06.原罪が齎したもの
「――よし、飛行船は無事だな……!」皆を連れ、飛行船の所まで何とか無事に戻って来ることが出来たリカルドは、崩壊に巻き込まれずに停泊している船を見つけて胸を撫で下ろす。
「ヴィス! 居るか!? 状況は見ての通りだ。悪いが事情を説明している暇は無い、早くここから脱出――――」
と、言いながら扉を開けたリカルドは、船内に誰も居ない事に気付いて、一度口を閉じた
操縦室にも、飛行船の周囲にも、それらしき人影は見当たらない。
「おい、何処だヴィス、居るなら返事をしろ!」
まさか入れ違いにでもなったのかと、舌打ちを零して急ぎ探しに行こうとするリカルドを、後から追いついてきたコンウェイが押し戻す。
「待ってくれコンウェイ。ヴィスが居ない。俺はあいつを探してくる。お前達はここで……」
「探しに行かなくていい、彼なら大丈夫だ。早く脱出を」
「……は? 何を言っている、大丈夫な訳があるか! 置いていけば確実に――」
「いいから脱出するんだ! 理由は後で説明する。頼むから、今はボクを信じてくれ。ここでキミ達を死なせる訳にはいかないんだ……!」
コンウェイの切羽詰まった怒声と懇願に、リカルドは言葉を詰まらせた。
いつも悠然と構えているコンウェイが、ここまで取り乱しているのは初めて見る。
「飛行船を飛ばせるのは貴方しか居ない。この子達を助けられるのは今、貴方しか居ないんだ。分かってくれ」
「……本当に、ヴィスは大丈夫なんだな? もし俺達を逃がす為に嘘を吐いているのなら、本当の事を言ってくれ」
「嘘じゃない。彼は事情があって、貴方達と一緒には行けない。けれど、この崩落で死ぬ事は無い、絶対に。そしてボクは、彼に貴方達を託された。本人は不本意だろうけどね。……だから、今はここから逃げてくれ」
「……その言葉、信じていいんだな?」
「ああ。ボクの命を懸けてもいい」
真っ直ぐに目を見て言うコンウェイに、リカルドは逡巡の後、踵を返して操縦室に向かった。
コンウェイはそれに礼を言って、未だ気絶したままのスパーダを船室に運び入れ、扉を閉める。
「脱出する! 揺れるぞ、気を付けろ!」
飛行船が飛び立つと同時に、先程まで船が停まっていた場所が崩れ落ちた。
間一髪のところで難を逃れた飛行船だったが、崩壊によって生じた爆風に煽られて、制御不能のまま地上へ落ちていく。
「ぎゃ〜! 落ちてるんだな、しかし!」
「キュキュ達、このまま死ぬのか!? そんなぁ……!」
「リカルドのおっちゃん! 何とかしてーな!」
「言われずともやっている! お前達は何処かに掴まっていろ!」
警報を鳴らす計測器達を睨みつけながら、リカルドは長年戦場で培った度胸と知識と勘をフル稼働させて、この窮地を脱するべく手を動かし続けた。
結果、飛行船は地面に衝突する前に何とか体制を立て直し、船体を地面に擦り付けながら砂地の上を滑って止まった。
船内でポップコーンのように跳ねたり転げ回ったりしていた一行は、ぐわんぐわんと目を回しながらも起き上がる。
「た……助かった……のかな……?」
「そうみたいだね……皆、大丈夫かい……?」
「あう〜……キュキュ、頭ぶつけた……痛い……」
「あかん……ウチちょっと気持ち悪……」
エルマーナは口元を押さえて、扉を開け外に出て行った。
他のメンバーもそれに続いて、周囲の状況を確認。
「ここは……砂漠……?」
「サニア地方だな。幸い村の近くに落ちた様だ。住民に頼んで休ませて貰おう」
飛行船をその場に残し、一行は遠くに薄らと見えている建造物を目指し歩いた。
やって来た余所者達に、村人達がなんだなんだと集まってくる。
「騒がせてすまない。俺達はただの旅行者なんだが、ここに泊まれるような場所はあるだろうか? 連れを休ませたいんだが……」
「……おい、あの子が背負ってる娘……イリアじゃないか?」
村人の一人が、キュキュに背負われているイリアを見てそう言った。
他の人々もざわつき始め、そのうちの何人かがどこかへと走り去ってしまう。
「なんやなんや? ウチら何もしてへんで?」
「リカルド、誘拐、間違われたか?」
「いや、流石にそれは無いと思いたいが……」
「イリア! イリアなの!?」
程なくして、村人に連れてこられた女性が、血相を変えてリカルド達に駆け寄って来た。
「ああイリア、本当にイリアなのね……!」
「ええと、貴女は……? イリアのお知り合いですか?」
「私はイリアの母です。ここはこの子の生まれ故郷のサニア村。貴方達は一体……?」
「うぅん……あれ、ここは……?」
皆がさてどこから話したものかと考えていると、調度良いタイミングで、イリアが目を覚ました。
イリアの母親は感極まった様子で、キュキュの背から降りたイリアを抱き締める。
「ああ、イリア、イリア……! 無事で良かった、おかえりなさい……!」
「え……ママ……!? ここってサニア村……? どうして……そうだ、それよりルカは!? ルカはどうなったの!?」
「ああ……? んだよ……うるせぇなぁ……」
「おっと、こっちもお目覚めだね」
背中で身動ぎするスパーダを、コンウェイがそう言って降ろした。
スパーダはイリアと同じくキョロキョロと周囲を見渡して、きょとんとする。
「なんだあ? 何処だよここ」
「そんなことよりルカよ! ルカはどうしたのよ!!」
「ルカ……そうだ、ルカ! コンウェイ、てめぇよくも……!」
気絶する前のことを思い出したスパーダは、コンウェイの胸倉を掴んだ。それをリカルドが引き剥がす。
「やめろスパーダ! 責めるのなら俺にしろ。そいつに指示したのは俺だ」
「ボクは別に、殴って貰っても構わないよ。キミの気がそれで済むのなら、そうするといい」
「スパーダくん、気持ちは分かるけれど、どうか抑えて……あの時は、ああするしか無かったのよ」
「……ッ! クソッ! 何だってんだよ!」
スパーダはやり場のない気持ちを持て余して地面を蹴った。
その様子を見ていたイリアの母は、「詳しい話は中でしましょう」と、皆を家に招く。
「そう……そんな事があったのね。皆さん、イリアを助けて下さって、有難う御座いました」
イリアとの出会いと、ここに来た経緯を皆から聞いたイリアの母は、今後の方針が決まるまでここに泊まっていくといいと、寝床を提供してくれた。
実家の空気のお陰か、幾分落ち着きを取り戻したイリアは、外で頭を冷やしてくると言って、一人席を立つ。
「イリアねーちゃん、大丈夫やろか……」
「どうかしらね……まさか前世であんな事があったなんて……」
「…………」
「スパーダくん、まだ気が収まらないのなら……」
「ちげーよ。そっちはもういい。さっきは悪かったな」
「ボクは気にしていないよ。でも、怒りが収まったようには見えないんだけど、本当に大丈夫?」
イライラとした様子で机と床をトントンと叩くスパーダを見て、コンウェイが苦笑混じりに言った。
スパーダはその苛立ちを溜息に乗せて吐き出す。
「今のオレがムカついてんのはデュランダルにだよ。アスラは信じてくれてたってのに、あんな最低最悪の裏切り方しやがって……!」
「既に終わった事に腹を立てても仕方あるまい。無用に体力を消耗するだけだぞ」
「分かってんだよンな事は! でもしょーがねぇだろ! 今だって、そのせいでルカがあんな事に……! 本当に置いていくしか無かったのかよ、オレ達に出来ることは何もねぇってのか!?」
「……キミ達に出来る事は、彼を信じて、ここで帰りを待つことだよ。大丈夫、彼は必ず戻ってくる。彼とキミ達の絆は、こんな所で切れたりはしない」
落ち着き払ったコンウェイのその言葉には、不思議な説得力があった。
また頭に血が上りそうになっていたスパーダは、少しずつその熱を冷ましていく。
「わーったよ。……そういや、ヴィスの野郎は何処行ったんだ? 一緒じゃねーのかよ」
「あいつは飛行船には居なかった。が、コンウェイが言うには無事らしい。――コンウェイ、そろそろ説明してくれ」
「どうせなら皆揃ってからの方がいいかと思ってたんだけど……まあいいか。彼が無事である事を証明するには、先に彼が何者なのかについて話さなくちゃいけない。リカルドさん、スパーダくん、ガラムの温泉で見た、彼の腕の痣を覚えているかい?」
「ああ」
「腕のアザって……あのヘンな形のやつか」
「ボクはさっき天空城で、それと全く同じものを見た。創世力を祀る台座に刻まれていたそれは、今はもう限られた文献にしか載っていない、遥か昔に廃れた古代の文字……その文を訳すとこうなる。献身と信頼、その証を立てよ。さすれば我は振るわれん=v
「それって、ケルベロスの言うとった、創世力の使い方やん。それがヴィスにーちゃんの腕にもあったっちゅーこと? なんで?」
「彼も言っていたけれど、あれは生まれつき、彼に刻まれていたものだ。そして彼は本来、その制約の中でしか力を使えない……旅の中で見せていたあの天術もどき≠ナすら、限定的にしか使わなかったのは、そのせいだろうね」
そこで一度喋るのをやめて、コンウェイはリカルドを見た。
真実に至ったリカルドは、驚愕と共に呟く。
「まさか……そんな、有り得ん……」
「だけど、そうと思えば色々と合点が行く。ボクもキミ達も、彼の事を知らないと思い込んでいたけれど、本当は最初から知っていたんだ。呼び名が少し違っていたから、そうだと気付かなかっただけで」
「いやいや、何勝手に二人で納得してんだよ。全然わかんねーよ! ちゃんと説明しろよ!」
「なら答え合わせといこう。彼の名前、ヴィス・クレアーレというあの名前もまた、古代に使われていた言葉だったんだ。それぞれの単語を今の君達の言葉に訳すと、ヴィスは力 クレアーレは創造=c…彼の名が持つ意味は、創造する力=v
訳が分からない、といった顔で聞いていたスパーダの目が、驚きに見開かれた。
アンジュも、エルマーナも、キュキュも、皆が漸くそれを理解する。
「つまり彼は――――あれは、創世力だ……!」