、どこまでが嘘なんだ。
本心では俺達のことを――俺のことを、どう思っているんだ。

「……これはボクの勝手な意見だけど、彼はキュキュと同じタイプの人間だと思うよ」

不意にコンウェイがそう言った。リカルドは顔を上げて彼を見る。

「隠し事はするし、それを隠し通す為の嘘もつくかもしれない。けど、それだけだ。彼の言動は一貫してブレがなく、とても分かり易い。変に穿った見方をしなければね」

「……何が言いたい?」

「ボクに嫉妬する前に、どうして彼がボクにあそこまで固執しているのか、どうしてボクやキュキュをあんなに警戒しているのかについて考えた方がいいんじゃないかって話だよ。これまで頑なに使わず隠してきた力を、どうしてあの時魔槍の刺客――ハスタに使ったのか、とかね。……こういうのは本来ボクの役割じゃないから、これ以上の助言はしないよ」

コンウェイはそれだけ言って、団子状態で収拾がつかなくなっているルカ達を助けに行った。
リカルドはコンウェイに言われたことについて一人考えてみる。

(どうして、だと? それを考えたところで何になる。力を使ったのは、単に今回は戦闘に巻き込まれたからだろう。コンウェイに突っかかる理由など、俺は別に知りたくも……)

だがこのまま考えることを放棄してしまうのも、コンウェイに負けたような気がして癪だ。
なのでリカルドは更に考えた。力を使った当時の状況、コンウェイ達に対するヴィスの言動を、よくよく思い出してみる。

(……そう言えば、初めてキュキュと会った時のあいつは……)

突然抱きついてきたキュキュに、自分より先に反応したのはヴィスだった。

あんなに取り乱して怒っているところを見たのは初めてだったから、正直キュキュの行動よりもそちらに驚いた。

(理由……俺が何かされるんじゃないかと思ったから、か?)

だからあんなにも、コンウェイ達を目の敵にしているのか?
彼らが、俺やルカ達に危害を加えるかもしれないから?

(……なら、ハスタの時に力を使ったのは……)

まさか、俺が危ないと思ったからか?

確かにあの時の自分は、向かってくるハスタにライフルで応戦出来るような状態では無かった。
ヴィスが止めてくれていなければ、あのまま殺されていたかもしれない。

目先のことに囚われて、見落としていた大切なこと。

リカルドはルカ達と談笑しているキュキュを見た。
エルと同じく薄着の彼女は、氷の上で皆にくっついて暖を取ろうとしている。

きっと最初に自分に抱きついてきたのも、あれと同じようなノリだったのだろう。
別に何かを企んでいた訳ではなく、純粋な好意でやったことだったのだ。

(……ああ、そうか。コンウェイが言いたかったのは、そういう事か……)

彼はキュキュとヴィスを同じタイプの人間だと言った。それはつまりこういう意味だろう。

「隠している事はあるのかもしれない。けれどそれを理由に、彼の言動の全てを疑う必要は無いと思うよ。彼がボクを気にするのだって貴方を想っての事なのに、曲解して暴走してないかい?」

翻訳が完了したリカルドは片手で顔を覆った。
そして、今日一日の自分の空回りっぷりと、幼稚としか言いようのない言動を後悔する。

(……色々と疑う前に、謝罪と礼をするべきだったな)

ガルポスで裏切る前も後も、彼は態度を変えなかった。責めもせずに許してくれた。
それに甘えておきながら、逆の立場になった途端に突き放すなど。

(あいつにも事情があるんだろう。問い質すのは、それが明らかになってからでいい。今大事なことは……俺がハッキリさせたいのは、そんな事ではないな)

色々あり過ぎて散らかっていた思考が整理されて、いつもの調子を取り戻したリカルドは、迷いのない足取りでルカ達を追った。
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