06.原罪が齎したもの

『絶対におかしいと思うの』

特に決まっているわけでもないが、大体いつも最後尾を歩いている異邦人二人のうちの一人が、もう一人にだけ通じる言葉で言う。

『何が?』

『分かっているくせに、いちいち恍けないで。ヴィスの事よ』

『まあ、確かにおかしいね。ルカくん達は特に気にしてないみたいだけど』

コンウェイは前を行く少年達を眺めながら言った。
崖際で雲海を見下ろしていたエルマーナが強風に煽られ、落ちそうになったところをルカが慌てて掴む。

『ここまでずっとキュキュ達を監視していたのに、今このタイミングで突然野放しにするなんて……絶対におかしい』

『ボクにとっては好都合だけどね。キミだって、ずっと監視されていたい訳でも無いだろう』

『それはそうだけど……理由が分からないと逆に不安だわ。彼はやろうと思えばいつでもキュキュ達を始末出来る筈なのに、それもしないし……』

ハスタとの戦いの際に、彼が見せた実力の片鱗。
あれを見た時、キュキュとコンウェイは内心でかなり焦っていた。

指先一つで武器を壊し、四肢の自由を完全に奪ってしまえる術。
どれだけ自分達の腕前に自信があろうと、あんな規格外の力に対抗する術など無い。

『何か飛行船から離れられない理由があるのだとしても、いつものヴィスなら、黙ってキュキュ達をルカ達と行かせたりはしない筈。まさか存在を忘れている訳でも無いでしょうに……』

『……まあ、ボクはその可能性もあるんじゃないかと思ってはいるけどね。さっきの彼、様子がおかしかったし。あれじゃあまるで、今生の別れみたいだ』

『縁起でもないこと言わないで』

『……キミ、彼のことまでそんな風に扱うんだね? ルカくん達はともかく、彼はボク達の敵かもしれないのに』

『そうかもしれない。けど、少なくとも彼はルカ達の味方よ。ルカ達のことをとても大切にしてる。彼が居なくなれば、きっと皆悲しむわ。死んでもいいだなんてキュキュは思わない』

『居なくなれば悲しむ、か。……ああ、もしかすると、ボク達が生かされているのも、同じ理由なんじゃない?』

『? どういうこと?』

『彼がボク達を殺さない理由だよ。ボク達を殺したら、ルカくん達が悲しむとでも思っているんじゃないかな』

『ああ……そういうことね』

『まあ、憶測でしかないけどね。何にせよ、彼に心を許し過ぎて、足元を掬われないようにしなよ』

『わざわざ親切にリカルドとの仲を取り持ってあげていた人には言われたく無いわね』

「また内緒話か? 怪しまれたくなければ、ほどほどにしておけよ」

「おぉう、ウワサをすれば!」

コロッと表情を変えて、歳相応の無垢な少女に変化したキュキュの言葉に、声をかけたリカルドが怪訝な顔をする。

「噂? 俺のことを話していたのか? 悪口じゃないだろうな」

「ちがう。リカルドとヴィスが、仲良しでうれしいのハナシ! でもヴィス、置いてきてよかったのか?」

「何だそんな話か。まあ俺も気にはなるが、以前のハスタの様に人質にでも取られては困るからな。置いていった方がまだ危険も少ない」

「そうか、そうか。リカルドがいいなら、キュキュもそれでいい」

キュキュはルカ達の元へ駆けていき、彼らに後ろから飛びついた。
驚いたルカがバランスを崩して落ちそうになるのを、イリアとスパーダが助ける。

「それで、貴方はあれから彼ときちんと話をしたのかな? 伝えるべき事は伝えられたかい?」

「ん? ああ、まあ……これが終わったら話そうと思ってる。世話をかけたな」

「これが終わったら、ね……まあいいけど」

と、話しながら歩いていたコンウェイは、道に倒れている崩れた石碑を見て足を止める。

「どうした?」

「いや……これがちょっと気になって」

「これは……何かの図か?」

「どうしたんです二人とも? 何か見つけましたか? ……あら、それは……」

「アンジュ、この図が何か分かるのか?」

「図形じゃありませんよ、リカルドさん。それは文字です。私達が前世で使っていた天上界の文字よりも、もっと古いものですね」

「文字……? そう言われれば、そう見えなくもないが……何と書いてあるんだ?」

「流石にそこまでは……教会に居た頃に、少し齧った程度ですから……」

「そうか……まあいい。コンウェイ、今は先を急ぐぞ」

「ああ、わかったよ」

にこやかにそう返事をしながら、コンウェイは己の知識を総動員して、脳内で推理を始める。

(この形……以前ガラムの温泉で見た、彼の腕にあった痣の形とよく似ている。それで見覚えがあったのか……?)

トライバースの故郷で学んだ、この世界に関する様々な知識。
その中には言語に関するものもあったが、目的の達成には影響しない分野だったこともあって、ざっと流し読んだだけで終わってしまった。

(けど、妙に引っかかるな……、あの時感じた既視感は、それだけのものじゃなかったように思うけれど……古代文字に関する頁じゃなく、もっと何か別の頁に載っていたような……)

コンウェイが思案に耽ける一方、ルカ達と先を行くリカルドは、あちこちに点在している石像――エルマーナ曰く、天上界の崩壊の際に死んだセンサスの兵士達の亡骸――や、転がっている瓦礫に忙しなく視線を移しながら走る。

天空城に行けば、ルカ達は忘れていることを嫌でも思い出すだろうとヴィスは言っていた。

つまり天空城にはヴィスの正体を示す何かがあるのだろうと思っていたのだが、それらしき痕跡はどこにも見当たらない。

そうして、侵入者避けに何重にも掛けられた罠を解き、最奥の扉を守る門番も倒した一行は、ついに天空城の頂上に到達した。

かつては天上界を一望できる美しい庭園であったのだろうその場所も、今はただ広いだけの寒々しい廃墟の一部でしかない。

皆の視線の先には、創世力が置かれた立派な祭壇があった。
そしてその前に、互いの心臓を剣と拳で貫き合っている、人型の石像が佇んでいる。

「これは……僕と、イナンナ……? そして、折れたデュランダル……」

「おい……どういう事だよ……アスラとイナンナが、刺し違えて……」

「なによ……なんなのよ、これ……?」

「……飛行船の墜落は免れた様だな」

石像から目が離せなくなっている当事者の三人と、それを見守る仲間達に、現れたマティウスが声をかけた。

「それを見て分かっただろう。何故、天上界が消滅したか……」

「分からないよ! アスラとイナンナが刺し違えるなんて……一体何があったんだ!?」

「言ったでしょう? そこの女が裏切ったって」

マティウスの隣に立つチトセが、イリアを指して言った。
イリアは震える声で繰り返す。

「本当にあたしが……イナンナが……アスラを裏切ったの……?」

「そう……アスラ、お前は裏切られた。心から愛した女と、唯一無二の親友に。恋人と友を同時に失ったそのお前の絶望が、天上界を滅ぼしたのだ」

「僕の絶望が、天上界を滅ぼした……? 天上界が滅んだのは、僕のせいだって言うの……? でもどうして、お前がそんなことを知っているんだ!?」

「……私もまた、アスラの転生した姿。ルカ、お前の魂の半身だからさ」

マティウスは顔の半分を覆い隠していた長い前髪を掻き上げた。
その下に見えたのは、イナンナではなくアスラの顔。

それを見た瞬間、ルカ達は、忘れていた事をハッキリと思い出した。

かつてこの場所であった悲劇と、自分達が招いた、天上界の最期を。
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