07.君が望んだ世界
黎明の塔の真下では、既に王都軍と教団の戦いが始まっていた。ルカ達が到着した時点では、王都軍が優位に立っていたのだが、教団は新兵器で以てそれを覆す。
塔から伸びてきたその新兵器は、地上に居た者達を敵味方の別無く焼き払った。
その圧倒的な威力に、王都軍もルカ達もたじろく。キュキュだけは目を輝かせて、あれは何かとはしゃいでいた。
「あんな中突っ切って行かなあかんのかいな……こりゃあ、えらいこっちゃで」
「そうだね……それに、王都軍や教団の人達と戦うのも、なんだか気が引けるな……この戦いの発端は、僕とマティウスの問題なのに……関係ない人を巻き込むなんて……」
「確かに今戦っている者達は、何の為に戦っているのかすら分かっていない者が殆どだろう。だが、起こってしまった戦争の原因など考えても、取り返しはつかん。だからルカ、今のお前に出来ることは、誰よりも早く創世力を手に入れて、この戦争を終わらせることだ」
「それが早ければ早いほど、奪われる魂も少なくなる……ボクならそう思うよ」
リカルドとコンウェイに諭されたルカは、納得して深呼吸。
「……そうだよね。マティウスに創世力を使わせちゃいけない。その為なら、このくらい……!」
「そうね。さあ、行きましょう!」
気合いを入れ直して、一行は戦場に足を踏み入れた。
不幸中の幸いと言うべきか、王都軍と教団兵が争ってくれているお陰で、ルカ達が相手取る数はそう多くは無かった。
一気に駆け抜けて塔の中に入り、難解な仕掛けも解いて先へ進んで行く。
「ねぇ、この塔って、もしかしてアンジュが前に言ってたやつ?」
「そうよ。かつて地上へ落とされた人達が、天上界へ帰ろうとして積み上げた塔……けれど、結局天には届かなかったみたい」
「途中で諦めたってことか?」
「文献によると、建設の途中に巨大な雷が落ちてきたそうよ。多くの犠牲者が出たみたいだから、中止にするしか無かったんでしょうね」
「うへぇ……その雷って、ひょっとして天上人が落としたのかな?」
「教団はそう考えているわね。その故事から、天からの許しを乞うという教義が確率したんだもの。それが教団の始まりだったとして、黎明の塔、と名付けられたの」
道すがらアンジュのそんな講義を受けつつ、塔の3分の1ほど登ったところで、道は塔の外側に出た。
今の段階でも地上から見ればかなりの高さがあり、見下ろせば尚も戦っている兵士達の姿が小さく見える。
「ククク……人間共が殺し合う様……ほら見ろ! まるでゴミが人のようだ!」
ルカ達より先にその場に居た男――ハスタが、それらを見ながら言った。
「あれ、何か違うな……?」と首を傾げつつ振り向く相手に、イリアは心底嫌そうに「うわぁ、出た……」と呟く。
「やあ君たち、さあデザートの時間だよ! ゴミども相手の粗食というか粗敵に、いささか飽きてしまいましてなぁ。世界中の子供達の笑顔と俺の心の平穏のため、面白おかしく殺されちゃって貰えませんか? 準備オーケーですか?」
「おいハスタ! 今度こそキッチリトドメを刺してやるからな!」
「トドメ……? なんでおまえオレのママの名前知ってんだ?」
「お前の母親の名前なんか知らねェよ!!」
例によって成立しない会話に翻弄されつつ、スパーダとその仲間達は武器を抜いた。
以前交戦した際にヴィスに破壊された筈の槍が相手の手にあるのを見て、リカルドは「本当に返してやったのか」とヴィスの博愛主義者ぶりを嘆く。
「ママの名前を知られちゃ、生かしておけねぇな。皆纏めて殺してやる……んで、最後はマティウスの首だな。――いや、待てよ? 全人類をこの手で殺すってのもいいな。古今例の無い偉業だぜぇ?」
「全人類を殺すだと? ハスタ……お前は一体誰の味方なんだ?」
「少なくともあんたの味方じゃないなぁ、リカルド先生。それで殺し合いの理由は十分だろ? じゃあはい、戦闘突入〜」
そう言って突き出された槍を、リカルドが避けて反撃。
上体を後ろに反らして躱したハスタに、イリアが更に追撃。バク転で距離を取ったハスタは、近づいてきたエルとキュキュを槍に引っ掛けて投げ飛ばす。
宙を舞う二人を貫こうとする槍を、スパーダが受け止めて弾いた。
コンウェイとアンジュの術がそれを援護する。
「いい加減ケリつけようぜ。お互い、もう顔見たくもねぇだろ」
「そんなこと言うなよ兄弟。俺とお前の仲だろう? そうだ、二人で一緒に世界征服ってのはどうだ? バルカンの名を、恐怖と共に人々の心と体に刻み付けようじゃないか!」
「てめぇ、ふざけんじゃ……!」
と、ハスタの軽口に挑発されそうになったスパーダは、ルカに名を呼ばれて踏み止まった。
煮えたぎる怒りを吐く息に乗せて、落ち着きを取り戻すと、型から外れかけていた姿勢を正し、剣を握りなおす。
「確かにオレとお前は、バルカンに造られた作品同士だった。そこは否定しねぇよ。だがな、オレとお前じゃ決定的に違うもんがある」
「あ〜、もしかして、オレには仲間が居る! とかそういう話ですか? 良かったねぇ、オトモダチがたくさん居て」
「それもある。けど、オレが言ってんのはそこじゃねぇよ。オレとお前の違いは、バルカンから与えられた役割……力を揮う理由だ」
スパーダは親とも言える亡き名匠のことを、彼からかけられた言葉を追懐した。
かつてハスタは、闘争を求めない生き方を「欠陥」だと言った。だがスパーダは、バルカンが己に求めた役割をしっかりと覚えている。
「バルカンはお前を作った時、ただ強さだけを追い求めていたんだろう。何の為に≠ネんて理由もなく、ただ強さだけを……だからお前も、その力に溺れた。己の強さを証明すること≠ェ使命になっちまったんだ。そして、バルカンはそれを悔やんで……オレを造ったんだ。お前を止める為に」
バルカンのその想いは、製造者としての責任からくるものではなく、親の情のように思えた。
育て方を間違えた事への後悔。それでも、見捨てることの出来ない親の愛情。
「お前と兄弟だなんて、オレは絶対に御免だけどよ。でも、バルカンはきっと、オレにお前をなんとかして欲しいって思ってたんだろうよ。オレはその想いを込めて造られた……この力が何の為にあるものなのか、オレはちゃんと分かってる。それが、オレとお前の違いだ」
「え〜、だから? 話が長い上に何が言いたいのかサッパリわからんぜ?」
「お前に言われたくねぇよ! ――つまりだな、お前はオレには勝てねぇって話だよ」
「そうかいそうかい。なら、本当にそうか確かめてみようじゃないか」
ハスタは素早い突きでスパーダを押し返すと、高く跳躍して包囲を抜けた。
空中に展開した魔法陣を足場として蹴り、槍を携えて流星の如く落ちて来るのを見て、仲間達は退避する。
が、スパーダは逃げなかった。
真正面からそれを見据えて、すぅと息を吸い込む。
「デュランダル……前世じゃ散々だったけどよ、今が汚名返上のチャンスだ。アスラを……ルカを護るのも、バルカンとの誓いを果たすのも……今がその時だろ?」
心の中で、デュランダルが是と返したような気がした。
スパーダの足元にも魔法陣が展開して、その狭間でハスタとぶつかる。
凄まじい圧力で火花が散り、刃がチリチリと音を立てた。
力はほぼ互角。鍔迫り合いを制したのは、この戦いに懸ける想いと覚悟の強さの差だった。
スパーダはハスタの槍を弾き返すと、続け様に斬り付けて、怯んだ相手の体を蹴り上げる。
どう動けばいいのかが分かる。デュランダルが導いてくれているのだろうと感じながら、スパーダは地を蹴った。
「天地空、悉くを制す――! 神裂閃光斬!!」
力がぶつかって、戦場が眩い光に包まれた。
手が出せず、観戦していたルカ達は、その光の中にデュランダルの姿を見たような気がした。
光が収まった時、地面に倒れていたのはハスタの方だった。
ハスタは一頻り笑った後、槍を手放して天を仰ぐ。
「あー、ウソウソ、ウソだよ、カラ元気で〜す。オレ、死ぬのか……? なんか……ヤダなぁ〜! くそぉ〜〜!」
「今まで散々好き勝手やって来たんだ。当然の報いだろ!」
「う……いてぇ……ああ、なんか、もういいや……疲れた。弱いヤツが死ぬのは世の道理……次だ次! 次に転生したら、お前らガチ殺す! お前ら……名前なんだっけ?」
「……悪いけど、キミに次はもう無いんだ」
こんな奴でも、死ねばヴィスは悲しむのだろうかと考えていたリカルドは、ハスタの傍に屈んでそう声をかけたコンウェイに怪訝な顔をする。
それは他の面々も、ハスタも同じだった。
皆が見つめる中、コンウェイはハスタの体に手を翳す。
すると、ハスタの体は光となって、コンウェイの掌に吸収された。
今のは何だと問うルカに、立ち上がったコンウェイが素直に答える。
「魂の救済。彼を転生の輪廻から救ったんだよ。彼自身はあれで幸せだったのかもしれないけれど、戦いに明け暮れるだけの人生なんて……そこから彼を救うまじないのようなものさ」
『魂の救済ねぇ……』
と、訝しむキュキュとコンウェイが剣呑な雰囲気になる前に、塔の下の方から何かを破壊したような音が聞こえて来た。
中に戻って何かと見てみれば、塔内に王都軍の兵士達が入って来ているのが見える。
「突入して来たか……追いつかれるのも時間の問題だな」
「話してるヒマは無いって事ね。皆、急ぐわよ!」
イリアの言葉に頷いて、一行は再び塔を登り始める。
スパーダは一度だけ振り返って、誰も居ないその場所を眺めると、満足してルカ達の後を追った。