06.原罪が齎したもの

テノスの上空を覆っていた分厚い雲が渦を巻き、その中心に光が灯る。

創世力が齎した崩壊、唯一それに巻き込まれずに遺った天空城。
結界によって長く人々の目から隠されていたその天上界の遺物が、封印を解かれて現れる。

「オリフィエル……どうやら僕達二人の間には、障害が付き物らしいね」

頭上に浮かぶその威容に目を奪われていたルカ達は、アルベールのその言葉で目的を思い出した。

アンジュは双方の間に入って、アルベールを庇うように両手を広げる。

「皆お願い、この人の邪魔をしないで……」

「何でやアンジュねーちゃん! そいつと一緒に行ったら死んでまうかもしれへんねんで!? ウチ、そんなんイヤや!」

「アンジュお願い、そこを退いてよ……!」

「ごめんねルカくん、それは出来ない……たとえ貴方達と戦おうとも……!」

「どうしてよ! そんな奴の為にどうしてそこまで……!」

「……前世の償いの為、かな?」

図星を突かれたアンジュは、驚いて発言者のヴィスを見た。
事情を知らない他の皆は、どういう事だと二人を見る。

「オリフィエルくんは、天空神ヒンメルくんの教育係だったんだよ。ヒンメルくんは元老院の意向に背いたせいで幽閉されて、オリフィエルくんはその救出をアスラくんにお願いしてた。でも……その前に、ヒンメルくんは処刑されてしまった。間に合わなかったんだ」

「そう……ヒンメルは私を信じて待ってくれていた。それなのに……私は、彼を救う事が出来なかった……! だからもう、私はこの人を裏切りたくないの……!」

「成程、そういう事情か……」

「でもだからって……! アルベール! あんたもマティウスの手下なんでしょ!」

「勘違いしないで欲しいな。創世力を手に入れるのは僕自身の望みさ」

アルベールは屋上から地上を見下ろした。
吹雪に閉ざされた視界の先では、今も戦争が続いている。

「君達も見ただろう、この地上の有様を……天上人と変わらず、愚かにも戦乱に明け暮れる地上人の姿を! 全ては天からの恵みが失われたから……無恵が原因だ! 僕は天上界を蘇らせて、地上に再び恵みを与える。この世に起こる、全ての争いを無くす為に!」

「ちょっと待てよ。創世力って、世界を滅ぼす力なんじゃねぇのか? それでどうやって天上界を甦らせるんだよ」

「いや、創世力は世界を創り替える力だそうだ。それが本当なら、アルベールの言っている事も実現出来るだろう」

「でも、創世力を使うには生贄が必要なんじゃないの? 貴方はその願いの為に、アンジュを犠牲にしてもいいって言うの……?」

「愛するオリフィエルを死なせたりするものか……彼女に僕の命を使ってもらうのさ」

え? と、皆がアルベールを見た。
どうやらアンジュも聞かされていなかった様で、ポカンとした顔でアルベールの方を向く。

「僕はずっとオリフィエルになりたかった。僕を導き、守ってくれたオリフィエルに……オリフィエルは僕を信じて、僕の為に、ラティオ全軍に謗られる道を選んでくれたんだ。だから今度は僕が、彼女の生きるこの世界を守る……!」

「バッカバカしい! あんたバカじゃないの!? そんな事されたら、アンジュだっていい迷惑よ!」

「君達には関係ない! これは僕とオリフィエルの……」

「関係あります! 彼らは私の大事な仲間ですよ!? 仲間と貴方の間で、私がどれだけ悩んだと思っているの!!」

アンジュの悲痛な叫びを聞いて、アルベールは閉口した。
頭を振ったアンジュは、沈黙するアルベールの手を握る。

「ヒンメル……いいえ、アルベールさん。今の貴方は、幽閉されていたあの頃とは違う。天空神とは違っても、人の上に立ち、人の営みが生む力を自在に操る事の出来る貴方になら、創世力になんて頼らなくても、世界を救う事は出来る筈よ。誰も犠牲になんかせずに……」

「アンジュの言う通りだぜ。こんなバカデカい飛行船造れるだけの技術があんなら、幾らでもやりようはあるんじゃねーか?」

「ほんまやで。お金かて、ぎょーさん持っとるやろうし。それ上手いこと使うたら、戦争かて止められるんとちゃう? わざわざアンジュねーちゃん悲しませるようなやり方せんといてぇな」

「そうだよ。世界が平和になっても、貴方が居ないんじゃ、アンジュはきっと悲しむと思う。それってアンジュの為にならないよ」

アルベールはそれぞれの言葉を受け止めて、最後にアンジュを見た。
アンジュは頷き、アルベールは静かに目を伏せる。

「……そうだね。悲観して創世力に手を出す前に、出来る事はまだあるのかもしれない」

「よーっし、よく言った!」

「えーっと、それじゃあもう創世力に用は無いよね? アルベールくん、天空城を早く元に戻して……」

「何を言う。せっかく封印を解いてくれたのだ、このまま有難く使わせて貰うぞ」

突如として聞こえてきたその声は、頭上からのものだった。

見上げれば、飛行船の上にマティウスの姿がある。その両脇には、シアンとチトセの姿も。

「幾ら地上を探しても、創世力が見つからぬ筈だ。創世力も天空城も、力が使われた時のままで残っていたという訳か」

「天空城が、創世力の使われた場所……? やっぱり、お前が創世力を使ったのか? お前は一体……魔王って一体何なんだ!」

「まだ私が誰かわからぬか。これを見れば、多少の心当たりもあるのではないか?」

そう言って、マティウスは仮面を外した。

顕になったその素顔を見て、銃を向けていたイリアが凍りつく。

「そんな……その顔は、イナンナ……!? どうして……!」

「ハハハハハ! 私の顔一つで随分な狼狽えぶりだな。まあ、そこで永遠に私の前世について思案するがいい。創世力が天空城にあると分かればこちらのもの……アルベール、この船は我が教団が接収させて貰うぞ」

そう言い残して、マティウス達は姿を消した。
直後、停めてあった飛行船が動き出し、屋上を離れて雲の向こうに消えていく。

「ど……どうすんだよ! あいつらに先越されちまうじゃねェか!」

「直ちに別の船を用意させよう」

「なんや、自分協力してくれるんかいな?」

「オリフィエルに……アンジュに逆らって、お尻ペンペンは御免だからね」

冗談混じりにそう言って、アルベールはマティウスに奪われたものよりは小型の飛行船をルカ達に貸し与えた。

別れを惜しむアルベールをアンジュが宥めて、皆は直ぐ様その船に乗り込む。

「それで、これ誰が操縦するの?」

「誰って、ウチらの中で操縦なんか出来るん、リカルドのおっちゃんしか居らんやん」

「だな。頼むぜおっさん」

「宜しくね。僕達は邪魔にならないよう、向こうに行ってるから」

「あ、ああ……」

ルカ達はマティウスの素顔に動揺しているイリアを気遣いながら船室に消えて、強引にパイロットを任されたリカルドは不安げな顔で操縦桿を握った。
その場に残ったキュキュとヴィスが心配そうに見守る中、飛行船はゆっくりと浮上して屋上から飛び立つ。

「浮いてる! リカルド、すごい!」

「…………」

「大丈夫? リカちゃん」

「大丈夫だ。だから、お前達も向こうへ行っていろ」

一切余裕の無さそうなその面構えを見て、キュキュとヴィスはそっとその場を離れる。

「あ、そうだその前に。リカちゃんにちょっとお願いがあるんだけど……」

「後にしろ。今は何を言われても、内容が頭に入って来ん」

「うーん、そっかあ」

けれど、もう今しか頼めるタイミングが無い。

ヴィスはどうしようか悩んで、閃くと指を鳴らした。
出てきたペンとレターセットを手に、操縦室の端で床を机替わりにして、サラサラと文字を綴っていく。

「――おい皆! マティウスの船が見えたぞ!」

ヴィスが手紙を書き終えるのと、リカルドがそう叫ぶのはほぼ同時だった。

「直接乗り込む! 総員、対ショック用意!」

マティウス達の船から繰り出される砲撃を躱しながら、リカルドは口を開けている貨物室に操縦する船を滑り込ませる。

荒っぽくはあったが、何とか無事着陸が成功してホッと息を吐いたリカルドは、着陸の衝撃で船体に頭をぶつけて呻いているヴィスに気付く。

「おい、行くぞ。しっかりしろ」

「う〜、痛い……吃驚した……」

「ちゃんと事前に忠告はしておいただろう」

蹲っているヴィスの傍に屈んだリカルドは、若干涙目になっている相手の頭を笑いながら摩った。
その手は無意識のうちに頬に流れ、唇を親指の腹がなぞる。

「? リカちゃん?」

「あ、いや、すまん。間違えた」

間違えたって何を?
聞いた方も発言した方も思ったが、ヴィスはさして気にせずに流し、封筒を相手に手渡す。

「ん? 何だこれは」

「さっき言ってたお願いしたいことだよ〜、後でもいいから読んでね」

「わざわざ手紙に書くほど込み入った内容なのか?」

「そうじゃないんだけど、落ち着いて話せる時間無さそうだし、忘れないようにと思って」

納得したリカルドは、紛失したり戦いで破けたりしないよう、その手紙をコートの内ポケットに収める。

「俺もお前に話したい事があるんだが……事が終わってからでいいな」

「え、何かあるなら今聞くよ?」

「今はいい。マティウスや創世力の事が片付いたら聞いてくれ」

そう言って船を降りるリカルドを、ヴィスは慌てて追いかけた。
恐らくはマティウスが放ったのだろう、船内に居る敵を蹴散らしながら、一行は艦橋目指して進む。

「待ってリカちゃん。その話って、大事な話?」

「まあ、俺にとってはそうだな」

「じゃあ今話して欲しいんだけど……」

「今は悠長に話をしている場合では無いだろう」

「歩きながらでも話は出来るよ?」

「それはそうだが、こんな状況でそんな風に話していい内容でも無いからな」

今は戦いに集中しろと言って、リカルドは進路を塞ぐ敵の数を減らしていく。
ヴィスも敵に囲まれた状態ではそれ以上食い下がることは出来ず、諦めて先に進んだ。
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