07.君が望んだ世界
「ヴィスにーちゃんが創世力……って、ちょお待ってぇな。創世力て、あの青く光っとったやつとちゃうん?」暫し沈黙が流れて、最初に口を開いたのはエルマーナだった。
他の面々も、彼女と同じ疑問を抱いてコンウェイを見る。
「そうだよ。恐らくあれが本体≠セ。キミ達について来ていたあのお人形は、その分身のようなものだろうね」
「お人形……? つまりヴィスさんは、転生者どころか、そもそも人間ですら無かったということ……?」
「そんなわけがあるか!!」
コンウェイとアンジュのやり取りに、珍しくリカルドが声を荒らげて立ち上がった。
「お前達もあいつに触れたことぐらいはあるだろう、アレは確かに人の肌だった! 体温もあったし、呼吸もしていた! それほどまでに精巧な人形などあるわけが……」
「確かに、今のこの世界の技術力では作れないだろうね。けれど、創世力ならどうかな? 世界を創ることすら出来るのだから、命ひとつ生み出すことぐらい容易いと思うよ」
「ああ? 命があるなら人間なんじゃねぇの?」
「まあ、体組成だけを見れば、キミ達とそう変わりないのかもしれないね。その意味では、彼は人間だとも言える。だが、彼には……あの身体には魂が無い」
「魂? 命とどう違うん?」
「そうだな……例えば人間という存在を、器と中身の二つに分類するとしよう。肉体は器で、その肉体を動かすためのエネルギー源である命もまた、器の一部に過ぎない。対して魂は、その器に入れられた中身に分類される。魂は肉体が朽ちても消えず、次の器……別の命に宿る。それがキミ達で言うところの転生≠ニいうことだね」
「あー、なるほどなぁ。ほんで? ヴィスにーちゃんにはその魂が無いっちゅーこと?」
「正確には、あの身体には宿っていない、だね。そしてその彼の魂と言えるものが、さっき天空城でボク達が見たあの青き光……創世力の本体、ということだよ。ただまあ、魂が本当に全く無い状態だと、自我のない生きたお人形≠ノなるだけだろうし、術の類も使えないだろうから、少しくらいは分け与えているんだろうけどね」
コンウェイの説明に、成程、と一行は納得して、しかし次の疑問がすぐに湧いて出る。
「そもそも、何でわざわざ本体の魂と動かす身体を別々に分けてんだ? オレ達みたいに一緒にしとけば良くねぇ?」
「それ、良くない。ヴィスがそうしてたら、今頃大変だた。この世界、キュキュ達、みんな命拾い。ヴィスのおかげ」
「? どういう意味だよ」
「さっき言った通り、彼の魂というのは、即ち創世力のことだ。創世力は盟約に従ってさえいれば、相手が誰でも、それがどんな願いであっても叶えてしまう……」
「つまり、スパーダくんの言うように、魂……創世力をヴィスさんが身体に宿した状態で歩き回っていたら、誰かの願いがうっかり叶って、その願いの内容によっては世界が滅んでいたかもしれない……ということね」
「げっ、マジかよ!? 創世力ってそんな簡単に使えるもんなのか!?」
「あの盟約は要するに、信頼し合っている者同士で力を使ってね≠ニいう程度の意味合いしか無いだろうからね。それだと緩すぎるから、番人であるケルベロスは戦争に勝利した者≠ニいう条件を追加したんだろう」
それを聞いて、おっかねぇ、と身震いするスパーダを横目に、リカルドが更に尋ねる。
「そもそも、あいつがそこまでして地上へ降りてきたのは何故なんだ……? 創世力が使われることを危惧しているのなら、分身など作らずとも、そのまま天空城で閉じこもっていれば良いだけだろうに」
「さぁね。危ない思想を持つ者が天空城へ来れないよう、密かに妨害でもしていたんじゃないかな? 前にグリゴリの里でボク達が捕まっていた時、彼はマティウスと一緒に居たみたいだし」
「俺もそれは気になっていたが……妨害が目的なら、あの時マティウスと交戦していてもおかしくはないだろう。だがあいつはあの時無傷で帰って来たんだぞ?」
「ちゅーことは、ヴィスにーちゃんの圧勝やったんとちゃう?」
「それは無いと思うよ。実力はともかく、彼はこの世界の人間には甘いからね。例え相手がマティウスでも、傷付けたりは出来ないんじゃないかな。かと言って、穏便に話し合いだけで済んだとも思わないけど」
「……ならばコンウェイ、お前はどう考えているんだ?」
「ボクとしては、彼はあの時マティウスに殺されて、一度死んでいるんじゃないかと思っているよ」
何でもない事のようにさらりと答えたコンウェイに、リカルドや他の面々はぎょっとする。
「――はぁ!? お前何言ってんだよ、ヴィスはついさっきまで、オレ達と一緒に居たじゃねーか!」
「だから、あれは二体目≠ネんだ。グリゴリの里に向かう前と後で、別の個体と入れ替わったんじゃないかな」
「……つまり、無傷で帰ってきたのではなく、新しい身体を用意して戻ってきた、と?」
「そう。マティウスと何事も無かったと考えるより、そう考えた方がまだ納得がいく。どちらを信じるかは貴方の自由だけどね」
『ああ、だから彼はあんなに強気だったのね』
話を聞いていたキュキュが、不意にトライバース語でそう呟いた。
それが以前、ガラムからガルポスへ向かう船の上で、ヴィスと戦いになりかけた際のやり取りのことを言っているのだと理解したコンウェイは、頷いて同じ言語で答える。
『殺してもまた再生出来るということは、実質不死身のようなものだからね。それに、創世力とは言わばこの世界の創造主のようなものだ。彼の言っていた通り、今の<{ク達じゃ勝ち目がない』
憂いの森やカリュプス鉱山に出てきた、ルカ達の攻撃が通らない魔物達。
あれは物理法則がこの世界のものと異なる――つまりはトライバース準拠のままになっているせいだが、それはトライバースから来たコンウェイとキュキュにも当て嵌る。
物理法則の違いによるトラブルが起こらないよう、トライバースから自らの意思で世界を渡る者は、予め移動先の世界の物理法則に合わせて調整を行っている。
そうすることによって、異世界でも元の世界と変わらぬ状態で活動出来るようになるわけだが、この世界でのそれは、即ち創世力による改変の影響下に置かれることを意味する。
『まあ、彼が盟約を無視した状態で、どこまでやれるのかは分からないけど……消えろ≠ニ念じられた瞬間に死ぬ可能性もあるわけだ』
『とんでもないわね。あの時素直に引き下がって良かったわ。今後も敵に回さないようにしないと』
「なぁ、さっきから何話しとるん?」
「ああ、ごめんごめん。さっきの説明、キュキュにはちょっと分からなかったみたいだから、翻訳して伝えただけだよ」
「コンウェイさんの推測が正しいのなら……本当に妨害が目的だったのなら、ヴィスさんが私達について来ていたのも、その一環でしか無いのかしら……」
「なんだよそれ! じゃあオレ達は、創世力を悪いように使うんじゃないかって、ずっとアイツに疑われてたってことか!?」
「……無理もないかもしれんな。前世のこととは言え、お前とルカとイリアは創世力を使った張本人だ。その結果天上界が滅んだのであれば……見張りたくなる気持ちは分からんでもない」
「それは……確かにそうかもしれねぇけど、でもよ……! こっちはずっとアイツのこと仲間だと思ってたんだぜ!? なのにアイツはただ監視の為について来てたって言うのかよ!」
「監視の為について来てた……? 何言ってるんだおまえ。そんなわけないだろ」
ショックを受けるスパーダに、冷静にそう返したのは少年の声。
聞こえたのは扉の方からで、見れば呆れ顔のシアンが立っている。
そしてその後ろには、イリアとルカの姿も。
「ルカにーちゃん!」
「ルカくん!」
「ルカ、お前……!」
皆の視線が集まって、その先にいるルカは、申し訳なさそうにしながら言葉を選ぶ。
「あの、みんな……その、ただいま…………」
「おかえり、ルカくん」
「よく帰ったな、ルカ」
「ルカ、戻て来た! キュキュ、嬉しい!」
「せやけど、なんでシアンと一緒に居るん?」
「天空城から、僕を地上へ運んでくれたんだ。怪我してるから、手当してあげてよ」
「大変! イリア、どこか部屋を貸して貰えないかしら」
「ちょっと待って。ママに聞いてみる」
イリアとアンジュ、エルマーナに付き添われ、シアンは治療の為にその場を離れた。
残ったメンバーはルカを囲み、お互いの無事を喜び合う。
「あれ、ヴィスさんは一緒じゃないの?」
「あー、その話な……丁度その話を今してたんだけどよ……」
「イリアさんにも同じことを聞かれるだろうから、後で纏めて話すよ。今後どうするのかも、その時に決めよう」
コンウェイのその提案を受け入れて、シアンの看病と自分たちの療養の為に、一行は暫くサニア村で休むこととなった。
コートを脱いだリカルドは、その内ポケットに入っている手紙を見てハッとする。
あれから色々と起こり過ぎて、受け取ったことも忘れそうになっていたその手紙を取り出したリカルドは、コートを羽織り直して外に出た。
別に一人で読んでくれと頼まれたわけでも無いし、内容によってはルカ達にも見せるつもりではあるが。
恐らくは天空城で別れることを知っていたのだろうヴィスが、最後に手紙に残したお願い≠ニいうのが何なのか。それを最初に知るのは自分でありたい。
そんな独占欲のようなものを感じながら、リカルドは封のされていない封筒を開いて、中身を取り出した。
便箋は一枚だけだったが、そこには上から下までびっしりと文字が綴られていた。