06.原罪が齎したもの

(……あれ? ここ……)

霧の立ち込める薄暗い空間に、ヴィスは一人で立っていた。

足元にはブクブクと泡立つ赤黒い沼が広がり、人骨のようなものがあちこちに突き刺さっている。

(レムレース湿原……かな? でもちょっと違うし、多分夢……なんだろうけど、本当に夢を見るのは珍しいなぁ)

何処からか呻き声が聞こえて、ヴィスはその声の方を向いた。
現実でも見た動く屍が、四方八方からゆっくりと近付いてくる。

ヴィスは自分からそれらに歩み寄った。
だが、すぐ近くまで来て気付く。

屍の纏っている衣服が、ルカ達のものと同じであることに。

「――――っ!?」

心臓が跳ねた。屍達はヴィスに手を伸ばす。

「タ……ダスゲデ……タズゲテ……」

「ドウジテ……タスゲテ……クルジイ……」

ぼとり、と伸ばされた腕が腐り落ちて地面に落ちた。
足元の地面からも、白骨化した手が伸びてくる。

「オマエガ……オマエノゼイデ……」

「ドウジテ……ドウシテ……ドウジテ……」

ルカが、イリアが、スパーダが、アンジュが、リカルドが、エルマーナが、チトセが、シアンが、その前世であるアスラ達もが、次から次へとヴィスに群がる。

センサスやラティオの兵士達、元老院の人々。
天空神に、それよりずっと前の世代に居た神々。

その全てが動く屍となって、口々に囁く。
ドウシテ、ドウシテ、ドウシテ、と。

身動きの取れなくなったヴィスの肩を、背後から誰かが叩いた。

そこに居たのはマティウスだった。
仮面を外したその人が、現実で聞いたのと同じ言葉を告げる。

「こんな想いをするくらいなら……最初から、生まれてきたくは無かったよ」






パチパチと、暖炉の薪が燃える音がする。

目を覚ましたヴィスが見たのは、宿の部屋の天井だった。
上体を起こして暫し呆然となっていると、コンコンという音の後、部屋の扉が開かれる。

「ああ、何だ、起きていたのか」

入ってきたのはリカルドだった。
急いで来たのか、黒い髪に白い雪が溶け残っている。

「足の調子はどうだ?」

「…………」

「ヴィス? どうした、具合が悪いのか?」

「……ごめん、何でも無いんだ。気にしないで、ちょっと嫌な夢見ただけで……」

嫌な夢。そう、今のはただの夢だ。

けれど、いつ現実になってもおかしくはない。
創世力がある限り、永遠にその可能性はついて回る。

「……やっぱり、無い方がいいよなぁ……」

存在するだけで争いが起こる。使われる度に何かが消える。誰かが居なくなる。

始祖の巨人の孤独を癒した代償に、こんなにも多くの人々が苦しんでいる。

「ごめんね……全部俺のせいだ」

リカルドにはその謝罪の意味も、今のヴィスの心境も分からなかったが。
慰めの言葉をかける代わりに、ガラムでしたのと同じように、シーツの上に放り出されている手を握る。

愛しい命。自分の守るべきもの。
ヴィスはそれを確かめるようにリカルドの手を握り返して、数回深呼吸すると、いつもの笑顔に戻った。

「ありがとリカちゃん、もう大丈夫。ごめんね」

「気にするな。……俺の方こそ、色々とすまなかった」

「え、何が?」

「今日の俺は態度が悪かっただろう。その足も、元はと言えば俺のせいで……」

「違うよ、これは俺の自己管理が出来てなかっただけで……」

「いいや俺が悪い」

食い気味にそう言われて、ヴィスはその先の言葉を言えずに口を閉じた。

「それより、実はアンジュがアルベールに連れて行かれてな。いや、厳密にはアンジュが自分の意思で奴について行ったんだが……ともかく、俺達は今それを追っている。お前はどうする? そもそも歩けるか?」

「足はもう平気だけど……俺も行っていいの?」

「ん? どういう意味だ?」

「リカちゃん、俺のこと怪しいって思ってるでしょ? 一緒に居るの嫌なんじゃないかなって。今日ずっと様子がおかしかったし……」

「ああいや、それは……」

「無理しなくていいよ。俺、一緒に居てもあんまりお役に立てないし、そんな気持ちにさせてまで一緒に居るのは良くないなって。だから俺はここで皆とお別れ……」

「待て、何故急にそんな話になる!?」

「だって俺、リカちゃんに嫌な思いさせたくないもん」

思い詰めた顔でそう言われて、リカルドは長い溜息を吐いた。
嫌な思いは確かにしたが、それは何もヴィスに問題があった訳では無い。

「ほら、そうやって溜息も吐かせちゃうし」

「違う。これはそういうんじゃない。……俺のことはいいから、お前がどうしたいのかを言え」

「俺はさっき言った通りだよ?」

「お前の自由意思を述べろと言っているんだ。俺がどう思うだとか、役に立つか立たないかじゃなく、お前が俺達と一緒に居たいか居たくないか、だ」

「それは……一緒には居たいけど、でも……」

「なら来ればいいだろう。行くぞ」

手を引かれ立ち上がったヴィスは、そのまま足早に宿を出ていくリカルドと、繋がれたままの手を交互に見る。

「アンジュ達は恐らくこの街の兵器工場に居る。ルカ達は先へ向かった。急いで合流するぞ」

「うん。それはいいんだけどさリカちゃん」

「何だ、まだ何か文句があるのか?」

「文句じゃないんだけど、今日は手はこのままでいいの?」

「手? 手がどうした」

と言いながら、リカルドはガッチリとヴィスの手を掴んでいる己の手を見て、驚き慌てて離した。

「もっと早くに言え!」

「あれ、気付いてなかったの?」

それなら言わなきゃよかったなぁと残念そうに言うヴィスを、僅かに赤くなったリカルドが睨む。

「……誰にでもそうなのか?」

「ん? 何が?」

「…………。何でもない。今する話でもないな」

「?」

そんな挙動不審のリカルドの先導で、ヴィスは兵器工場の中に足を踏み入れた。
ベルトコンベアで繋がれた足場を強引に渡って奥へ進んでいき、無事にルカ達とも合流すると、全員で工場の屋上へと向かう。

そして扉を開くなり、その先に置かれてあるものを見て、キュキュが興奮気味に聞く。

「あれ、なにか? スゴいものか!?」

「あれは飛行船。空を飛ぶ船だ。テノスの技術力は侮れんな、あんなものまで造れるとは……」

「あそこ! アンジュねえちゃんと、さっきのスカシ野郎や!」

飛行船の下に探し人を見つけたエルマーナは、そう言って走り出した。
アンジュ達はそれに気付かず、何やら話を続けている。

「とりあえずは無事みたいだけど……そもそもどうしてアンジュちゃんはアルベールさんについて行ったの?」

「あれ、リカルドから聞いてないの?」

「すまん、説明よりもアンジュを追う方を優先した」

「あのアルベールって奴、前世はヒンメルなんだってよ。オリフィエルと何かあったみてーだけど、お前なんか知ってるか?」

「……え、ヒンメル……!?」

その名を聞いた瞬間、ヴィスの顔色が変わった。
それと同時に、アルベールが叫ぶ。

「さあ、姿を現すがいい。我が城――天空城よ!」
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