07.君が望んだ世界
哨戒がてら村の入口に突っ立って手紙を読んでいたリカルドは、肝心の「お願い」が記された箇所から先の部分をなかなか読むことが出来ずに居た。創世力を消して欲しい、という文言に囚われ続けていた目が動いたのは、それから数十分と経ってからのことで。
漸く全て読み終わったリカルドは、最後の言葉にフッと笑う。
「この期に及んでまだ言うか? 俺に宛てた手紙の最後にまでその名前を出すのはどうなんだ。勘弁してくれ」
まるでそこにヴィスが居るかのように、リカルドは手紙に視線を落としたまま言った。
「書き出しに悩んだ割には終わりが雑過ぎる。自分の名前くらい書いたらどうだ。それに本題に入るまでが長い。説明はいいから先に結論から言え。状況が状況だったとは言え字も汚い。読めなかったらどうするつもりだったんだ」
ごめんなさい、と眉を下げて謝るヴィスの姿が脳裏に浮かんだ。
謝罪が軽いと叱っても、緊張感の感じられないいつもの困り顔になるだけ。
ヴィスはいつもそうだ。
自分のことになるといつもそうやって、笑って誤魔化して軽く流そうとする。
――――自分の命さえ。
「……お前、自分が何を頼んでいるのか、分かっているのか……? 創世力を消して欲しいというのは、つまりお前が……殺してくれと言っているのと同じことだろう……」
指先に力が籠って、便箋がくしゃりと歪んだ。
破り捨ててやりたい。こんな馬鹿なことを書いたヴィスを殴り飛ばしてやりたい。ふざけるなと怒鳴りつけてやりたい。
この内容がどれほど残酷なものなのか、きっと彼は理解していない。
「よりにもよって、俺にそれを頼むのか……貧乏くじを引くなとあれだけ……あれだけ言っておきながら、結局お前も……」
頭の中で、ヴィスが慌てふためくのが見えた。
じゃあ見なかったことにしていいから、捨てていいから、と言われている気がして、リカルドは亀裂の入った手紙を畳んで仕舞う。
到底受け入れられる話では無い。
だが無かったことにしたいわけでも無い。
ヴィスが初めて己の願いを告げたのだ。その内容が酷いものだったとしても、聞かなかったことにはしたく無い。
(……ああ、そうか。ガルポスであいつが言っていたのは、そういう事だったのか……)
シアンに何か言われたのか、と尋ねた時。彼はこう答えた。「創世力は無い方がいいのだろうか」と。
自分はそれを、今関係の無い話をするなと言って流してしまったが。
今思えばあれは、返答として間違ってはいなかったのだ。ヴィスはきちんと質問に答えていた。
恐らくはシアンに、こうなったのはお前のせいだ、とでも言われたのだろう。
この手紙に書かれた内容は、もしかするとその時から考えていたことなのかもしれない。
(……確かに俺も、創世力は無い方がいいとは思う。あんな人智を超えた力を、人が上手く扱えるとは思えん。お前が危惧している事はもっともだ。だが……)
だがそのせいで、ヴィスが消えるのは納得がいかない。
この世の平和の為であっても、ヴィスをこの手で殺すことなど出来る筈がない。
何かいい落とし所は無いだろうかと考えていたリカルドは、荒野の先に人影を捉えて思考を中断した。
ライフルを構えてスコープを覗き込んでみると、武器を構えた王都軍が向かってくるのが見える。
まさかもう追っ手が来たのかと思いながら、急ぎルカ達にそれを知らせに行くと、同じく話を聞いていたイリアの母が「また来たのね」と疲れた顔で言った。
「また、とは? 以前にも王都軍が来たことがあるのですか?」
「ええ……貴方達がこの村に来る少し前に。なんでも、この村の北東にある黎明の塔というところへ向かっているらしくて……行軍の補給にって、この村の物を盗んで行ったんですよ……」
「はぁ!? 何よそれ! ふっざけんじゃないわよ!!」
「ホンマやで! 今来とる奴らも同じこと考えとるんやったら、ぶっ飛ばしたる!」
「いいな! オレも付き合うぜ!」
「キュキュも手伝う!」
と、話を聞くなりイリア他三名は家を飛び出して行った。
あの四人なら大丈夫だろうと、他のメンバーは話を続ける。
「黎明の塔……教団の本拠地ね。でも、王都軍がどうして……? 教団と王都軍は、手を組んでいた筈だけど……」
「関係が破綻するような何かがあったんじゃないかな。どちらかが裏切った、とか」
「うーん……そもそも、どうして手を組んでいたんだっけ?」
「利害の一致だろう。教団も王都軍も、能力者を欲しがっていたからな。前者は創世力の在り処を探る為、後者は戦力拡充の為……だが、それだけでは今このタイミングで争う理由は無いな」
「……創世力だ。あいつら皆、狙いは創世力……だと思う」
話を聞いていたのか、別室で眠っていた筈のシアンが、部屋の戸を開けるなりそう言った。
大丈夫なのかと気遣うアンジュに問題ないと返しながら、皆の傍までやって来る。
「天空城に向かう前に、マティウス様……じゃなくて、マティウスが言ってたんだ。軍の奴らが気付く前に、創世力を手に入れなければって……いつからなのかは知らないけど、今は教団と王都軍で創世力の取り合いになってる気がする」
「でも創世力が狙いなら、どっちもまずは天空城を目指すんじゃないの?」
「今更天空城に行ったってしょうがないだろ。創世力はもうあそこには無いんだから」
「え、そうなの? なら今は何処に……」
「……まさか、黎明の塔か!?」
「だと思う。そっちの方に飛んでいくのが見えたから……」
「それじゃあ、早くしないと創世力が彼らの手に渡ってしまうんじゃ……!」
冗談じゃないと、リカルドはアンジュ達が止める間もなく出て行ってしまった。
皆もそれを追いかけ、外で王都軍を追い払っていたイリア達と合流する。
「あれっ、どうしたの? もう出発? 今なんかリカルドが凄い勢いで走って行ったけど……」
「話はあと! 私達も行きましょう!」
「でも、サニア村をこのままにしておくのは……またいつ王都軍が略奪に来るかわからないし……」
「そういう事なら、ボクが見てる。その代わり……創世力のこと、頼んだからな」
不安げなイリアに、シアンが真剣な面持ちでそう言った。
その両脇に控えていたケルとベロが、物陰に隠れていた兵士を見つけて襲いかかる。
「なんやあの二匹、いっつもヴィスにーちゃんと戯れてばっかりやったけど、ちゃんと戦えるんやなぁ」
「だからずっとそう言ってただろ! それより、本当に頼んだからな! ボクはもう番人じゃ無いから、創世力を使う奴を選べる立場には無いけど……でも……あいつも、他の奴らより、おまえ達の方がいいと思うから……だから……」
「だってよ。どーすんだイリア?」
「どうするって……話が見えないんだけど。まあ、ここを護ってくれるって言うんなら任せるわ。あたし達は創世力を追えばいいのね? 行くのはいいけど、ヴィスは? さっきから全然姿見ないけど……」
「その説明は、走りながらコンウェイさんがしてくれるそうだから、とにかく急ぎましょう!」
「えっ? いや、説明するとは言ったけど、誰も走りながらするなんて……」
そんなことは言っていない、と反論するコンウェイを無視して、アンジュはリカルドを追って走り出した。その後に皆も続く。
黎明の塔へ向かうには、魂の巡礼路と呼ばれる山道を登る必要があった。
山とは言っても草木は一切生えておらず、茶色い地層や岩肌が剥き出しになったその風景は、崖と呼ぶ方が相応しく感じる。
平時は黎明の塔に参拝する信者たちの修行の地として利用されているらしく、その道程は長く険しいものだった。
頂上に来る頃には、ルカやアンジュ、そして本当に走りながらの説明を強いられたコンウェイは息切れしており、皆はそこで一度足を止める。
「じゃあ、やっぱりヴィスは記憶喪失ってワケじゃ無かったのよね? なんで嘘吐いてまで隠してたのよ」
「さぁな。オレら信用無かったんじゃね?」
「それは違う。あいつは、自分の正体を明かす事で、お前達があの裏切りの瞬間を思い出してしまうのではないかと危惧していたんだ」
夕焼けで橙色に染まる地上の景色と、黎明の塔を眺めながら、リカルドが言った。
同じものを見ていたイリアとスパーダ、そしてルカは、リカルドに視線を移す。
「あいつは、あの悲劇が起こったのは自分のせいだと思っている。創世力と関わることで、皆が不幸になるとも言っていた。だから……お前達を創世力から遠ざけたかったんだろう。創世力の事など忘れて、今生は幸せになって欲しいと……そういう気持ちで黙っていたんだ」
「……でも、それじゃあ、ヴィスさんはどうなるの? 僕達みんなが創世力のことを忘れたら……ヴィスさんは天空城にずっと独りで居ることにならない?」
「そうだな。だが、今のように皆が創世力を求めて争うよりは……己の力で世界を滅ぼしてしまうよりは、孤独に耐える方がマシだと考えたのだろう」
それに異を唱えられるものは居なかった。
自分がヴィスの立場であったとしても、きっと同じ選択をしただろうと、皆閉口する。
「……せやけど、ずっと独りで居るん、めっちゃしんどいで。ウチ、天上界に独りで居った時のこと、未だに夢で見るくらいやもん。ヴリトラの孤独は死んで終わったけど……創世力は死んだりせんやろ? そしたらヴィスにーちゃん、ずっとずーっと独りで居らなアカンやん……皆の為に頑張っても、誰にもその頑張り見て貰えんで……そんなん、可哀想や……」
孤独を知るエルマーナは、その光景を想像して涙ぐみ、アンジュはそんな彼女を抱き寄せた。
それを見ていたリカルドは、服の上から手紙を握り締める。
永遠の孤独を強いるぐらいなら、消滅させてやった方が幸せなのだろうか。
彼の為に出来ることは、与えてやれる救いは、それしか無いのだろうか。
リカルドは答えが出せないまま、仲間達と再び黎明の塔に向けて歩き始めた。